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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●義務と権利と労働と

 ポートシャングリラの目抜き通りをゆくのは、ものものしい数の集団だった。二百人はいるだろうか。
「あれ……?」
 遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)は足を止めた。アイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)も「なんでしょう?」と見ている。
 その周囲には警備と思われる制服組がついているが、集団の服装はまちまちだ。しかしそのうち、少なくない人数がプラカードを掲げていた。横断幕を数人で下げている姿もちらほらと見かける。いずれにも、労働者の権利、労働法規の遵守やいわゆるブラック企業への批判など、激しいメッセージが込められていた。
「軍事や箱モノ開発偏重の行政を、生活者視点に改めよ!」
「貧しい子供にも医療を! 公的健康保険制度を確立せよ!」
 口々に叫ぶスローガンも激しい。
 悪く言えば前時代的、よくいえば温故知新的な光景である。
 そう、これはデモ。それも、メーデーのデモ行進だ。その名も『シャンバラ中央メーデー』だという。
 本来、メーデーとは全世界的に5月1日に行われるものなのだが、運営上の都合で数日のずれがあるという。だがそれが歴史的な意義を損なうものではない。これはおそらく、シャンバラ史上初の大規模メーデーであると思われる。
 ポートシャングリラの特設ステージ前に、デモ隊は整然と集まった。初めて見る光景に驚く者は少なくなく、警備のさらに外側で見守っている。
 ステージに誰かが上がった。『シャンバラ中央メーデー実行委員会』と書かれた腕章を誇らしげに、少女はマイクの前に進み出る。
 彼女はこのメーデーの主催者の一人、革命的魔法少女レッドスター☆えりりんこと藤林 エリス(ふじばやし・えりす)だ。
「予想を遙かに超えるご参加、本当にありがとう。警備のみなさんもお疲れさま、見ている皆さんも聞いてね。これから演説を行います」
 キィィン、とマイクのハウリングが耳障りな音を立てたがすぐに収まった。
「地球においても労働運動の退潮が叫ばれて久しい昨今、労働組合の存在やストライキを怠慢だの労働利権だのと揶揄する輩もいるけれど、見当違いもはなはだしいわ!」
 いきなり激昂するような口調に、いやが上にも会場の熱気は高まった。
「労使交渉は民主主義国家において法的に擁護される正当な権利よ!
 ブラック企業なんて単語が登場して久しい現代社会において、その役割や重要性はむしろ増しているわ!」
 どっと賛成の声があがった。さらにエリスの声に気合いがこもる。
「特にこのパラミタにおいては、開発優先の風潮の中で、労働法制も社会福祉も整備が不十分で、地道に働く人々の労働条件や生活改善はおざなりにされがち。なかにはゴブリンなどの亜人を奴隷同様に使っているような悪質な事例も確認されているわ。
 労使交渉による企業内自治で、自らの生活は自らの手で守るのが労働運動の本旨よ。
 開拓者としてこの地を切り開いてきたフロンティアスピリッツ溢れる皆さんだからこそ!
 自らの手で諸要求実現を勝ち取ることが出来ると確信しているわ!
 共に頑張りましょう!!」
 わああああああ! 歓声があがった。
 お義理ではなく、聴衆からも声が上がっている。もちろん、ブーイングをする者とてないわけではない。「あんなものは利権団体だ」と批判する声も少なくなかった。だが賛成、反対いずれの旗幟であろうと、その両者が渾然となってうねりを生み出しているのだけは確かだった。
「すごい、すごいです!」
 マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)が両手を握りしめ、眼を輝かせている。彼女も同志エリスとともに、実行委員として準備を手伝ってきたという。9校連の教職員組合や空京内外の企業労組を回って参加者を集めたり、事前に警察や関係機関の許可を取ったり……いずれもノーギャラ、ボランティアとして行っている。
 苦労の甲斐はあったと彼女は思う。これだけの人びとが集まり、しかも、社会に一石を投じる結果になっているのだから。
「それではシュプレヒコール! みなさんご一緒に!」
 エリスがさらに声を張り上げた。
「労働法制と社会福祉の早急な整備を!」
「せいびをー!」人々が応じる。
「企業は法に則った労働条件を守れ!」
「まもれー!」まるで津波だ。
「権力機構は人として生きる権利を尊重せよ!」
「そんちょうせよー!」怒濤の勢いとなって声は天に昇っていった。
 といった次第で何度かコール&レスポンスが行われ、喝采に包まれてエリスはステージを降りた。
 お疲れ様、とペットボトルの茶を手渡し、『共産党宣言』が言った。
「ほら、あそこでご学友の同志寿子と同志アイリが見てますよ。文房具店にお買物にでも来たのでしょうか?」
 エリスが手を振ると、二人も元気に振り返してくるのがわかった。
「あっちで渋い顔してるのは御神楽 環菜(みかぐら・かんな)女史ですね。まあその気持ちもわかります。魔列車動労は今度ストをうつ予定だと聞いていますからね」
 どうやらそのようだ。環菜はサングラスをしているのでその視線まではわからないが、『へ』の形に口元を歪めている。試しにエリスが手を振ってみたが、環菜はプイと横を向いてしまった。(その同伴者だけが『お疲れ様です』と言わんばかりに頭を下げてきた)
「空大全学連の参加者と言葉を交わしてるのは蒼学の馬場校長ですね」
 馬場 正子(ばんば・しょうこ)が丸太のような腕を組んで、ふんふんと熱心に頷いている様子が見える。彼女は使用者側だがデモそのものには好意的な様子であった。
 さてこの集会のステージを守る警備員の中には、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)の姿もあった。
「野外イベントの警備と聞いてはいたが……思っていたのとはだいぶ違っていたのだ」
 リリたちは本日、臨時雇いのアルバイトとしてこの場所にいる。もちろん警備員大好きなわけではなくて、探偵事務所【薔薇十字社】がイマイチ儲からないので事務所維持費のために(……)このような副業をしているという次第だ。
「あの野外ステージにはそこそこのアイドルが来るという話ではなかったか?」
 ララは冷静に会場を見回した。だが確かに、警備が必要な状況であるのは確かだ。暴動になる様子もない平和的なデモだが、これだけ人間が集まっていればなにがあるかわからない。
「まあどっちにしろリリたちは真面目に仕事するだけなのだよ。バイト料も弾んでもらっているしな」
 リリとララは二人きりだが、その実、十人分の仕事をしている。なぜならリリが、召喚獣:不滅兵団を準備して、一気に八人分の仕事をさせているからだ。もちろん稼ぎも十人分というわけである。
「リリ一人で数十人分の働きをしているのだ。WIN−WINの関係なのだよ」
「まあ、下手を打つと責任も十人分かかってくるわけだがな」
「そういう怖いこと言っちゃダメなのだよ」
「警備員さん。警備員さん」
 そこに、袴姿の巫女がひょいと顔を出した。
「おお、君はたしか」
「仁科耀助のパートナー龍杜那由他くんだね。その節はどうもなのだ」
「こちらこそお世話になりました……いえ、それはともかく!」
 那由他によると、耀助がこのあたりで行方不明になったという。
「姿を消したというのか。悪い予感がするな……」
 先に言っておくと、ララの予感は的中していた。

 メーデーの集会と言っても、終始殺伐とした雰囲気のものというわけではない。子どもの来場者には風船も配られるし、集会が始まる前から屋台なんかも出店していた。
「おっと、そろそろ出番だよね」
 アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)はエリスとフランクフルトを食べていたのだが、残りをぱくっと平らげるとステージに小走りで向かった。
「さあ皆さん、お待ちかね!」
 ステージでは『共産党宣言』が司会を行っている。
「拍手でお出迎え下さい。魔女ッ子アイドル『アスカ・ランチェスター』の登場です」
「ステージ袖まで来たアスカだが、そこで見知らぬ少年に声をかけられた。
「アスカちゃん、俺、ファンなんだよ〜。どっか遊びに行かない?」
「えー? でも仕事があるから……って、あなたどうやって来たの?」
「怪しいモンじゃないよ。俺、仁科耀助、なんか不滅兵団みたいなのが警備してたけど、あんなの易々飛び越えてきたよ。深層のアイドルに会うためなら、たとえ火の中さ」
 そんな面倒なことしなくても、さっきまで屋台のところでフランクフルト食べてたんだけど……とアスカは言いかけたが、ここで、
「あ、コラ! そこにいた!」
 警備員の制服制帽で、リリがステージに飛び上がって猛進してくるのが見えた。
「……おっと。見つかったか」
「やめ給え。耀助、君のナンパ癖は大蛇調査のためじゃなかったのか?」
 同じく警備員姿のララもいる。
「ふ。美少女あるところ耀助あり。そして耀助あるところナンパあり、さ」
「格好良く言ったつもりかもしれないが、全然意味がないフレーズだぞそれ!」
 ララが突進してくるが、耀助はひらり後転でとかわしベロを出して笑った。
「はっはっは、神出鬼没の天才ナンパ師が、そんなに簡単に捕まるとでも……」
「思ってるわよ」
 ごっ、と後頭部を拳ではたかれ、耀助は前のめりに倒れた。
 背後から近づいて来たのは那由他だった。彼女は力一杯耀助の耳を引っ張って舞台袖から降りていく。
「あ痛てて……乱暴すぎるー!」
「あんたが馬鹿すぎるの! おかげで恥かいたじゃない!」
 ここでアスカのステージが始まった。
「はーい、次はみんなのアイドル、アスカちゃんが歌っちゃうよ! 新曲“May After Days”聴いていってね♪」
 何事もなかったようにMCを追えると、アスカは鈴が鳴るような美しい声で歌い始めたのである。

『大切な人がいるの
 譲れないものがあるの
 敵も味方も 望んでいるのは
 ほんの ささやかな幸せ

 なのに 呼びかける声は
 戦場の空に 空しく響いて
 伸ばした手のひら 今はまだ
 貴方に届かない

 夢想家だねと 君は笑うけど
 諦めないで 絶望しないで
 いつか一緒に歌えると
 信じてるから

 May After Days
 晩春の空に 全ての涙が
 溶けてしまいますように……』

 無事ステージは始まった。これで恐怖の『責任十倍』の危機は回避されたわけである。
 ララが溜息交じりに言った。
「まったく、彼は何を考えているんだ。理解し難いよ。良い奴かと思ったのは間違いだったんだろうか?」
 しかしリリは平気な顔をして、
「まあ、悪い奴ではないのだろうよ」
 と笑った。
 なぜって、会場の隅で那由他に叱られている耀助が、なんとなく嬉しそうに見えたから。

 なお『シャンバラ中央メーデー』は集会終了後、シャンバラ宮殿を目指して元気にデモ行進を再開したということである。