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■セレンフィリティ・シャーレットとセレアナ・ミアキスの場合


 シャッと擦過音をたててカーテンを開く。
「いい天気だから、どこかに出かけない?」
 勢いよく押し開いた窓の向こう、くっきり晴れ渡った青空を背に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にそう提案をした。
「いいけれど、どこか行きたいあてはあるの?」
「ない!」
「ないって、セレン」
「いいじゃん! 目的がないのが目的! んねっ?」
 軽くとがめようとするセレアナに、セレンフィリティは満面の笑顔を向ける。
 セレアナは開きかけた口を閉じ、ふっと息を吐くとほほ笑みに変えた。
「そうね。たまにはそういうのもいいかも」


 青葉あふれる5月のさわやかな外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、2人はさっそく街へ向かった。
 ふんわりとした、初夏らしいパステル基調のワンピースとウェッジサンダル、それにサマーハットをかぶって、軽やかな足取りでウィンドウをひやかして歩く。
 すれ違う男性から賞賛の口笛が上がったり、女性の2人連れということでナンパされることもしばしばだったが、笑顔と二言三言の軽い返しで適当にするりとかわして、2人はやがて中央公園にたどり着いた。
「あー、疲れたー」
 木陰のベンチにどかっと腰を下ろすセレンフィリティに、セレアナがくすくす笑いを漏らす。
「ずっと歩きっぱなしだったものね」
「うん。ひと休みしよ。セレアナもここに座って」
 セレンフィリティは自分のとなりをてしてしたたく。「ええ」と返事をして、セレアナは品良くとなりに腰かけた。
 2人の前には遊歩道をはさんで大きめの噴水があり、中央の石像が頭上にかかげた水甕からカーテンのように水が噴きだしている。きらきらと虹色の光をきらめかせる噴水は見ているだけで涼しげで、わずかに周囲の気温を下げているような気がしたが、やはり暑い。
「そろそろお昼だし、どこかお店に入りましょうか」
「んー……」
「何か食べたい物ある?」
「冷たい物」
「冷やし中華とか?」
「あー、それいいかも」
「じゃあ中華料理店で決まりね。行きましょう」
「んー……。もうちょっと休んでからにしない?」
「いいわよ」
 何も急ぐことはない。
 セレアナはここから近くておいしい中華の店はどこか、あれこれと考え始める。
 帽子でぱたぱた顔に風を送っていたセレンフィリティだったが、いつの間にかだんだんその手が遅くなり、ぱたりと止まってしまった。
「どうかしたの?」
 それと気付いたセレアナが、そっと訊く。
 もしやまた、過去のことを思い出しているのだろうか……氷のような一条が刺す、ひやりとした感覚とともに、セレアナの脳裏に昨夜の出来事が閃く。
 2人でくたくたになるまで愛し合い、眠っていると、突然胸に抱きつかれた。セレンと名を呼ぶも無言で、ただひたすら胸元を濡らす涙に、離れたくないという思いが伝わってきて。セレアナはもう何も訊かず、夜が明けるまで息を殺して震える体をただ抱き締めていた。
 いつの間に眠っていたのか、切れ切れの浅い眠りから目覚めたとき、セレンフィリティはベッドから下りて、いつものセレンフィリティに戻っていたが……。
 セレアナの慎重な問いかけに、彼女が何を心配しているのか見抜いて、セレンフィリティは首を振った。
「なんでも。ただ……とても充実しているな、と思って」
 一緒に並んで歩いて、同じ物を見て、意見を出し合って。その繰り返し。
 ただそれだけの、普通の日常なのに。特別な何かをしたわけでもなんでもないのに、心から安心して、笑って……とても満たされている。
 満たされているという、そのことに、自分にとって本当にこれが何よりも大切なものだということを、あらためて実感させられたのだった。
 それは、自分たちが教導団員だからということも大きく関与していると思う。
 周りにいる人たち。街を歩いていてすれ違ってきた人々や、今いる公園で遊んでいる人々。その大半が一般人で、彼女のように武器を携帯したりしないし、軍事作戦にも参加しないし、死を身近に感じたりはしない。彼らにとって死とは突然起こる不慮の事故であり、あくまで他人事なのだ。決して、自分にも十分起こり得る事だと身構えて毎日を過ごしたりはしないだろう。
 セレンフィリティたちは違う。明日、突然指令室に呼び出しを受けて、前線へ送られることだって、なくはないのだ。
 いつ戦場の露と消えるかもしれない。文字どおり「死が2人を別つ」かもしれない……という立場にある。
 だからこそ、こうして2人でいるときは貴重で、どんな瞬間も、中途半端でいたくない。愛しあうときも、喧嘩するときだって、とても大切な時間で……全力で互いを刻み込むように全力で臨んで、一緒に笑って泣いて悩んだり怒ったり悲しんだり……いろんな感情を共有してきた。
 そんな思いとともに、セレンフィリティはあらためてセレアナを見た。
 とても心配そうな顔、とは言えない。そんな自分の思い、懸念すら、今のセレンフィリティでは負担になるのではないかとの考えから、そういった弱さを見せないようにしている。常に毅然としていなくてはならないと。――セレンフィリティのために。
 だけど清艶な青い瞳は完全に胸の不安を隠しきれててはいない。――セレンフィリティを深く思いやっているから。
 セレアナの抱く愛は彼女を包み込むほどに大きく、あたたかく、優しい。そして強い。
 ゆるぎないほどに。
 あの夜、東カナンの空中庭園で、セレンフィリティはそう思った。
 きっとこの、過去という毒に蝕まれた「セレンフィリティ」ごと、彼女を愛し、受け止めてくれると、心から信じられた。
「ねえ、セレアナ」
「なに?」
「あたし、ね。思ったの。いつまでも過去の囚われ人なんかでいたくない、って。あなたを知って、初めて、本気でそう思うことができたわ。あたしはセレアナと、この世界でただ1人大切な人と、ともに生きたい、いつまでも2人で、前を見て歩きたい、って」
 話したいというセレンフィリティの気持ちを汲んでか、セレアナは何も返さなかった。
 ただ、手に手を重ねて、力をそそぎ込むように、きゅっと握り締めた。
(あたたかい……。あなた、こんなにもあたたかかったのよね、セレアナ)
 これまで何度も口にしようか悩んで……そのたびにいつもあの過去がよみがえって邪魔をして、最後には口をつぐんできた。
 幸せになるなんて、そんな資格、汚れた自分にはない気がして。
(今思うとばかみたい。このぬくもりを思い出せばよかったんだわ)
 このぬくもり。
 セレアナを信じる。
 それはとてもたやすい。
「あたしは……セレアナと一緒に、これからもずっと、2人で歩いて行きたい……2人で同じものを見て、2人で季節や時の流れを感じて、2人でいろんなことをして……。
 最後のひと息を吐き出す、その瞬間まで、ずっとセレアナのこと、愛していたい。
 だから――」
 そっとセレアナの指が唇に触れて、言葉を止めた。
 今まで見たこともない、優しさと愛にあふれた瞳がセレンフィリティを映す。
「セレン、そこから先は何も言わなくていいわ」
「でも」
「答えはもう決まってるのよ。私たちはこれからもずっとずっと、永遠に一緒よ」
 言い終えると同時に、セレアナはセレンフィリティを抱き締めた。
 ふわりと、羽のように軽く。
 とても大切そうに。
 愛に満ちた大きな庇護の翼に包まれているのを感じて……セレンフィリティの目から涙がこぼれてセレアナの肩を濡らす。
「あた、あたし……あたし。
 幸せに、なりたい……!」
 かつて、望んではいけないと思った言葉だった。
 こんな汚れた自分なんかじゃどうせそんなの望めないんだから、それなら最初から望んでないと思えば楽。
 楽しければいいじゃない。今面白かったらそれで十分。おもしろおかしく毎日を過ごしていこう。
 だけど本当は、幸せになりたかった。
「なれるわ、セレン。私がそうしてみせる。あなたが私を幸せにしてくれたように、きっと、私があなたを幸せにするわ。最後のひと息を吐き出して、この世を去る、その瞬間まで……」
 2人はそっとキスをかわした。
 それはまるで初めてしたキスのように感じられる、誓いの口づけだった。