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リアクション
「クリスマスプレゼントには……君がほしいな」
背中には木。眼前には薄笑いを浮かべるパートナー。
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)、絶体絶命――という訳ではないが、このなんともいかがわしい雰囲気は頂けない。
エースはハァ、と小さくため息をつくと、洋服のボタンに手を遣った。
パートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)とは、力を貸す代わりに血を与えるという約束をしている。ただ、あまり頻繁に血を与えれば命に関わるし――なにより、なんだか妙な気分になるので、最近ご無沙汰だった。
――まあクリスマスだし、たまには約束を履行しないとね。
「飲み過ぎるなよ」
釘を刺してから、襟元をくつろげてメシエを見やる。
「珍しく殊勝だね?」
「クリスマスプレゼント、なんだろ?」
言外に今日は特別だと言い含め、エースは諦めたように目を閉じる。
ふふ、と愉しそうに笑ったメシエは、エースのシャツと肌の隙間にその長い指先を滑り込ませた。
しゅ、と衣擦れの音がして、シャツの襟元が広げられる。
覚悟を決めて、エースはきゅっと目を瞑った。
メシエの顔が、首筋に近づく。
と、ぺろ、と生暖かいものがそこに触れた。
いよいよ、とエースは体に力を入れるが、それは角度を確かめるように、じれったく首筋の上で遊んでいる。
「さっさとしろって……」
何となく背中がむずむずする感覚に耐えられなくて、メシエの腰辺りの洋服をぎゅっと掴んで先を促す。
メシエは愉しそうに口元に笑みを浮かべて、あーん、と口を開いた。
鋭い牙が皮膚に触れる。
ぷつ、と皮膚が裂かれる感覚。不思議と痛くは無いけれど、途端に体中を、血の気の引く感覚が襲う。
すうと体温が下がるような感じ。
貧血の所為だろうか、目眩がして視界も思考もぼんやりとしてくる。
立っているのが辛くてメシエの背中に手を回して体を支えて居ると、メシエの方から腰を抱いて支えてくれた。体が密着して恥ずかしさが増すけれど、正直それどころでは無い。
触れている手や、微かに首筋をくすぐる髪や、そういったわずかな刺激が、甘い痺れとなって全身に響く。
なんだか不思議と心地が良くて、ずっとこのままこうしていたくなる。
「血だけじゃなくて、君のすべてを貰おうか……」
そんな声が耳元で聞こえる。
かと思ったら、突然唇を塞がれた。
――おかしいな、血を、吸っていたはずじゃ
ぼんやりとそう思うけれど、それ以上の事が考えられない。
吐息までも逃さないとばかりの、深いキス。
ついでにとばかり、右の手が頬に、顎に、ゆったりと触れていく。
――全部、って、それはさすがに……ここじゃ……
まずいんじゃなかろうか、と思いながらも、洋服をたくし上げ始めるメシエの手を止められない。
服の隙間から入り込んできた大きな、乾いた手が、背筋を優しく撫でる。
いよいよ思考はぼんやりとしてきて、腰は砕けて立って居られない。
あ、と甘い吐息がエースの口から漏れた、その時。
がくりとメシエの頭が落ちた。
かと思うと、あれよという間にメシエの体から力が抜け、その場に崩れ落ち――穏やかな、寝息を立て始めた。
どうしたんだろう、という思いと、助かった、という安堵が同時にエースの口からため息となって漏れる。
「……余計な世話とは思ったが、公衆の面前では慎んだ方が良いぞ」
声にふと顔を上げると、そこに立って居たのは友人のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
ややあきれ顔でメシエを見下ろしている。
二人の様子から、メシエがエースを手籠めにしようとしているのだろうと踏んで、阻止する為にヒプノシスを使ったのだ。
まあ、その読みはおおかた当たっている訳だが。
「うん……助かった、ありがとう」
エースはまだ少しよろける足取りで立ち上がると、背中に着いた埃をぱんぱんと払い、乱れた着衣を整える。
地面に崩れたまま寝息を立てているメシエについては、お仕置きということで放置決定。
「聖夜には神様が居るんだね、ほんと……行こうダリル、買い物付き合うよ」
「……コレは良いのか」
「ほっとけば良いよ」
すたすたと歩き出すエースの言葉に、ダリルは少し悩んで、懐からぽいぽいカプセルを取り出した。
スイッチを押すと、ぼふんと音を立てて、格納されていた毛布が現れる。
――なんでそんな物を持ち歩いているのかは謎だが、教導団の軍人であるダリルのこと。緊急用だろう。
せめてもの詫びのつもりで、それをメシエに掛けてやる。
けれどそれだけすると、ダリルもまたメシエをその場に放置して立ち去った。
「この責任は……後で取って貰うよ、ダリル君……」
うっすらと目を開けたメシエは、かすれた声で恨み節を吐き出して――寝た。
■■■
寒い。
崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)はちょーっぴり、後悔していた。
可愛い妹である冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)からデートのお誘いを頂いたので、少し風邪気味なのをおして、いいわよ、と言ってしまったのだけれど。
やっぱり寒かった。
普段はセクシーな服装を好む亜璃珠だが、今日はとにかく暖かさ最優先、毛皮のコートを上までしっかりと留めて着込んでいる。
でも、誘ってくれた小夜子の気持ちを考え、寒いとは口に出さない。奔放に見えて、そういうところはちゃんと気を遣うのが亜璃珠の良いところだ。
小夜子の隣に寄り添うようにして、公園の中央広場へと向かう。今日は小夜子のリードだ。
「御姉様、寒くありませんか?」
「ええ、平気……はっくしょん!」
広場に着いてベンチに落ち着くなり、気遣ってくれた小夜子の言葉に、平気な顔をして応えようとして失敗した。
一瞬気まずい沈黙が落ちるが、亜璃珠はクスっと笑うと、
「やっぱり寒いわね。小夜子、暖めてくれる?」
と、コートの前をぷちぷちと開けた。
そして、ぱっと手を広げると、その中に小夜子をぎゅっと抱き込む。
小夜子は少し赤面して、けれどおとなしく亜璃珠の腕に身をゆだねる。
コートで小夜子の体を包み込むように、二人で毛皮にくるまる。二人分の体温が、コートのなかを少しずつ暖かくする。
少し恥ずかしいけれど、大好きなお姉様の体温を感じられて、小夜子は少し嬉しい。
――と、言うか、少し熱い。
「御姉様、なんだか、体が熱くないですか?」
「あら……ふふ、きっと緊張しているのよ。冬の魔法、って言うのかしら?」
亜璃珠はちょっとギク、としたけれど、体調が悪いのがばれて、小夜子が心配しないよう、はぐらかす。
「小夜子は雪みたいに白くて綺麗だから、そのうち溶けて無くなってしまうかもしれないでしょう? だからいつとろけてもいいように、こうやって近くにおいておくの」
うふふ、と笑いながら、亜璃珠は小夜子の頭を撫でる。
撫でられている小夜子は、この上ない幸せに包まれて、とろんと目を細める。
けれど、なぜか心が寒い。
いや――理由は分かっている。
こうして、優しく、甘く接してくれては居るけれど、亜璃珠には他に、大切な相手が居る。
そして、自分にも。
二人はあくまでも御姉様と妹。恋人同士ではない。それなのに、こんなにも近いから――お互いの相手が見たら、どう思うのだろう、とか、思ってしまったりして。
それでも小夜子は、亜璃珠が大好きだ。
恋とは違う、と、思う。けれど、離れることができない。
もっともっと――求めたい。
「御姉様……」
妹として甘えるだけなら、許されるだろうか?
小夜子は亜璃珠の頬にそっと手を遣って、自分の方に引き寄せる。
そして、触れるだけのキスをした。
珍しい妹の行動に、亜璃珠は少し驚いた様子を見せたけれど、小夜子のすがるような瞳に何かを感じたのだろう、優しく髪を撫でて、抱き寄せて、口づけに応じた。
小夜子の中にある、行き場の無い思い――それが分かるから、こうして受け止めてあげる。
少しずつ大胆になってくる小夜子の行動も、止めたりしない。
長い、長いキスをした。
それから無言で胸に顔を埋めてくる小夜子の頭をよしよしと撫でてやる。
長い時間、そのまま二人で過ごした。