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リアクション
彼女に乾杯
月の色は、夜の空の深い闇の色を背にして一層輝き、また尽きせぬ金色を地上に降り注ぐ。
「いい月夜なのは結構だけど」
窓辺に近いテーブルで、占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)、アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)は不思議そうに、また落ち着かなげに店内を見回していた。
「さて、ここは何を出す店なんだい? 給仕が見当たらないが。おーい?」
アヴドーチカが声を上げる。だが、誰も来ない。当然である。無人で運営されているのだから。
「確認しようよそういうところは……」
三号は軽くため息を吐いた。
「俺ぁ酒は苦手だっつーのに……」
占卜大全はぶつぶつ言う。
3人ともイマイチ、この施設の仕組みを理解していない。
彼らが集まったのは、ここに不在の高峰 結和――現在は結婚して結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)となったパートナーの門出を祝おうという趣旨の下のことだった。
(たまにゃ大人組で飲もうじゃないか!
私たちの可愛い子がとうとうお嫁にいったお祝いだ!)
アヴドーチカの音頭のもと、要するに、結和の結婚を肴にやいやいと騒いでやろうという目論みだった。
「そういえば、『その人の最も記憶に残る料理』が『魔法によって自動的に』出てくる施設って話じゃなかったっけ」
「何だそりゃ」
などと、話している時だった。
突然に、料理が、テーブルの上に現れ出てきたのだ。
一瞬の後。
アヴドーチカは吹き出し、三号は言葉を失い、占卜大全は黙り込んだ。
「あーびっくりした。何事かと思った。そういうことか」
ようやく本当にこの施設の趣旨を理解した三号は、胸を撫で下ろした声で言った。
「そりゃあねえ、一度見たら忘れられないに決まってるさね!」
ひとしきりカラカラ笑った後で、アヴドーチカは愉快そうに言い放った。
並んでいたのは『結和の手作り料理』たち。
それはすなわち、知っている人は知っていることだが――
誰が言ったか『気合の入ったグロ画像』。
見た目が壊滅的に不味そうな完全ゲテモノな見た目。
――に反して、食べると味は「普通」に食べられるという【謎料理】。
「これ魔法で再現してるみたいだけど、食べた時ちゃんと栄養になるのかなぁ……
でも、まぁいいよね、今回の趣旨にも合ってるし」
と三号。
「あっ、これカレーだ。見えないけど」
知らない人が見たら、「これが食べ物だとしたら…紫色の岩塩包み?」とでも言うところだろうか。
「そりゃそうか。……結和ちゃんの結婚を祝いつつ思い出を語る会! ってか」
そう言って、占卜大全は、手前にあった「熟し切ったヤシの実を皿の上で下半分叩き潰した」ような料理を引き寄せ、少しスプーンで掬って口に入れたが、
「あっま、おいこれケーキだぞ! ショートケーキかよ! メシ出せメシ!」
と喚いた。
「ふむ、こっちは……なんだ、ちらし寿司か。見えないな」
別の1品を見ながらアヴドーチカが呟く。のっぺりとデカいゴマ豆腐の上に黒と緑のパン粉をぎっしり敷き詰めたような皿だ。
およそ、「皿に食べ物ではない物が載っている」オンパレード、としか見えない状態だが、さすがに慣れている3人は、今更見た目ではたじろがない。
「取り皿もあるし。これ食べて思う存分語り明かすか」
彼女の料理を食べながら、ここにいない彼女のことを、好きなだけ。
それは楽しい大人組飲み会。
「彼女の結婚に、乾杯――」
「しかしまぁ、不思議な感じだよね。目を瞑って食べりゃなんてこたないんだが。初めて見た時は驚いたもんだ」
アヴドーチカは言いながら、ちらし寿司を口に運んだ。視線を逸らせば、普通にちらし寿司を食べている気分だ。
「びっくりなんてもんじゃないよ。普通にパンケーキのタネ混ぜてたら色が変わってくんだよ?」
どうしてそうなるのかは、三号にとって……いや、誰にとっても謎すぎることだった。
どうやら「剥く」「切る」「混ぜる」「調味する」「焼く」等の一工程毎に高い確率で謎の変化が起こっている模様である。
「最早呪いの域だからね」
「でなきゃ錬金術だよな」
何で紫色っぽいのか分からないカレーを自分の皿に取り分けながら、占卜大全は昔を懐かしむ目をして呟いた。
「初めて見た時はさぁ、何て言ったら結和ちゃんを傷つけないか、すげー考えたよなぁ」
あーそうそう、と、あとの頷いて2人も同意する。
――…あっ、あの、こんなのですみません……その、私あまり、盛り付けが得意でなくて
……あ、味は普通…なんです、これでも……
引っ込み思案で度胸に欠けた彼女が、どもりながら、申し訳なさそうに異様な料理の皿を差し出す。
出会ったごく初期の頃にそれぞれが見た彼女の姿は、ありありと思い出せる。
遠い昔の話のようでもあり、つい昨日のことのようでもある……
その彼女がついに結婚した。
彼女の料理を知っているパートナーたちは、不思議な感慨をそれぞれに抱いた。
話をしながら、奇妙な料理も普通のペースで徐々に捌けていく。
「旦那も大変だね。毎日結和の料理を食べることになるんだろう」
グラスに手を伸ばしながら、アヴドーチカが呟くように言う。
「大丈夫だって。知ってッか? あの旦那のパートナーな、あのクソロリババァ、食えるもん作らねーから。味覚破壊兵器だから。
それに慣れてんだから、へーきへーき」
占卜大全が妙に鼻息荒く言ってのける。
「ってことは生涯ごく普通の料理を食べる生活に円はないんだね旦那……なんだか因果な話だねぇ」
「愉快でいいじゃねーの。結和ちゃんの料理は口ん中ではごく普通なんだから、憐れむには当たらんだろ」
話が弾むにしたがって声高になっていくアヴドーチカと占卜大全のやり取りを、崩れた大きな果実のようなケーキを切り分けながら三号は黙って聞いていた。言いたいことがないわけではないが、これ以上形が崩れないよう慎重に切り分けようとしているので、つい無言になってしまうのだった。
「いや、物の噂で聞いたことがあるが、地球のどこかじゃ、スイーツで肉料理やサラダなんかをそっくりに作ったりするという、視覚トラップがあるそうじゃないか。
肉や野菜だと目が信じて食べてしまうと、その素材がいかに美味しい菓子でも、舌は素直に美味いとは感じないらしいよ。
……要するに、見た目がもう少しアレなら、味自体今より美味しく感じられるってこともあるんじゃないかと思うと、少し残念な気がするってことさ」
「七面倒くせーな、じゃ食卓真っ暗にして食事するようにすれば万事オッケーだろ」
「毎日が闇鍋状態か。それで夫婦の食生活が向上するっていうんなら、一考の価値はあるかもな」
酷い言われようである。
結和本人がいたら何を思うだろうか。……まぁいないからこそ、気を遣わずにぽんぽんと軽口が叩けるのだが。
少し毒の入った愛ある言葉で、彼女の料理を2つの意味で肴に、彼らはしばらくそんな会話を楽しんだ。
ようやく切り分けたケーキを、新たな皿に載せて、それらを2人に配りながら三号は言った。
「ま、お嫁に行ったからって交流が減るわけじゃないんだし。
今度はパートナー全員でお茶でもしようよ」
「お、いいなそれ」
「いいねぇ」
結和が結婚したことで、別に自分たちの関係が変わるということはないはずだ。
なのに、何か今までなかったことが新たに始まるかのような、奇妙な非日常感もほんの少し感じないではなかった。
近しい人が結婚するということは、そんな微妙な心の揺れを、一時的にでも、周りに投げかけるものなのかもしれなかった。
浮足立つ必要も、憂う必要もないしそんなことは感じないけれど、心のどこかが平常とは違うものに駆られて落ち着かない、そんな感じ。
だから今、こうして彼女の結婚を話のタネにワイワイやりながら、再確認できたことは何気にホッと出来ることだった。
自分たちの交流は変わらない、と。
少しだけ新しい光が射し、でも今までと変わらない交流を持って日々を歩んでいくだろう。
今日だけはほんの少し、特別な気分でそれを語り明かしたい。
『心に残る料理』と聞いて、3人が3人とも胸の中に浮かべた彼女のことを。
「また結和の料理で、か?」
「いや、その時は僕だって腕を振るいたいし。アリルディスのコーヒーもあれば最高だ」
「おーよ任しとけ。とっときの豆挽いてやっからな! 結和ちゃんの結婚生活も占ってやらにゃ」
「占い、か。いい結果頼むよアリル」
「おっしゃ、と言いたいところだけど占いだからな。占者の願望で結果左右するのは邪道だっての」
「大丈夫だよきっと、結和ならね」
「そうさね。私たちの可愛い子だものな」
「俺も、結和ちゃんを信じてる。
……けどどさくさに紛れて『占いなんて不要』っつー結論に導こうとしてねーかお前ら」
「バレたか? ……あっはははは、冗談さ、ムキになるな!」
「そうだよアリルディス、考えすぎだよ。気を取り直してケーキでも食べなよ、イチゴがなかなか美味しいよ」
「ええっ、これイチゴ入ってるのか!? どこにだ!?」
「結和……恐ろしい子……!(笑)」
彼女の幸せを肴に、パートナーたちの楽しげな談笑は続いた。
傾いていく月が、それを見ていた。
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