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始まりの日に

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始まりの日に
始まりの日に 始まりの日に

リアクション

 式は滞り無く終了し、ゲスト達が一足先に席を立ち庭で主役の二人を待ち受ける事となった。
「歌菜」と月崎 羽純(つきざき・はすみ)に呼ばれた遠野 歌菜(とおの・かな)が振り向くと、さりげなくハンカチを差し出される。式の間に彼女の目が潤んでいたのに、彼は気付いていたらしい。
「結婚式って、やっぱり何時見てもいいよね。何だかジーンとしちゃった」
「えぐ、えぐっ、パルテノペー様が、あんなに涙を浮かべ……えぐー」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)がしゃくりを上げていると、新谷 衛(しんたに・まもる)のペットのピヨが手ぬぐいを出した。
「お、サンキュー……ほら、ジナ、これで涙拭け」
「わがりまぢだ……えっぐ……ぶびーっ」
「うわっ、鼻までかむなよ、あーあもう……参ったなぁこんちくしょう」
 感涙に咽び泣いているジーナだが、「どこでやがりますか! 花嫁さんはどこでやがりますかっ!」と言っているあたり、内容は全く分かっていない上でジゼルらから貰い泣きしているようだ。
「……あー、えーとまー、落ち着け、花嫁は、いない……はず?」
「いない? どういう意味ですかバカマモ!」
「アンタちょっと落ち着きなよ!」
 そうジーナの大きな声を注意したのは、トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)だ。式が終わり緊張感が緩んだ事で皆騒がしいが、内容が失礼にあたる。
「分からないなら尚の事。でないと招待してくれた人が恥かく事になるんだよ!」
 すぱっと言い切った少女の大人のような発言を横で聞いていた真は驚いたが、スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)によるとそれは叔母であるミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)の受け売りらしい。成る程彼女の言いそうな事だ。
「でもつい涙が出ちゃうよね。私も感極まっちゃって……!」
 双葉 京子(ふたば・きょうこ)が歌菜と同じようにハンカチで目頭を抑えている。
「素敵だったね、託」
「うん、やっぱり結婚式は……新たな絆が結ばれるものはよいものだよねぇ」
 南條 託(なんじょう・たく)南條 琴乃(なんじょう・ことの)が微笑み合うと、両親らの和やかな空気に腕の中の赤ん坊がすやすやと寝息を立て始めた。
 年上ばかり接する機会の多いトゥリンが興味深げに覗き込んでいる。
「安心してんのかな」
「良い子ですね。これからお昼だから、パーパもマーマもゆっくりお食事出来ますね」
 スヴェトラーナの言葉に、赤ん坊が居る空間独特の優しい雰囲気が流れている。そんな間、京子は招待客へ事前に準備していたものを配って歩いていた。
「皆でこれを二人になげてお祝いしようね」

 そして丁度配り終えた頃、いよいよ主役の二人が皆のところへやってきた。
「綺麗な色! 私もライスシャワーをしようって思ってたんだけど――」
 そう話しながら羽純を振り返った歌菜は、唖然として動きを止めてしまう。
 衛が何か妙に大きなものを抱えているのだ。
「羽純君、あれって…………米俵?」
 歌菜の言葉が意外すぎて羽純が慌てて振り返ると、衛が米俵を振り上げ今まさに投げんとしていた。衛の表情から察するに冗談かなにかのつもりらしいが、万が一大きく重たい俵が誰かに当たってしまったら冗談で済まされない。此処は地球で、ハインリヒの甥姪にはまだ予想も付かない行動をする小さな子供も居るのだ。気付いた契約者の何人かが止めようかと迷っていると、先に事が起こった。
 次の瞬間には衛が複数のスーツの屈強な男性達に囲まれ、腕をキメられ引き摺られかけていた。
 この日招待されたゲストの多くは、ハインリヒの親族だ。ディーツゲン家は長兄コンラートは政治家、次兄カイは画家、長女フランツィスカは舞台女優と多彩だが、その他の親族も一般人は非常に少ない。少なくともそれぞれ資産家であり、警護官やボディガードがついている人物も複数居る。
 だから会場に警護官達多数存在しており、衛の不審と思われる行動に彼等が真っ先に動いていたのだ。
 この出来事に皆がざわつき始めるより早く、京子が天高らかに祝福の花びらを舞い散らせる。フラワーシャワーは花の香りでまわりを清めると言われるが、その通りだったようで、彼女の行動が空気をすっかり元通りにしてくれた。
「お二人共、幸せになってくださいねー!」
 歌菜の声が青い空へ響くと、皆が続いて二人へ祝いの言葉を投げかける。


 * * * 



(城かよ!)

 無事にガーデンパーティーという名のご歓談の席になった中。
 建物を改めて見上げて、そんな心の中で既に何度目かになるツッコミを上げたのは高柳 陣(たかやなぎ・じん)だ。
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
「漸く二人も結婚に落ち着いてくれたか……しかし此処まで馴染み深い連中と一緒だと緊張感無ぇな……」
 などと言っているが、陣にとってはそうではない。
 ハインリヒからはごく近しい親戚と親しい友人しか居ないから肩肘を張らずにと微笑んで伝えられていたのに、「人に気を使わなくてもいいのに場所に気を使いたくなるぞ」と陣は溜め息を吐き出した。
「あまり規模の大きくない結婚式と聞きましたが、場所が場所なだけにクオリティが凄いですね」
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)も驚きを素直に口にした。多くの人が豪華なゲストハウスや美しいチャペル、果ては船などに金を突っ込むように、式場はロケーションが大事だ。
 ハインリヒにとっては何でも無いただの実家で、ゲストを持て成す為のテーブル周り以外はこれといって飾りも無いのだが、それで十二分な建物だった。
「これだけ凄ければエンドも見るだけで楽しめて喜ぶでしょう」
 反射的に呟いてから、ロアの胸中にも巡る感情があった。もう一人のパートナーウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)へは常々「エンドの事は私に任せて下さい」と告げている事だが、そうなると自分に結婚……つまり誰かと連れ添う儀式は一生縁の無いものになってしまうだろう。
 しかしロアにも何時かはそれを、と望む心がある為、複雑な思いになってしまったのだ。
 まあ仮にそう言う事があったとしても、まずは出会いから始めなければならないから、先の話だ。
 今気にするのだとしたら自分の将来よりも、パートナーの事だとロアはウルディカを目に入れる。
 荒廃した未来からきたという彼はこう言った華やかな場に居ると何時も、景色に酔ったようにくらくらと視線を彷徨わせているのだ。
「大丈夫ですか、ウォークライ」
「ああ、こんな光景は資料でも見た事がなかった。
 この世界に来てからも目にする機会はあっただろうが、想像すらしない世界の出来事のようで気に留めなかったのだろうか」
「そうだとしたら、良い事だと思いますよ」
 にっこりと笑って、しかしロアはこう釘をさした。
「ウォークライ、スヴェトラーナさんの所に行くのは構いませんが、おめでたい席でやらかさないように気を付けて下さいね」
 やらかすという言葉を聞いて、陣は頭が痛い。何故ならユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)のテンションがやたらと高いからだ。それこそ何かやらかしやないかと気が気ではない。
 挙式の最中はジゼルと同じように泣きに泣いて、今はブーケがなんだと騒ぐ彼女に、陣はティエン・シア(てぃえん・しあ)と若干引きぎみになっている。
「さあ、デジカメデジカメ! いっぱい写真撮るわよ」
 ごそごそと鞄を漁る彼女がご機嫌なのは良いのだが、それはそれ。
「ユピリア、あっちでジゼルとアレクと撮ってこいよ。俺とティエンはちょっと疲れちまったから」
 ジゼルとアレクに押し付けようと画策すると、ティエンはこくこくと矢鱈早く頷いた。
「僕たちあっちでお茶飲んでるね」
「そう? じゃあ言ってくるわ! 後でね」
 ぱっと手を上げ駆け出すユピリアを見送って、陣とティエンは安堵の息を吐き出した。あのテンションに付いて行くには、若干骨が折れる。
 そんな折、ロアがふと思い出したように口を開いた。
「ああそうだ、ベルテハイトがお祝いの演奏をしたいのだと言っていたんです」
 そのような時間や場所はあるか、誰かに聞きたいのだが使用人の数が多過ぎて、誰に声をかけたものか判断がつかないのだ。
「適当に声かけりゃ聞いてくれるだろうが……」ベルクは良いならが、離れた位置にある人の輪を見た。あのゲストたちは本日の主役であるハインリヒとツライッツを囲んでいるのだが、家族らの挨拶は一通り済んだところだろうか。 
「今なら良いんじゃねえか?」
「そうですね。エンド、挨拶に伺いましょう」
「ティエン、俺等も行こうぜ」
 こうして彼等は連れ立って二人の元へ向かった。 


「今回はおめでとう。あれだけ散々苦労をかけたんだ。幸せ持続させろよ」
「はい」
 そうして、二人の傍へやってきたベルクの祝福の言葉に、即答したのはツライッツだ。思い返せば、本当に色々あった、と妙にしみじみとなる中で、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)と彼女の養子であるジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が、フレンディスの義弟 のグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)と共に、二人の前に揃った。
 和服姿のフレンディスに、本人曰く「女装」なドレス姿のジブリールと、普段の魔鎧ではない正装姿のグラキエス、という何とも取り取りな出で立ちが並ぶと、ぱっと空気が華やぐ。それに容姿が上乗せされるのだから、周囲の空気が如何様かはご察しいただけるだろう。そんな中で、まずジブリールが祝いの言葉を口に乗せた。
「ハインツお兄ちゃん、ツライッツ……さん
 結婚おめでとう」
 一瞬言葉に詰まったのは、一瞬ツライッツをお姉ちゃんと呼ぶべきかどうか本気で迷ったためらしい。それはツライッツも同様だ。ツライッツの目には所謂「お見通し」な状態であったがそれを口にして良いのかが憚られる。そんなお互いの間の微妙な空気を割って、続いて微笑んだのはフレンディスだ。
「私、お二方の晴れ姿が見られて嬉しいです。
 ジゼルさんとアレックスさんのご結婚式も素敵でしたし
 その、私も疑似体験致しましたが……やはり良いものですね」
 しみじみと言うフレンディスに、ツライッツがはにかんでいると、今度はベルクが肩を竦めた。
「結婚した以上今後死亡的なフラグ構築は頼むから極力控えてくれ……
 でねぇと揃って落ち着かねぇままになっちまう」
 その言葉に、すいません、と口を開きかけたツライッツを制して、ベルクは続ける。
「……尤も巻き込まれて迷惑と思う連中は此処に居ねぇだろうけどな」
 そう言いながら、周囲を見回すベルクの視線に、フレンディスたちが微笑みで応じるのに、ツライッツもハインリヒと顔を見合わせて笑みで応えるのだった。

「それで……お祝いなんだが」
 そんな二人へ、グラキエスが差し出したのは、ティーセットと普段使いの食器の揃いだ。ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)に選んでもらったもののようで「だから間違いはないはずだ」と、無自覚にさらっと自身のパートナー自慢を交えつつ渡されたそれは、どれも品のいいものばかりで、かといって使うのを躊躇うような豪華さはない、といった絶妙なチョイスである。
(ハインツのプリンが映えそうです……)
 早速その使用光景……というよりも願望、もとい妄想にほわんとときめいているツライッツの様子に、周囲から笑いがこぼれていたが、本人は気づいていないようだった。
「ツラたん、ハインツさんおめでとうなのですよー!」
 続いて、犬用タキシードでびしっと決めて、シルクハットをちょこんと頭に飾った忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が二人に頭を下げると、ハインリヒに綺麗にラッピングされた包みを手渡した。
「ハインツさんが今後の生活で困らないよう、超優秀なハイテク忍犬の僕直々にお祝い品がありますので是非受け取って下さいなのですよ」
 そうして受け取った包みを開けると、入っていたのは『図解!ツラたん手当・特別版』と書かれた冊子だ。
 ハインリヒとてパートナーのスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)らの為につけた機晶の知識――世間ではアーティフィサーと呼ばれる程度には――はあるのだが、ポチの助のように本格的に機晶技師を目指すものの知識には当然及ばない。
「わー有り難…………」
 本を開いた瞬間、ハインリヒは言葉を止め硬直した。
 文字だけでは伝わりづらいと思われる場所を説明するために、ふんだんに写真が掲載されているのだが、それらは今までポチの助が記憶したツライッツの姿からソートグラフィで再現したものだ。そして、ツライッツとポチの助が居合わせる場面というのはいつも有事のことなので、空京大学での事件の折の苦痛の顔や、エリュシオンでの緊迫した表情のものが多いのも仕方がない。仕方がないのだが、資料用に傷等は修正されていて、なおかつ、事件に巻き込まれ苦悶している表情はそのままだった為、何も無い状態で眉を寄せる様は艶かしく見えてしまう。
 その上、各部位を解説の為に強調するポーズを取らせているせいで、無駄に扇情的になってしまっているのだ。
「これは……あれだよね。学術的な、そういう知識の」
「勿論なのです」
 思わず尋ねたハインリヒに答えるポチの助の返答は、何を尋ねられているのか、といわんばかりで、他意は全く無さそうだ。が、一体何の話だろうとハインリヒの手元を覗き込んだツライッツは「っ!?」と顔色を変えるとばっとほとんど本の上に覆いかぶさるようにして隠すと、動揺を隠しきれない様子で顔に赤を乗せた。
「ま……待ってください、あのっ」
 そんな突然の行動に皆が驚いて注目するのに、ツライッツは色々な意味で顔を更に朱に染めながら、なんとか笑みを作ってハインリヒに訴えた。
「お、俺のからだのことなら、別に、その……きちんと俺からお教えできますし……っ」
 その言葉に、今度はハインリヒの方が「ええ!?」と声を裏返した。
「それはつまり僕の前でこの写真みたいに裸になった上で恥じらいながらも『俺の全てを知って欲しいんです……』ってお尻を突き出すようないやらしいポーズで学術的に解説してくれるって意味!?」
「っち、違いますっ!!」
 今度こそ湯気が立ちそうなほど真っ赤になったツライッツが叫び、そんな二人の様子にベルクが我に返って「おいっ」とポチの助に詰め寄った。
「犬てめえ何送りやがった!?」
 が、言われた方は、ぺっ、とせんばかりに「何をもなにも、学術書なのですよ」とふんっと鼻を鳴らす。
「これはツラたんが万が一自力で直せないような時に、ハインツさんに使ってもらうのですよ!」
「そうだよね、いざって時の為にとても頼りになる一冊だ」
 妙にキリッとした顔でハインリヒが言うのに、ツライッツの顔は更に慌てて、ほとんどひったくるようにして本を奪い、けれども流石につきかえすような真似が出来るわけもなく、ぎゅっと抱きかかえると「こ、これはその時までお預かりしておきますねっ」っと強引に幕を引いた。
 そんな『会話』と言うよりも本人知らずボケるポチの助を突っ込むベルクという『漫才』を前ににこにこと笑顔でいたフレンディスだったが、何かを察知した途端、彼女の顔が「……む!?」と歪んだ。ハインリヒとツライッツがそれに目敏く気付いた瞬間、フレンディスは凄まじい勢いで後ろのテーブルを振り返る。
「アカリさんお待ち下さいまし! そのけぇき、私も頂戴致したく
 私とて狙っておりました故、抜け駆けは許しませぬ……っ!」
 叫んですぐさまフレンディスはスヴェトラーナの居るテーブルへ向かって駆け出して行く。スヴェトラーナの傍にはウルディカが何時もより幾分締まりのない表情で立っていて、「向こうに凝った作りのケーキがあったぞ」などとフレンディスにとっては要らないアドヴァイスをしている最中なのだ。
 こうしちゃ居られんと言う彼女の機敏な動きに、一瞬驚きつつもパートナー達とグラキエスはその後を追って行った。
「着物って案外早く動けるんだな……」
 ただでさえ歩き辛そうに見えるのに、とハインリヒが感心して言うのを聞いて、ツライッツと陣とティエンは三人顔を見合わせて苦笑するのだった。