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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 狐族の聖域 ■



「ねじゅちゃんをおばあさまにご紹介したいのです」
 高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)にそう言われて、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は水穂の育った獣人の集落を訪れることになった。
 それは子供の家こかげがある獣人の村のさらに奥。
 豊かな自然に抱かれた、静かな場所にあった。

 獣人の村、こかげから水穂はネージュと荷物を背に乗せ、獣道をひたすら走った。
 万が一にも走る背からネージュが落ちないように、用意したハーネスにしっかりとネージュの腕を繋いで。

 そして到着した故郷の集落は、水穂の知る昔のままだった。
 どことなく和風の雰囲気がある、素朴な集落だ。
 水穂の姿を見付けると、集落の人々は家から出て挨拶しにやってくる。
 その様子から、水穂がこの集落で大切にされている存在なのがネージュにもよく分かった。

「ここを開けるのも久しぶりですね」
 水穂は久々にお社兼長老の家の扉を開けた。
 ネージュを祖母のところに連れてゆくのは明日の朝。それまでの一晩、水穂はネージュと共にこの社に滞在する予定だ。
「ねじゅちゃんと出会う前は、私はここで巫女をしてたんですよ。……ねじゅちゃんにとっては、ちょっと不便な所かも知れないですけれど」
 地球から流れ込む技術によって、パラミタ各地は急速に近代化しているけれど、獣人の集落はその動きとは無縁な場所だ。きっとネージュにとっては過ごしにくいだろう。そう思ったのだけれど、
「ううん、平気だよっ」
 柔軟性のある性格が幸いしたのか、ネージュは物珍しそうに集落の暮らしを楽しんでいる様子だった。
 そのことに水穂は安心していたのだけれど。
 ふと、ネージュの姿が見えないことに気付き、口元に手を当てた。
「あ、そういえば……お厠!」
 ここの厠は各戸川から引き込んだ小さな排水路の上に造られている。床の真ん中に四角い枠状の木製便器が埋め込まれた穴が空いたしゃがみ式のもので、かけ流しの水洗で灌漑水路に流れていくようになっている。
 昼間はまだ良いけれど、電気がないから夜はろうそくの明かりだけが頼りだ。
 もしや、と水穂が外に出てみると、案の定、そこではネージュが固まっていた。
 夜は注意してとは言ってあったのだけれど、実際に真っ暗な中、小さな灯りだけを頼りにしなくてはいけない状況は、慣れた人でも時には怖く感じることもあるほどだ。ネージュが怖がるのも無理は無い。
 そんな多少のトラブル未満はあったけれど、ネージュは概ね集落で過ごす時間を楽しんだ。


 そして翌朝。
 水穂は再び背にネージュを乗せて駆けた。
 今度の目的地は、集落からほど近い聖域だ。
 一面緑の中だけれど、迷うことはない。優しく吹き抜ける風が道しるべになってくれるから。

「わぁ……
 聖域で水穂の背から降りたネージュは、その佇まいに感嘆の息を漏らした。
 森の中に開けた聖域には、小さな水路が整然と環のように走っていた。
 いくつもの扇状の区画に分けられ、通路と橋が整備されている。植えられている樹もきっちりと等間隔で、乱れのない秩序がとても美しい。
 樹の根元には50〜60cm程の高さの水晶の六角柱が立てられている。目を凝らしてみると、水晶柱には文字らしきものが刻まれていた。
「ここは狐族の聖域。奈落に逝った者たちが眠る森なんです」
 水穂がそう教えてくれる。
「……良い場所だね。あたしもいつか眠る時が来たら、こういう清らかな場所で眠りたいな……」
 ネージュは心からそう言った。
 こうして呼吸しているだけで、身体の内側から浄化されていきそうだ。
 同心円上に走る水路の中央は湖になっていて、その奥に島がある。
「ねじゅちゃん、こちらです」
 ネージュは水穂に連れられて、その小島へと向かった。


 小島には何本もの大木があった。
 その下にも水晶柱が立っている。けれど他のものと違い、ここにある水晶柱はネージュの背丈を軽く超えるほど大きい。
 不思議そうにネージュが水晶柱を見ているのに気付くと、水穂は説明してくれた。
「神木の前に立てられる水晶柱は、長老や巫女の場合は故人の身長にあわせてあるんです。そして、長老や巫女のものには肖像、巫女は巫女としての名、それ以外は俗名が獣人の文字で刻印されています」
 水穂はそう言いながら、大きな水晶柱の真新しいそのひとつへ、そっと花を手向けた。
「これは私を育ててくれた祖母で、先代の長老のお墓なんです。本来は私が巫女と長老を継ぐのですけれど、私は今、ねじゅちゃんと共に暮らしていますから、代わりに幼馴染みが集落を守ってくれているんです」
 水穂は静かに水晶柱に頭を垂れる。そこに眠る祖母と語らうかのように。
 いつもは見ることのない水穂の一面を、ネージュは垣間見た気がした。

 水穂と並んで墓に手をあわせた後、ネージュがふと辺りを見渡せば、島の端には彼岸花が垣根のように並んで咲いていた。
 緑の大地を赤い繊細な彼岸花が縁取る景色は、まるで一幅の絵画のようだ。
 森の外がうだるような夏の暑さに支配されているのとは違って、この場所は涼しい。

 神木の作る緑の木陰。
 常に優しく吹き抜ける清涼な風。
 輝き流れる水面と、その立てる水音。

「ずっと……ここにねじゅちゃんを連れて来たかったんです」
 水穂は囁くように言って、満足そうにネージュを見た。
「あたしもここに来られて良かった。そう思うよ」
 ネージュもはっきりとそう答えた。
 それに応えるように、心地良い風がひゅうっと、神木の梢と、水穂の耳を揺らして吹き抜けてゆく。
「おばあさまも喜んでくれているのでしょうか」
 聖域にさす朝の日差しを浴びた水穂は金色の輝きを帯びながら、嬉しそうに微笑むのだった。