百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

死いずる国(後編)

リアクション公開中!

死いずる国(後編)
死いずる国(後編) 死いずる国(後編)

リアクション


死人を倒せ!
PM20:00(タイムリミットまであと4時間)


 船で先行した円たちとコームラント・ジェノサイドとの戦闘が、横須賀基地のライトに浮かんで見えた。
「あちらの皆さんも、がんばっていますわ。私達も、行きましょう!」
 小夜子が全員に声をかけた、その時だった。
「ふふ……たくさんの、生気」
 ゆらりと彼女たちの前に立ちふさがる影があった。
 それを見た小夜子の目が見開かれる。
「……ロザリンドさん」
 かつて、小夜子たちと共にオヅヌコロニーにいた仲間、そして死人だと判明して出て行ったロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。
 死人として、敵として彼女は現れた。
 しかしその様子は、どこか変だった。
「……あなたは、小夜子、さん」
 かつての仲間。
 その時の記憶と、今の生気を欲する欲求。
 その二つが板挟みとなり、彼女の精神を蝕む。
「あ、あぁ……」
「覚悟!」
 迷いのない突進を見せたのは、吹雪。
 ロザリンドはその攻撃を紙一重で避ける。
 再び攻撃を仕掛けようとした吹雪の背に、何かが当たる。
「む?」
「吹雪、腕だ」
 イングラハムの言葉を待つまでもなく、判断できた。
 それは血まみれの腕だった。
 仲間のものではない。
 誰かが混乱を招くために投げてよこしたのだろうか。
 ということは――
「近くに、他にも死人がいる可能性があります! ご注意を!」
(なんだ、兄さん、奴ら全然動じないよ)
(まあ、俺達はこうして隠れていればいいさ)
 物陰に隠れているのは、神宮寺 翔と神宮寺 櫂の兄弟。
 死人となった彼らは、生者もイコンもただやり過ごす予定だった。
「そんなんじゃつまらないですよ、ねえ」
 その兄弟の肩に手を置いたのは、ルース。
「やはり、死人となったからには生気を、それも女の子のものをいただかなくては!」
「そこか!」
 ルースの眼前に、剣。
 それが、一閃。
「が、は……っ!?」
 剣はそのまま躊躇することなく、ルースの首を跳ねる。
 首は即座に地面に縫い付けられる。
 刀真と月夜のコンビネーションだ。
(に、兄さん。こういう時はどうすればいいと思う?)
(いい考えがある……逃げるんだ)
(ナイスアイディアだね)
「待ちなさい」
「ひいっ」×2
 こそこそと退散を始めた神宮寺兄弟に、刀真が声をかける。
「お前等はあの時の兄弟ですね。ということは、死人だな!」
「ひいいいいっ!」×2
(く……こうなったら櫂のためだ。目の前の人物全てを……っ)
 翔がゆらりと立ち上がろうとしたその時だった。
「ククククク……フハハハハ、待たせたな生者死人の諸君!」
 出ばなをくじく完璧なタイミングで、声が響いた。
 そして現れる巨大な物体。
「じ……十面死!?」
「そう! 世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)十面死バージョン! 中ボスの登場だ!」
「自分で中ボス言っちゃた!」
 長い自己紹介を終えたのは、物体の中のひとつの顔。
 ドクター・ハデスのものだった。
「ふふ……宝珠を、横須賀基地に届けさせるわけにはいきません」
 よく見ると、中にはミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)の顔もある。
「説明してやろう! これこそ、我がオリュンポスの技術の粋を集めた、俺の真の姿! ミネルヴァやオリュンポス戦闘員たちと超絶合体することで、怪人十面死となることができるのだ!」
「……つまり、一度やられて他の死体に吸収されたと?」
「やられた言うな! ええい貴様らを基地に行かせるわけにはいかん! ここで全員、我ら死者の仲間入りをしてもらうぞ!」
「そうはいきません」
「ちなみに、ここで死んだ者は、特別にこの俺がオリュンポスの怪人に改造してやるから光栄に思うがいい!」
「冗談じゃありません」
「フハハハハ! 我が体の一部となった死者たちよ! 行け……ってそっちは違う!」
 ハデスがぴしりと刀真を指差す。
 が、複数ある足はそれぞれ勝手に動きだし、右往左往する。
「キャハハハハ!」
「ウォオオオ!」
「シランワー」
「ふふふ、生きて帰れるとは思わないでくださいね?」
 顔の中のひとつが微笑みを浮かべると、その隣に生えた日本の腕で器用に紅茶を淹れ、カップに口をつける。
「舐めやがって!」
 甚五郎たちが十面死、ハデスに突進する。
「いけぇええ!」
 声は、予想外の所からした。
「ケケケケケっ! やれ!」
 その瞬間、十面死に向かっていた生者たちの側面に、衝撃が走った。
「生者どもを全滅させてやるぜ! この、ダーク・スカル(だーく・すかる)様が相手だ!」
「ちっ、不意打ちとは汚ぇな!」
「ここはワタシに任せてください! 貴殿は十面死に集中を!」
「では、わらわも行くかの」
 甚五郎たちの背を守る様に、ホリィがスカルに向き直る。
 草薙 羽純も伏兵に備え意識を周囲に向ける。
「……大丈夫ですぅ? 傷口は早めに塞いでおいた方がいいですよぅ」
 日奈々が命のうねりで手早く傷ついた者を治していく。
 そんな光景を見て、歌菜はふと思う。
(皆で力を合わせて……なんて、改めて言う必要、なかったのかも)
 死人、ヤマへの不信で一度は崩れかけた仲間との絆。
 しかし、今、倒すべき敵を目の前にして再びその絆が強くなっていくのが分かる。
「私達も、行こうね。羽純くん」
「ああ。俺が歌菜を守ってみせる」
 歌菜が走る。
 それを守る様に、羽純も続く。
 歌菜のブリザードが、十面死の足元を凍らせる。
「くっ!? だが足のひとつふたつ凍っても、俺たちは止められぬ!」
 ず。
 ずっずっずっずっずっ。
 十面死から突き出された手。
 その手の根元から手。
 更にその根元から手……手と手が繋がって、長い腕が出来た。
「フハハハハ! 覚悟しろ!」
 長い腕を振り回し、生者を攻撃してくるハデス。
「危ないっ!」
 その腕が雨宮 七日(あめみや・なのか)をなぎ倒そうとした直前、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の手からフックが伸び、彼女の服を掴み引き寄せた。
「あ……ありがとうございます」
「気にするな。それより例の作戦……いこう」
「分かりました」
 皐月と七日の周囲が、急速に霞がかかったようにぼやけていく。
 酸の霧が彼らを包んでいるのだ。
 もはやそれぞれの人影しか見えない。
「皐月……大丈夫なのか」
 皐月のことを気にしていた輝夜が表情を曇らせる。
「ククク、こんな霧、どうということはないわ!」
 十面死の手が再び伸び、七日と皐月をなぎ倒す。
「うっ」
「ああっ」
 なすがままにその攻撃を受け止め倒れる二つの人影。
 そしてそのまま、二人の気配は途絶えた。
「さ、皐月、皐月っ!」
 慌てて輝夜が呼びかけるが、返事はない。
「うそ、うそだ、皐月、皐月ぃいいいいーっ!」
 輝夜の悲鳴が響く。
 皐月に対して淡い思いを抱いていた輝夜。
 彼女にとって、目の前でその相手が倒されたのは、受け入れ難い光景だった。
「よくも、よくも皐月をっ!」
 闇雲に十面死に特攻していく。

「ハイナ、危ない!」
 十面死との戦闘の余波は、僅かながらハイナ達の元にも届いていた。
 千切れた十面死の腕が、鋭い爪を閃かせながら飛んできた。
 高速で駆け寄ってそれを叩き落としたのは……
「む、ゆ、唯斗……」
 ハイナの瞳が驚きで見開かれる。
 彼女を守ろうとしたのは、つい先日、ハイナを襲おうとした紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だった。
 そして、彼の正体はここにいる全員が知っていた。
「ハイナから離れてっ!」
 ハイナを護衛していたルカルカが鋭く叫ぶ。
 その声に、ダリルが、理子を護衛していた面々が殺気立つ。
「ハイナ、今だけでも、俺を信じろ!」
「しかし……」
 必死の唯斗に、しかしハイナは警戒を解かない。
 無理もない。
 彼に襲われそうになった記憶はまだ生々しく彼女の中に残っているのだから。
「ええい、細かい説明をする時間は無い!」
 無理矢理ハイナに近づき、手を取ろうとする。
 このまま、彼女を横須賀基地へ導いて……
 しかし、そんな唯斗の考えを理解する者は、この場には誰もいなかった。
「させるか!」
 突如として、現れた。
 夏候 淵の登場は、そんな印象を見る者に与えた。
 ハイナに近づこうとした唯斗を、躊躇なく撃つ。
「ぐっ」
 撃つ。撃つ。撃つ。
「ぐっ、あっ、うああっ」
 しかし何度撃たれても、唯斗の足はハイナの方へ向かう。
「ハイナを……護るのは……食うのハ……俺だ……」
「いい加減、諦めなっ!」
 カルキノスの一撃で、唯斗は地に叩きつけられた。
「ハイナ……」
「……」
 暫く何事か呟いていた唯斗の口は、やがて空気だけになり、そして止まった。
 再び動き出さないよう、それを拘束する淵。
 ハイナは一部始終を見ていた。
 一言も、発しないまま。 

「ふふ、ふ。ふふふふうふふふ」
 かつての仲間と対峙していたロザリンドの口から、空気の様に笑い声が漏れていく。
「あなた達は、食料。私の。でも仲間、親友、いえ敵。なら私は……私は、何?」
「……」
 ロザリンドの問いに、小夜子は答えない。
 その答えを彼女は知っている。
 しかし、今それを彼女に伝えるべきなのか。
 一瞬の躊躇の後、無慈悲に宣告した。
「あなたは……死人」
「あああああああ!」
 宣告と同時に、ロザリンドは暴れ出した。
 慌てて距離を取る小夜子を、吹雪を、そしてスカルを、十面死をも攻撃し始める。
「ぎゃぁああああ!」
 その無差別攻撃を、一人の不運な男がまともに食らった。
 離れた所で高みの見物を決め込んでいた為、その攻撃を遮るものがなかったのだ。
 倒れた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)を、ロザリンドは笑いながら更に攻撃する。
「あああああはははあはあはあはは……ぐっ」
 ロザリンドの笑い声は、突然止まった。
 小夜子が、彼女の頭を叩きつぶしたことで。
 血の付いた小夜子の拳は、僅かに震えていた。