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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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18章 未来へ


『私から見ても、君たちの間に特別な差異は無いように思える』
 いつの間にかアンシャールの横にサートゥルヌス重力源生命体が現れ、大きく響く声で告げる。それは、戦いの全てを見届けた機甲虫へのメッセージでもあった。
『……戦いは終わった。君たちは、対等なのだ』
 ザーヴィスチとアルマーズの戦いを終始見届けたブラックナイトは、サートゥルヌス重力源生命体のメッセージを真摯に受け止めた。
 双方が全力を出し切っての戦いは、相打ちという結果に終わった。対等だ。人と機甲虫は対等なのだ。
『私はこれより未来に帰る。この星で起こった出来事は全て包み隠さず、我が【主】に報告する』
 他の契約者たちとの通信により、サートゥルヌス重力源生命体の主が人類の子孫だという事は分かっている。
 未来に帰還する間際――サートゥルヌス重力源生命体は、サイクラノーシュに寄り添った。
『サイクラノーシュよ。君はどうする』
『………………』
 沈黙が横たわった。 
 アンシャールのモニターにメッセージが届いた。ガーディアンヴァルキリーのブリッジ内にいるティーからのメッセージだった。
『本当に誰にも愛されていなかったなんてこと、絶対に無かった筈です。それに、異母兄妹だって思ってたなら……お兄ちゃんなら、妹をいじめたりしてはダメですよ……』
 ティーのメッセージは、開け放たれたコクピットを介してサイクラノーシュに伝わった。
 闘技場の中央で、サイクラノーシュは項垂れた。彼は苦悩していた。
『……分からぬ。人という生き物が……。私達を利用したかと思えば、今度は私を助ける。人とは一体、何なのだ』
 根源的な問いかけだった。
 人はどこから来て、どこに向かうのか。何のために生まれ、何のために死ぬのか。
 多くの経験を経た者だけが、その問いかけに答えを導き出せる。歌菜は、サイクラノーシュにアンシャールの手を差し出した。
「私たちと一緒に来ませんか?」
 歌菜の言葉を、羽純が補足した。
「今はもう、昔とは違う。5000年の月日が経って、契約者って奴が現れた。お前達を封じ込めるような真似はしない。お前たちが悪用されるような事態は、俺達が防ぐ。だから、共に生こう」
 しばしの沈黙があった。
 その長い沈黙は、サイクラノーシュの逡巡を現していた。長い長い時が経ち、サイクラノーシュはようやく告げた。
『……いいだろう。お前たちのすぐ傍で、人の生き様を見届けるとしよう……』
 サイクラノーシュは螺旋階段に佇むブラックナイト達全員を見渡し、告げた。
『この日この時を以て、我は休眠状態に移行する! 我がどのような道を辿るのか、お前たちが見届けるのだ!』
 言い終えると同時、サイクラノーシュの末端が石化した。石化は徐々にサイクラノーシュの身体を侵食していき、瞬く間に彼を化石に変えた。
 それは、貝殻のような化石だった。掌に乗る程度の、小さな化石だった。
 アンシャールから降り立った歌菜は、急いで舞台の中央に向かった。サイクラノーシュの化石を慎重に掌の上に乗せ、しばし見つめる。
 掌を介して、微かに鼓動が伝わってきた。生きている。活動するためのエネルギーを失いこそしたものの、彼はまだ生きているのだ。
 歌菜はサイクラノーシュの化石を胸に抱いた。命の温もりが、確かにそこにはあった。
「俺たちがどういう未来を築いていくのか、傍で見守っていくという事か……」
 アンシャールから降り立った羽純が、歌菜に寄り添う。
「うん……」
 歌菜はサイクラノーシュの化石を手に、静かに頷いた。
 人の未来は人に託された。これからの未来がどのような方向に向かっていくのか、各々の心に託されたのだ。
 不意に頭上より陽が差し込み、歌菜たちは顔を上げた。
 先の崩落で天井は崩壊し、空に通じる口が開けていた。
 あれほど空を覆い尽くしていた暗雲は流れ去っていた。歌菜たちが見つめる遥か先には、目も覚めるような青空が広がっていた。
『……私の任務は終わった。さらばだ、我が主の祖先よ』
 それだけ言うと、サートゥルヌス重力源生命体は宇宙へと飛び立った。翼持つ黒い蛇は成層圏を軽々と飛び越え、遙かなる宇宙の深淵へと旅立っていく。
 後に残ったのは、晴れやかな青空。瓦礫が降ってくるような事はもう無い。先の崩落を以て全ての崩壊が止まったのだ。
 空を見上げながら、エレナが呟く。
「行ってしまわれましたね……」
「ええ……」
 佐那は、ホワイトクィーンを見やった。内部にいるであろうヨルクに告げる。
「……ヨルクさん。空京大学、或いはニルヴァーナ創世学園に行く気はありませんか?」
『駄目! ヨルクは教導団の嘱託研究員になって貰うんだから!』
 アンシャールのモニター上で、ルカルカが叫ぶ。
『モテモテですね、ヨルクさん!』
 カール・エンゲルマンの声が響いた。アルト・ロニアで事態を見守っていたカールが、アンシャールにメッセージを送ってきたのだ。
 ホワイトクィーンが屈み込み、コクピットハッチが開く。コクピットの内側より現れたヨルクは、舞台の上に降り立って告げた。
「カール。君は本当に脳天気な男だ……」
 ヨルクは空を見上げた。目を瞑り、皆の声に応える。
「……分かったよ。カール、君は教導団の研究員になれ。私はニルヴァーナ創世学園に行く」
『えっ!?』
 カールとルカルカが驚きを露わにした。
 青空の下、佐那が告げる。
「ニルヴァーナ創世学園で、宇宙を目指すのですね?」
「ああ。土星に行くためのイコンでも作るさ。完成がいつになるかは分からないがね」
 どうやら、ヨルクの決意は固まったようだ。
 歌菜はホワイトクィーンの下に走り寄った。
「サタディは……どうするの?」
 サタディはホワイトクィーンのコクピットから身を乗り出し、歌菜に答えた。
「……私には義務がある。サイクラノーシュが破壊した場所を元通りにしなければならない」
 サイクラノーシュの砲撃により、パラミタ各地には巨大なクレーターが出来ている。破壊された地域を元通りにするため、サタディは旅立つつもりなのだ。
 サタディや機甲虫の能力を以てしても、破壊された地域を元通りに修復するには何年もかかるだろう。もしかしたら、それ以上の歳月がかかるかもしれない。
 サタディは、契約者たちの顔を見渡した。最後に歌菜とヨルクの顔を見つめ、頷いてみせる。
「さらばだ、……我らが友よ」
 サタディが身を翻し、コクピットの奥に消えていく。
 ホワイトクィーンのコクピットハッチが閉じた。ホワイトクィーンが背中から虹色の翼を広げ、頭上を見上げる。
 青空の彼方へ。遥か彼方の空に向け、純白の機体が飛翔する。
「サタディ……」
 飛び去っていくホワイトクィーンを見上げ、ヨルクはそっと呟いた。
「……また、会おう」
 羽純の腕の中で、歌菜は涙ぐむ。
「いつかきっと、会えるから……」
 全ては終わった。過去は収束し、未来へと繋がっていく。
 歌菜は青空を見上げ、力強く言った。
「――また会えるその時まで、さよならは言いません!」