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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
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『パイモン、傷付いた魔王は何を思う』

●ザナドゥ:ベルゼビュート城

(そうか、代王がザナドゥへ……)
 端末から流れてくる情報に目を留めた佐野 和輝(さの・かずき)が、椅子にもたれかかり視線を宙に彷徨わせる。

 自由意志に則らない、ザナドゥ側として戦いに身を投じた日々。病院のベッドで迎えた終戦。
 書類上の手続きも完了し、保護観察ではあるが手に入れた自由な日々。自分をあのような目に遭わせた者とも決着を付け、とりあえず平和な毎日を過ごしてはいる。

(……けれど、俺の感情は何一つ、決着してやいない)
 従属を強いられたザナドゥに恨みを抱いているわけではない。自分がザナドゥ側についたことには、今では特に思う所はない。そればかりか、事の次第が明らかになるにつれ、ザナドゥの『魔王』、彼に既視感のようなものを感じている自分に気が付いていた。
 もし機会があるとしたら、協力したい――その感情が和輝に曖昧で有耶無耶な日々を送らせていた。そんな折、シャンバラ王国の代王がザナドゥへ行くというニュースを知った。
(……決着を、つけようじゃないか)
 意思を固めた和輝が立ち上がる――。

「初めまして、パイモン王。
 先の戦争で貴方の臣下として行動していた、佐野 和輝という者です」
 そして今、ベルゼビュート城の謁見の間にて、玉座に腰を下ろす魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)を前に、和輝が頭を垂れて自らの名を明かす。彼の背中にはアニス・パラス(あにす・ぱらす)が貼り付き、パイモンを警戒の眼差しで見つめていた。和輝がザナドゥに行くと聞いて、アニスは「和輝が酷い事された場所だよ!?」と引き止めるも、彼の意思が固いのを悟ると半ば強引に付いて来た。
(ふむ、決着というのはこういうことか。なるほど……。さてパイモン、君はどう出る?)
 もう一人の同行者、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)が和輝とパイモンとを交互に見て、今後の行方を期待して待つ。
「……ええ、貴方との主従関係は強制されたものであって、俺の本位ではありませんでした。
 とはいえ、ザナドゥに属していたという事実、これは決して消えない」
「……あなたは、私を憎んでいるのですか?」
 パイモンの問いに、和輝は不敵な笑みを浮かべる。一方でアニスは、聞こえてきた声にどこか、自分を責めるような雰囲気を感じ取って、態度を軟化させていた。
「貴方を憎む? 無いですよ。戦争は勝たなければ意味がない、そのために使えるものは使うべきと俺は思ってますから」
 後のことを考えると限度は必要でしょうが、と付け加える和輝。ややあって表情を真剣なものに変え、パイモンの所を訪れた本当の目的を果たすべく、口を開く。
「今の俺はまあ、首輪付きといった所で。それなりの行動をしないといけないわけで。
 ……王、パイモンよ。先の戦いでは意思なくしての参戦でありました。しかし、此度は我が意志の下で申し上げます。
 私を、貴方の臣下にして頂きたい
 和輝の言葉に、アニスが「えーーーーーー!!」と絶叫をあげる。それでも頭を垂れた和輝の態度は、意志は変わらない。
「……あなたの意志、受け取りました。
 今この国は、戦乱からの回復期にあります。そこでは様々な意図が交錯し、思いもよらぬ出来事、事件を引き起こすかもしれません。
 我々だけでは対処出来ない重大な事件が起きるかもしれない……その時は、あなたの力を借りたいと思います」
「はっ……ありがたき幸せ」
 再び頭を垂れる和輝、するとそれまで背後に控えていたリモンが進み出、パイモンに対して言葉を発する。
「久しいなパイモン。君と会うのはナンパ以来かな?」
「……フッ、相変わらずだな、君は」
 どうやら互いを知る仲であるらしい二人が他愛もない会話を交わした後、リモンが提案するように告げる。
「そういえば、君と交わした契約が今も健在だったな。私の契約者も協力する気のようだし、どうだ、私を再度、使う気はあるかな?」
「……私も昔のようではないし、君も今は彼のパートナーだろう。私から直接君に何かを言うことはない、彼の補佐をしてやってくれ」
「つれない返事をしてくれる。私と君の仲であるというに」
 不敵に微笑むリモンだが、パイモンがそれ以上付き合わないのを悟ると、元いた位置へ踵を返す。
「ちょ、ちょっと待って! もし和輝が本当にこの人の臣下ってことになったら、和輝はずっとここに住まなくちゃいけないの?
 そんなのイヤ! アニスは和輝と一緒がいいんだもんっ」
 ぎゅっ、とアニスが和輝にしがみつきながら訴える。それはパイモンのことを悪く思っているというよりは、和輝と離れてしまうかもしれないという恐怖からくるものであった。
「契約者でもあるあなた方に、私の方からどこどこに住みなさい、とは言うつもりはありません。
 あなた方の判断で、好きにしてもらって構いません。この地での活動用に、四階に一室部屋を用意させますので、必要な時に使うといいでしょう」
 言い終えたパイモンへ、和輝が一際大きく頭を垂れる――。


「……こんなところですかね」
 手を止め、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)が目の前の花束――ザナドゥに咲く青紫の薔薇と、イルミンスールに咲いていた小さな白い花を組み合わせたもの――の出来映えにひとまず満足する。
「しかし考えてみれば……他の男への贈り物を作らせる、って結構ひどい話ですよね」
「ん? ロビン、なんか言った?」
 窓の外から、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)がひょい、と顔を出す。彼女はこれからザナドゥを訪れるため、フィオーレに荷物を載せていた所であった。ちなみにロビンが作っていた花束は、先日勃発した魔法少女が絡む、魔族との戦いの中で果たすことが出来なかったことへのリベンジとして、パイモンに渡すためのものであった。
「いいえ、何も。花束、出来ましたよ。どうでしょう」
「うん、いいんじゃないかな。それじゃ、準備ができたら早速行くからね」
 花束を受け取ってそれもフィオーレに載せ、のぞみは一足先にフィオーレに乗ろうとする。労いの言葉にしてはあっさりな気もするが、だからといって「きゃーきれいー」なんて言われてもそれは違うような気もする。だからこのことに関しては、ロビンは気にしない事にした。
「ああ、薔薇が余ったのでこんなものを作ってみました」
 でも、花束を作らせたことは相手がザナドゥの魔王であったとしてもちょっと腑に落ちなかったので、ロビンはのぞみを呼び止め、胸元にわざと余らせた青紫の薔薇で作ったコサージュを飾る。
「相手はザナドゥの魔王です、このくらいのお洒落は必要でしょう?」
「……言われてみればそうかも。ありがと、ロビン」
 ロビンの言葉を信じたのぞみが、微笑んでフィオーレに乗る。ロビンもちょっと満足した表情で、後に続く――。

「……バルバトスの反乱に乗った魔族は、あの時でなくてもいつか、騒ぎを起こしていたと思う。だから、あの事件が綺麗な落とし所のある形で鎮められたのは、あなたにとっても、ザナドゥにとっても有益だった。あなたは辛い思いをした、だけどそれは納得尽くだったし、たぶんバルバトスも同じ思いだった。それは分かるの」
 そして、パイモンに謁見したのぞみは、花束を抱え、自らの思いを吐露する。既に起きたことは受け止め、飲み込むしかない、だけど。
「でも、あたしは、こんなこと二度と許さない」
 『これから』は、決して諦めない。魔族と仲良くなるという夢、ううん、それは現実にする。
 ――あたしは、諦めないから。
「あたしと手を繋いで。
 その手をもう、大事なものを傷付けることに使わないで」
 花束を差し出し、パイモンの目を真っ直ぐ見て、のぞみが答えを待つ。
「今の私に、君のような者と手を取ることが許されるのか考えますが……。
 ですが、取れないと諦めてしまっては、そこで終いなのでしょうね」
 花束を受け取り、漂う芳香を胸に入れ、空いた手でのぞみの手を取る。
「ありがとうございます……のぞみさん」

「…………」
 謁見の間を後にしたのぞみに付いて歩きながら、一部始終を見ていたロビンは、パイモンがのぞみの名を呼んだのはのぞみの『仲良くなりたい』という目的が叶った現れであることは理解していながら、心の中にもやもやとしたものがあることも理解していた。そして、自分が一生懸命に作ったものが、このような形に使われるのはやっぱり腑に落ちなかった。
「ん〜、これからどうしよっか。せっかくフィオーレを連れて来たんだし、近くでも飛んでみよっか」
「……のぞみのお好きに。あまり遠くまで行かなければ、問題ないと思いますので」
 のぞみに問われ、ロビンはいつも通りに答えたつもりだった。しかしのぞみには思う所があったようだ。
「花束、とてもキレイだったよ。ロビンが頑張ってくれなかったら、たぶん仲良く出来なかった。
 ……ありがとう」
 ぺこり、頭を下げてのぞみがお礼を口にして、振り返ると急ぎ足でフィオーレを繋いでいた場所へ向かい出す。
「……ふふ」
 なんか違うような気もするが、まぁいいか、と思うことにして、ロビンは後を追った。


 龍が旋回する、その真下の街を歩く一組のカップルの姿があった。
「……気になるのよ、地上側のスタンスが。
 先の戦争の結末は、『魔族の侵攻の阻止』であって『魔族の撲滅』ではなかったはず。……なのに、今でも魔族だけを危険視したり、上から目線で地上のやり方に迎合するのが当たり前って空気を感じる。
 そんな調子で居たら、いつまた衝突が起きたっておかしくない。それよりもお互いの文化や生活を知って、善し悪しはともかくとしてそういうものなんだ、って理解することが大切なんじゃないかな」
「ふむ……。同じ人間同士ではなく、人間と魔族、その違いは比較にならぬほど大きい。どちらかがどちらかに合わせるやり方では上手く行かないだろう。
 リカインの言うように、互いを善悪を超越した部分で受け止める。一朝一夕には成らねど、その努力が必要であろうな」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)飛鳥 馬宿が、地上とザナドゥのこれからについてを論じ合う。先日晴れてカップルとなった二人ではあるが、その会話はおおよそカップルのそれとは異なる。……もちろん、カップルとなったからこそここまで腹を割って話し合える、という見方もあるが。
「ねえ馬宿君、馬宿君なら地上とザナドゥの歩みについて、何かいいアイディアある?
 馬宿君って豊美君の下で、様々な制度を組み上げた有能な政治家だったんでしょ」
「……難しいな。民……この場合は地上に住む者とザナドゥに住む者、双方にいくばくかの益をもたらし、かつ豪族や権力者……シャンバラ王とザナドゥ王、その配下に付く者を納得させる意見となると、俺がそれらの空気に触れていない以上、想像が出来ん」
 馬宿が言うには、結局の所国を繁栄させ、安定させるのは民である以上、政治家(今で言う表現)が決めることは彼らの気を損ねずかつ若干の益をもたらす程度のものであれという。無論、自分と同じ立場にある者たちも適度に受け入れてやらねば、不満がたまり自分が治める土地の者と反乱を起こされかねない。それが政治家の限界、全てを決めようとすれば必ず破綻する、とも付け加えた。
「おそらく、直にその目で見、触れてきたリカインの方が有用な意見を発せるはずだ。俺に出る幕があるとすれば、お前の声を聞いてより実用的な意見にする時くらいなものだ。
 そういう役回りは、昔から鍛えられてきたからな」
「……そ、そう。うーん、そうなのかなぁ。
 ううん、馬宿君がそう言うんだったら、もうちょっと考えてみようかな。その時はお願いね」
「ああ、任された」
 二人視線を交わし、微笑み合う。
「あ、調べたついでに気になったんだけど。馬宿君、母親違いの子供がたくさんいたらしいけど、今はどうなの?」
「な、何故そのようなことを聞く」
「別に〜? でもほら馬宿君見た目いいし、耳の良さで女の子の本音とかまで聞いちゃって、その筋でも『有能』だったのかなって」
「……昔は昔だ。今そのようなことをすれば、色々と問題だろう」
「パラミタは一夫一婦制ってわけじゃないでしょ?」
「からかうな。……俺はお前と歩むと言っただろう」
「――――」
 馬宿をからかっていたリカインが、反撃に遭って閉口する。
「……むぅ。からかっていたのは謝るわ。お詫びに腕でも組んであげよっか」
「お前がそうしたいなら付き合うが……」
「なんか、草食系みたいな発言ね! いいから組みましょ。……あ、あっちに何か面白そうなのがあるわ、行ってみましょ」
「こ、こら待て、急に引っ張るな」
 腕を取られて慌てる馬宿を引いて、リカインが目的の場所へと歩いていく――。