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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


 四天王との戦いは続く。
 早々と四天王の一人、ジュレール・リーヴェンディを倒した猫神様クロ・ト・シロはその勢いで傀儡師エリス・マーガレットに襲いかかる。
 だが、その眼前に立ちはだかるのはエリスの操る最高傑作、惨殺人形アカリだ。

「……」
 傀儡であるアカリが言葉を発することはない。自身の3倍はあろうかという大剣を振り回し、クロに迫る。
「うっは、危ねぇwwwww」
 と、身軽さが身上のクロは、平リとその攻撃を避けるものの、一撃でも喰らえば明らかに即死だ。

 惨殺人形アカリは、エリスの親友の姿を写し取った人形だ。
 一番の親友を無残にも戦争に奪われたエリスは、やがてゆるやかに壊れ始め、自らの全てを込めてアカリを作り上げたのである。
「――世界は彼女を――私の親友を愛さなかった。
 だから私はこの世界を愛さない。
 この世界に生きる、全ての者を愛さない」
 物言わぬアカリは、そうしてエリスの憎しみを一身に受け、ひたすらに剣を振るった。

 ただ、ひたすらに。

 だが、こちらもそれで黙ってやられる猫神様クロ・ト・シロではなかった。

「だーーーっ!! うっせー、辛気臭ぇことをいつまでもカタってんじゃねーよ!!wwwww」

 アカリが大剣を振り回した隙をついて胴体にキックをお見舞いし、距離を空けた。

「てめえら、まとめてこのオレの神聖魔法(笑)で清めてやるぜwwwww」
 もちろん、聞き間違いではない。

 しんせいまほうかっこわらい、で合っているのだ。

「いくぜー!! 神聖魔法(笑)アイアンクロー!!wwwwww」
 説明しよう。アイアンクローとは掌全体で相手の顔面を掴み、指先の握力を使って締め上げて顔面にダメージを与える神聖魔法である!
 だが、これはただの素足キックだ!!!

「オラ次ぃ!! 神聖魔法(笑)ダブルラリアット!!wwwww」
 説明しよう。ダブルラリアットとは両腕を広げて回転しながら、遠心力を利用して自分の腕を相手の首辺りに当てて殴りつける神聖魔法である!
 だが、これはただの素足キックだ!!!

「まだまだぁ!! 神聖魔法(笑)ブレンバスター!!wwwww」
 説明しよう。ブレンバスターとは相手を逆さまに抱え上げて後方へ投げつけ、相手の背面を床へ叩き付ける神聖魔法である!
 だが、これはただの素足キックだ!!

「行くぜぇ!! 神聖魔法(笑)STF!!wwwww」
 説明しよう。STFとはスッテプオーバー・トゥーホールド・ウィズ・フェイスロック、うつ伏せの相手の片足を両足で挟むことにより固定して足首を極め、そのまま覆い被さると同時に自らの腕で相手の顔面を抱え込んでフェイスロックの要領で顔面を締め上げる神聖魔法である!
 だが、これはただの素足キックだ!!

「トドメだぁっ!! 神聖魔法(笑)DDT!!wwwww」
 説明しよう。DDTとは正面に位置する相手の頭部をフロントヘッドロックの要領で片脇に捕らえ、後方に倒れこんで相手の頭部を床に叩きつける神聖魔法である!
 だが、これはただの素足キックだ!

「……!!」
「きゃあああぁぁぁっ!!!」
 クロ・ト・シロの流れるような神聖魔法(笑)の乱舞の前に、惨殺人形アカリとエリス・マーガレットはあえなく倒れた。


 というか、全部素足キックでしたよね神様。

「こまけーこと気にすんなよwwwww」


 強烈な素足キックの前に、胴体の機能を失い倒れたアカリ、その横にまた傀儡師であるエリスも倒れた。
「……ア……アカリ……」
 最後の力を振り絞って、エリスはアカリを見た。
 アカリもまた、エリスを見ていた。
 そのアカリを見た瞬間、エリスの瞳が大きく見開かれた。
 アカリは、ただの人形。かつての親友の姿を模してエリスが造っただけの人形にすぎない。

 その人形の顔は、まるでエリスに微笑んでいるように見えた。
 まるで、一人の人間が死に際に微笑むように。
 ぱくぱくと、アカリの口が動いたような気がした。


「あ……り……が……と……」


 それが、殺戮人形アカリの、最初で最後の言葉。


                              ☆


「さあ、どうするの? 四天王とやらもあと一人みたいだけど?」
 と、シャーロット・セイニィは大魔王セラに迫った。
 だが、その前に立ちはだかる最後の四天王、緋桜 遙遠。
「……遙遠、おまえはセラを失望させるなよ」
 遙遠はうやうやしくセラの前でお辞儀をすると、勇士たちの方へと向き直った。

「はっ……お任せ下さい」
 遙遠は大げさな身振りで闇黒のオーラを巻き散らすと、力を一気に集中する。


「さあ、冥府から戻るがいい……我が僕たちよ!!!」


 ネクロマンサーの力を一気に解放すると、遙遠の身体から発せられた闇黒のオーラが、街ひとつを覆おうかという勢いで広がっていく。
「な……これはっ!?」
 シャーロット・セイニィは驚きの声を上げた。
 戦場を瞬く間に覆い尽くした闇黒の力は、戦場で傷つき倒れた屍を操り、次々にアンデッドへと変質させていくではないか。

「ふふふ……屍が多ければ多いほどヨウエンの力になるのですよ……」
 それは悪夢だった。
 ネルガル軍の兵士達も、義勇軍の勇士たちも、そして倒されたはずのネルガル本人までもがアンデッドとして生き返って人々を襲い始めたのだ!!

「……ろくりんピックを……この地でぇぇぇ〜」
「この世を……バナナの皮で〜」
「ああ……生き返ってしまっては志方ない、志方ないぃ〜」

 さらには、今倒したはずの四天王まで!!

「ああ……生き返るのは初めてですよ〜」
「どうせなら……アカリも一緒に〜」

 それは圧倒的な戦力差だった。
 味方も敵も、今まで命を失った者全てが、勇士たちの敵なのだ。

 大魔王セラは、その様子を見て満足気に笑った。

「はぁーっはっはっは!!
 いいぞ遙遠!! 面白い面白い!!
 さっきまで味方だった奴らや、苦労して倒した敵にこいつらは殺されるんだ!!
 どうだ、思い知ったか、どんなに人間どもが足掻いたところで、結局大きな力を持つ我々には敵わないということを!!!」

「……うるさい……」
 だが、その笑い声を止める者がいた。
 高笑いを続けるセラの前に出たのは、椎堂 紗月と鬼崎 朔。イナキュアの二人である。
 そして、その後ろに立つのはヴァル・ゴライオン大帝。
 紗月は呟いた。
「うるせぇよ……さっきから聞いてりやあ好き勝手なことをベラベラと!!」
 朔もまた怒りを隠さない。
「そうとも……お前らがどんなに大きな力を持っていようとも……この国を想う人々の心は壊せない!!」
 そして、ゴライオン大帝もまた雄叫びを上げた。
「最初から大きな力を持っている者などいない……。
 何だって誰だって、最初はほんの小さな存在にすぎない……そのひとつひとつが集まって、初めて大きな力となるのだ!!」
 
 セラは、フンとため息をつくと、未だに希望を失わない勇士たちに冷酷な声をかけた。

「……だったら、この全ての屍を全て倒してみろよっ!!
 できるかな!? できたとしてもこの遙遠がいる限り何度でも蘇るけどね!!
 ついでに言えば遙遠もセラが守っちゃうから倒せないよっ!!
 ホラホラどうするのっ!?」

 だが、ゴライオン大帝はニヤリと笑った。

「……いや、俺が手を出すことはない。」
 ぴたりと、大魔王セラの笑い声が止まった。
「……何?」
 ゴライオン大帝は続けた。
「……忘れたのか……?
 屍として利用されているとはいえ、全てのネルガルは倒されたのだ、この勇士たちの手によって」

 ぴくり、と大魔王セラの表情が強張った。

「……まさか……」
「そう、そのまさかだ。
 感じないか、大きな力の波動を!!」

 その時だった。

 ちょうど空中戦艦が落ちたあたりだろうか。
 轟音と共に戦艦の残骸が大きく吹き飛び、巨大な光の柱が発生したのが見える。

「あれは!?」
 振り返ったセラの向こう側で、ゴライオン大帝は声を上げた。


「そう――復活するのだ、女神イナンナが!!!」


                              ☆