薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

リアクション公開中!

四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

リアクション

 
 第13章

 その頃、救護所では――
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は、そわそわとしながらプリムと一緒に仕事をしていた。昼間、熱中症気味になった人に飲み物を持っていった時、迷子になった子供の話し相手をしている時、その他、色々。
 何をしている時も、どこか、落ち着きがない。
 理由は、結和のポケットの中に入っていた。そこには、占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)の“新しい名前”が書かれたメモが入っている。本の名前ではなく、彼女の考えた、個人としての姓名が。
 占卜と契約した2年前から、本当に色々な事があった。告白されて断ったりもしたけれど、最近はとてもいい関係になれたと感じていて。
(ううう、頑張って考えたのになぁ……)
 ――名前を与える。
 それはきっと、相手の人生をも左右する、難しくて……大切なこと。
 いざ伝えようと思ったら、怖くてなかなか言い出せなくて――
「大丈夫かよ結和ちゃん。疲れてんのか?」
「ちち違うんです、元気です! なんでもないんですーすみませんっ!」
 終いには、占卜本人から心配されてしまう有様だった。
「…………」
 落ち込んだ表情で仕事に戻る結和を、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は作業をしながら見守っていた。そこで、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)が白いビニール袋を持って訪ねてくる。中にはカリンの作った焼きそばが入っていた。
「スタッフさん達にお土産を持ってきたんだよ。良かったらどうぞ♪」
「…………」
「おっ、焼きそばかー、いいじゃんいいじゃん貰おうぜー!」
「あ、ありがとうございますー……」
 元々が無口なエメリヤンがぺこりと礼をし、ソースの匂いに惹かれた占卜と結和がビニール袋を受け取る。
 受け渡しが終わると、花琳はやはり焼きそばを取りに来ていたプリムに話しかける。
「あ、プリム君、デートしよ♪」
「……え!?」
 プリムの手がぴた、と止まる。目がまんまるくなっていた。
「か、花琳ちゃん!?」
「……今日は皆忙しいみたいだから暇なんだよ。だからプリム君、構ってよ〜」
「構ってって……今日はあんまり遊ぶ時間ないんだけど……」
 驚いて困惑して、救護所の中を改めて見遣る。バイトには数日前の準備段階から入っていたが、いつの間にか、責任者にほとんどの面倒事を任せられてしまって。
 行けるなら、行きたいけど――
「今なら、こんな浴衣美人と一緒に居れるんだよ」
「え?」
 先程とは少し違う「え?」が出た。途端に、花琳がぺたんこの懐から写真をちらつかせる。海で撮られた、プリムのイロイロなコスプレ写真だ。
「……ん? 失礼なこと考える人が居ると、ついこんな写真をばら撒きたくなるな〜」
「ちょ……ちょっと! 何でそんなの持ってるんだよ! しまってしまって!!」
 プリムは慌てて、結和達に見えないように花琳の胸の前で手をぶんぶんと振る。結和は「……?」という顔をして、それから彼に言った。
「ここは私達が対応しますから、行ってきても大丈夫ですよ。お昼からずっとお仕事してましたし、息抜きしてくるのもいいと思いますー」
「そ、そうかな……? じゃあ、ちょっと抜けてくるね」
 写真をばら撒かれるのも防ぎたいし。
 まあ、海には結和達も居たし、強制コスプレの様子も見られてたかもしれな――
(……って、そんなわけないそんなわけないうん、そうだよ。誰にも見られてない……)
 それこそそんなわけないのだが、プリムは現実逃避にそう思うことにした。
(デートって、単に遊びたいって意味なのかな……?)

 ――昔は人見知りで小さかったから、大勢の人が怖くもあって。
 ――お祭を素直に楽しめなかった。だから……。
「ね、プリム君、さっきの型抜き、面白かったね。輪投げとかも♪」
 お揃いでわたあめを買って2人で食べながら、プリムの隣を花琳は歩く。焼きそばはカリン達の店に戻れば見飽きるくらいあるし、とメインのご飯にはたこ焼きを選んだ。
 沢山遊んで、沢山食べて。
 どこにでもいる、どこにでも在る友達同士みたいな、普通の時間。
「付き合ってくれてありがとう、プリム君♪」
「うん、そうだね……」
 どこか上の空で、プリムは答える。楽しかった。楽しかったけど。お財布の中身は、2人分の遊び代として羽を生やして消えていった。遠くの方に、どこか切ない目を向けて。そんな彼に少し苦笑いして、明るさはそのままに花琳は続ける。
「……本当に君はお人よしだよね〜……人に構いすぎて損してるタイプだ♪ でも……」
 その時。
 プリムの唇に、花琳の唇が軽く触れた。
 ――アリスキッス。
「……そういう人は好きだよ、私は」
「……………………。え……!?」
 びっくりして放心して。でも確かに感触は残っていて、言葉もちゃんと届いていて。
 我に返った時には、彼女は身を翻して手を振った後だった。

              ◇◇◇◇◇◇

『ね、リュー兄、今日ツァンダで花火大会やるんだって。行こうよ!』

 遊歩道を中心に公園の至る所に屋台が出て、客と店員の遣り取りはどの店を見ても行われていて盛況だ。遠くの夜空では花火が上がり、その時々で人々は歓声を上げる。
 そんな活気溢れる祭会場を、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は、ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)と歩いていた。ブルックスは水色の、女の子らしい可愛らしい浴衣を着ている。この日の為に、一生懸命選んだのだろう。
 先日、サマーバレンタインの日に彼女に告白され、勢い良くキスされて歯がぶつかった。“恋”をまだ少女漫画のような純粋なものとして捉えているのだと感じ、その後、彼女に求める深いキスを仕掛けた。
 だがそれは、恋愛関係がどういうものなのか、男である自分が彼女を女と見たらどうなるのかを示す為の行為だった。今でも、リュースの中でブルックスは“妹”で、“女性”ではない。
 ――そして、そこまでしても彼女の彼を見る目は変わらなかった。
 ――ああいうキスを受けても尚、リュースの理想像が崩れない……のだろうか。
(この子は、オレにその気がないことを……気付いてる。でも、オレの傍にいたい、妹が嫌だと全身で訴えてきている)
 自分は、ブルックスが思うほど、綺麗じゃない。
 男だし、その気になれば、全部ほしいと思う。キスをした後、嬉しいとさえ言われたが。
 ――どうすればいいのか、未だに答えは出ていない。
「……リュー兄?」
 思考に嵌って上の空になっているリュースを、ブルックスは不安気に見上げた。
(……私のこと、迷惑に思ってたりするのかな?)
 本当は、2人で遊びに来たいと思っていなかったのかもしれない。そんな思いが、脳裏をかすめる。
 そこで、ふと、リュースの足が止まった。彼の視線の先には、白波 理沙(しらなみ・りさ)雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の姿があった。理沙は、ドット柄の浴衣姿で雅羅とりんご飴を選んでいる。
「ねえ雅羅、どれにする?」
「そうね、この大きなりんご飴にしようかしら」
「うん、じゃあ、これと……、この2つください! あ、せっかくだしこの小さいのも」
 りんご飴に加えて苺やみかんに飴をコーティングしたものも一緒に買う。
「花火、どこで見よっか。どこも混んでそうだからなー」
 屋台から離れた2人は、楽しそうに喋りながらこちらに歩いてきた。理沙の方もリュース達に気付いたようで、「あ、リュース」と軽く声を掛けてくる。「これから花火見るのか?」と、リュースも笑ってそれに返した。
「うん、リュース達は?」
「オレ達は今来たところだから、もう少しこの辺りを回ってみるよ」
「そう。じゃあまたね」
 理沙達は、人混みの中に消えていく。リュースもこれまでと同じ調子で歩き出し、ブルックスもそれに続いた。隣を見てみると、彼はまた物思いに戻っているようだった。

              ◇◇◇◇◇◇

 花火が上がっている。
 大きく1つ、小さく沢山、連続で一気に。
 様々な形、演出で。心臓を揺るがすような音を、時にはちりちりと心を焦がすような音を彼女達に届ける。
「今日は雅羅と一緒に花火が見られて良かったわ」
 ゆっくりとりんご飴を食べながら、理沙雅羅に言った。夜空を見上げる理沙の瞳の中に、鮮やかな花火が次々に映る。それが、ふと雅羅の横顔に変わった。
 雅羅に親しみ深い微笑を向け、優しい、だが気軽さを残した口調で理沙は言う。
「これからも、もっともっと色々な所へ一緒に遊びに行こうね」
「理沙……?」
 花火のせいだろうか。いつもと、ちょっと雰囲気が違う。雅羅は理沙を見返した。戸惑ったような彼女に、理沙は「やだなあ」と軽く苦笑する。
「そんな深い意味じゃないわよ。そんなに真面目な顔されたら困っちゃう」
「でも……」
「友達の雅羅と、楽しい事をこうして思いっきり楽しみたい、それだけよ」
 花火を見上げる。りんご飴を一口かじると、林檎の酸味と鼈甲飴の甘みが口の中で溶け合って。また少し、穏やかな気持ちになる。
「……雅羅にとって誰が一番かは分からないし、もしかすると、もうその一番は決まってるのかもしれないけど……。私はこれからも雅羅と一緒にずっとこうやって過ごしたい。
 私はただ、雅羅が大好きで一緒に居たいだけだもの♪」
 にっこりと、浮かべられるだけの最高の笑顔で、理沙は言った。
 ――愛とか恋とかじゃなくてもいいから、純粋に雅羅が大好き!
 それが、今の彼女の素直な気持ちで。ただ、それを伝えたくて。
「…………」
 雅羅は理沙をしばし見詰めて、それから嬉しそうに、心から嬉しそうに、笑った。
「ありがとう。私も理沙の事、大好きよ!」