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第8章 温かな気持ち

「先に座っていてください。お酒、持ってきます」
 繁華街にあるホテルの一室で御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)夫妻は寛いでいた。
 陽太はグラスに酒を注いで、環菜の待つソファーへと戻る。
 グラスをテーブルに置いた後、彼女の隣に腰かけた。
「環菜……なんだか甘い香りがします」
「シャンプーの香り、残ってしまったみたい?」
 環菜が頭を軽く振ると、甘い香りがふわっと広がる。
 部屋に備え付けられたバスルームで一緒に入浴を済ませた直後だった。
 陽太はバスローブを纏っており、環菜はパジャマを着ている。
 2人は仕事で数日間、空京に滞在していた。
 ここ数日は忙しかった為、早めに就寝していたが、明日は一日あいている。
 今夜は2人でのんびり過ごせそうだった。
「最近、仕事で各地を飛び回っていて全然帰れていないので、そろそろ我が家が恋しいです。今頃ツァンダはどんな様子でしょうね?」
「数日じゃ変わらないわよ。何か変化があったら、あなたのパートナー達がすぐに連絡してくるんじゃない?」
「そうですね……。でも、妙に気を使ってくれるので、大事でもない限り、連絡してこないかもしれません」
「むしろ、大事があっても、気を使ってくれそうだけれど」
 陽太と環菜は、お酒を飲みながら、陽太のパートナー達のことを思い浮かべる。
 それぞれ充実した時を過ごしているだろうか。
「相変わらず舞花は、いろいろなことに関わっているみたいです。なかでも、種もみ学院方面には力を入れているようですし、上手く行ってほしいです」
「少し心配でもあるわよね。パラ実だし」
 環菜が舞花を心配する様子が、なんだか子を案じる母の姿の様に見えて。
 陽太は心の中で微笑を浮かべた。顔に出てしまってもいた。
「もう暫らくしたらハロウィンの季節ですね。確か去年は薬を飲んで子供になりましたよね」
 写真でも撮ってもらったらよかったなと、陽太は思う。
「そうだったかしら」
 環菜はすまし顔でそう答えたが、顔がほんのり赤い。ちょっと恥ずかしい思い出なようだ。
「その時のことはうっすらとしか記憶にありませんが、ずっと環菜と手を繋いでいて暖かかった気持ちは良く覚えています」
「……そうね」
 目を閉じて、環菜はごく軽く頷いた。
「子供の頃の記憶に、あなたのことが加わったみたいな、不思議な感覚。子供時代にはあり得なかった……楽しい時間だったわ」
 カラン、とグラスを揺らしながら環菜は言って、ちょっとだけ笑みを見せる。
「ビデオに撮ってもらったら、見返して思いだせたんですけれどね」
「やめて、恥ずかしい……」
 照れる彼女が可愛らしくて、陽太はもっと悪戯なことを言いたくなってしまう。
 でも今晩はこれくらいで我慢。機嫌を損ねては元も子もない。
 明日は1日空いているのだから。
「明日は仕事のことは忘れて2人でどこかに遊びに出掛けませんか? 例えば、水族館か動物園に行くのも良いかな、と思いますが……どうでしょう?」
「そうね。その2か所なら、水族館がいいわ。イルカとアシカのショーが見られる水族館があるそうよ」
 言って、環菜は水族館の場所を陽太に話す。ここから、そう遠くはない。
「では、水族館に行きましょう。……というか環菜、事前に調べてありましたね?」
「ちょっと興味があってね。別にどうしても行きたかったわけじゃないのよ」
「どうしてもじゃなくても、行きたい場所があったら、誘ってくださいね。環菜の行きたい場所に、俺は行きたいです!」
 そんな風にきっぱり言い切る陽太と一緒にいると、温かな気持ちになれる。
 環菜は自然な微笑みを浮かべて、会話とお酒を楽しんでいた。
 陽太の隣で、彼にだけ見せる穏やかな顔で。