波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

リアクション公開中!

The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

リアクション

3.


 イコン基地、コントロールルーム。
 基地全体をモニタリングできる、いわば中央制御室だ。
 そこに、ルドルフはいた。
 ウゲンは午後にここへ来るとすでに聞いている。それに備え、薔薇学生たちはそれぞれにこの基地で準備を続けていた。
「皆、わかっていると思うけど、可能な限り『お断りする』だけだよ。それ以上のことは必要ない。あくまで、華麗にね」
 ルドルフはあえて明るく告げると、一斉通信を切った。
 その横顔が、一転して凛々しく厳しいものになる。
「ここは、後は俺に任せて」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が、ルドルフにそう告げる。
 ヴィナの背後には、貴志 真白(きし・ましろ)ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)
が控えていた。いざというときは、ヴィナを護る覚悟をその顔に滲ませている。
「ああ、頼むよ」
 ルドルフは振り返り、ヴィナへと微笑んだ。
「ただ……俺としては、タシガンとの争いに感けている内に、野良猫が薔薇を食い荒らさないか心配かな」
「手厳しいな。……だが、そうさせないことも、僕らの役目じゃないかな」
 ルドルフはそう答える。だが、どこかいつもと、その口調は違うものだ。
「……ディヤーブさんのこと、心配しているのでしょう?」
 ヴィナの言葉に、ルドルフは驚いたように瞬きをした。
「彼が無理しないよう、ウィリアムに注意しておくように言ってあるよ」
 ディヤーブは、この基地にはいない。昨日は姿を消していたが、今は療養のため、自身の部屋へと戻ったそうだ。ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)がいうには、落ち着いてはいるようだが、目を離すつもりはない、とヴィナへ連絡があった。
「…………ありがとう」
 息をつき、ルドルフは敬愛を込めた眼差しでヴィナを見つめた。
「言ったでしょ、ルドルフさん。あなたの背中の敵は蹴散らすって。あなたは前を見据えなさい」
 ヴィナはそう、優しく、しかし力強くルドルフを鼓舞した。
「ああ。そうしよう」
 ルドルフは頷き、それから、胸元の薔薇飾りを外すと、ヴィナへと手渡した。
「この薔薇が散らぬよう、僕はここを護るよ」
 そして、踵を返す。だがその横顔は、先ほどよりもずっと、落ち着いたものだった。
 彼の後ろ姿を見送ったヴィナは、ルドルフに手渡された薔薇をそっと胸に飾る。ほのかにそれは、暖かいようだった。
 それから、改めてモニターへと視線を移した。
 先日皆でたてた警備計画にものっとり、モニター画面には周辺や上空の映像が映し出されている。今のところ変化はないが、気を抜くわけにはいかない。
(タシガンは、やはりどこまでもタシガンでございますね)
 それを悲しく思いながら、ロジャーは水筒を手元に引き寄せる。中には、あらかじめ用意してきた、ギャザリングヘクスが詰まっていた。いざというときには、これを口にするつもりだ。
 コントロールルームは、まさにこの基地の中枢とも言える。狙われる可能性は充分に考えられた。そのとき、ロジャーは私情を捨て、目の前のことに集中するつもりだ。
(ヴィナが、その志を成し遂げられますよう)
 一方、同じくヴィナの護衛を務める真白は、モニターを見つめるヴィナの傍らに立った。小さな少年は、切なそうな眼差しで、ヴィナを見上げる。
「ここを、護らなきゃね。今……っていうか、永遠にシパーヒーを差し上げる訳にはいかないの。死んでいい命は本来存在しない。例え、オルゴールのように争いの歴史を繰り返しているとしてもだ。オルゴールを壊して遊ぶお子様に、この力を与えるわけにはいかないからね」
「……ヴィナ」
 真白には、ヴィナの言うことは、少し難しい。けれども、その気持ちはしっかりと伝わっていた。
「僕はヴィナを信じてるから。それに、僕は皆が笑ってる明日がいい。皆、好きだから」
 真白の返答に、ヴィナは微笑みを浮かべ、彼の頭を撫でる。
 その手の温かさを感じ、真白はより強く、ヴィナを護ることを決意するのだった。



「作業は終わったんですか?」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)に声をかけた。
「いや、どうやら同じことを考えた御仁がおったようだ」
 顕仁は、シパーヒーの操縦者を限定させるよう、起動方式を調整する予定だったが、昨夜のうちに佐々木弥十郎があらかた終えている。紙飾りまみれになったシパーヒーを、とりあえず異常がないか点検するに留まった。
 とん、とレイチェルが身軽にイーグリット・アサルトの操縦室から降りてくる。こちらも、いつでも出撃できるように整備は終えてあった。
 シパーヒーの徴収、となってはいるが、その他のイコンが対象外とは限らない。薔薇学に最近転入したという事情により、彼らのイコンはシパーヒーではないが、油断は大敵というものだ。
「もう、まもなくですかしら」
「ウゲンか? ……あれもまた、我の様に何も知らぬまま権力の中に生まれ落ちた者であろうか。己が意の侭に、森羅万象は進むと信じる愚か者か」
「そうですね。かなり高慢そうなお方で、つき従ってる方々もそういう傾向があるようですが、泰輔さんのあのねちこい嫌味攻撃にどれだけ辛抱なされるかしら?」
 そう辛辣に批評したレイチェルは、どこか楽しそうでもある。
「たしかに、泰輔の気には、いらぬ様だ。ということは、あれは我の意にも染まぬ、ということだの」
 顕仁はそう言うと、頭上を見上げた。塔の内部からは、吹き抜けの天井……ちょうど、蓋のように、ランディングフィールドが設けられている。そこに、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)はいるはずだ。紙飾りと薔薇に飾られた、シパーヒーとともに。