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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3
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第4章 ツァンダの長い一日



 そして、運命の三日目の朝を迎えた。
 紅と蒼の鮮やかな色彩の映える白んだ空に、ザクロ大空賊団の無数の機影が見えた。
 観測艇からの連絡を受けて、ツァンダの街に目が覚めるような警報が鳴り響く。急拵えながら出港準備を整え、ツァンダ防衛の要である大型飛空艇の編隊は決戦の空を目指し、飛び立ち始めた。
 古代戦艦『ルミナスヴァルキリー』も純白の船体を真っ赤に染め、朝日の空を突き進む。
「針路を北北東に微調整、空挺部隊と足並みを揃えて前進するのじゃ」
 艦長席に座し、フリューネの衣装を着たナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)が采配を取る。
 艦橋を固めるのは、信頼で結ばれた朝野シスターズだ。
 砲撃担当の朝野 未羅(あさの・みら)
 操舵担当の朝野 未那(あさの・みな)
 それから、リリ・スノーウォーカーに機関部を一任された朝野 未沙(あさの・みさ)はと言うと、何故だかナリュキに胸を揉みしだかれていた。セクハラ艦長はアリ地獄のように吸い寄せると、自分の膝の上に彼女を座らせ、後ろから楽しそうにオッパイをモミモミしているのだった。
「ちょ、ちょっと艦長。なんでこんな事するのよぉ……」
「戦闘の前に士気を上げるのは当然じゃろ。にひひ、わらわのごっとふぃんがーの魅せ所なのじゃ」
「あ……」と未沙から桃色の吐息が漏れる。
 その瞬間、セクハラ艦長は頭蓋骨が陥没する勢いでぶん殴られた。
「職権乱用なのですよー。片手間で艦長するぐらいなら、私に代わって欲しいのですっ」
 契約者の桐生 ひな(きりゅう・ひな)は頬を膨らませた。
 パイプ椅子を凶器に使うヒールレスラーのごとく、その手に持った紋章の盾をぶんぶん振り回している。
「艦長の脳を揺さぶる奴がおるか。今ので段取りの半分が吹っ飛んだぞ」
 叩き割られそうになった頭を抱え、セクハラ艦長は目に涙を浮かべた。
「もうすぐ戦闘区域なのですから、せめて艦長っぽくしててくださいっ」
 そう言うと、ひなは艦内放送で連絡事項を通達する。
「えー、皆さん、本艦はあと20分ほどで地獄の一丁目に到着するのですー。各員持ち場についてくださいー。迎撃に出る人達は離発着ポートに急いでください。船の防衛に残る人はそれぞれの持ち場にお願いしますー。あと、まだ制服を着ていない乗組員は五分で支度するようにー」
 可愛く着こなした制服(フリューネの衣装)を翻し、ひなは最後に付け加える。
「ええーッ!?」
 艦内から抗議の声が上がった。主に男性からの抗議だったのは言うまでもない。
「はいはい、四の五の言わずに潔く着るべきですよ〜」
 女子ならまだしも男子には完全なる嫌がらせである。艦橋に「てめー、男に恨みでもあんのか」や「すまん、むだ毛の処理が……」とか「婿に行けなくなるのでもらってください」などの、クレームと言う名の貴重なご意見が届けられたが、暴君ひなは聞こえないフリで華麗に対応した。
 ナリュキはそんな相棒の姿に、何か腑に落ちないものを感じてぼやく。
「……ひなに職権乱用などと言われたくないのぅ」


 ◇◇◇


 朝日に染まる甲板の上には、生まれたての空気と生まれたての光があった。
 しかし、平和な時間が長くは続かないように、あと20分でこの空は戦場となる。地平線の彼方から迫る空賊艇を見つめ、セイニィとシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は言葉を交わす。
「……ところで、セイニィに聞きたい事があります。ザクロから女王器と女王像の欠片を奪い返す、その成功率をわずかでも上げられる方法があるとしたらどうしますか?」
「どうする……って、あるんなら、とっとと教えなさいよ」
「すみません。ただ、これはティセラさんを大切に想うあなたの弱みにつけ込む事になります。すぐに答えを出す必要はありません。セイニィが本当に必要だと感じた時に決めてください」
 長い前置きの末、シャーロットはその提案を口にする。
「私とパートナー契約を結んでもらえませんか」
「はぁ? パートナー契約……?」
「契約を結ぶ事で身体能力や精神力が大きく向上します。それでも白虎牙を手にしたザクロを倒すまでの力の向上が見込めるか、わかりません。ティセラさんのため、私を利用してくださって結構です。私の気持ちはあなたに預けます。必要な時が来たら私の名を呼んで下さい」
 そして、ハートの機晶石ペンダントをセイニィの首にかける。
「なによ、これ?」
 セイニィが光にかざしてみると、機晶石は美しく輝きを放った。
「私たちの絆の証です。恋人同士で使うものですが、私たちなら通じ合う事ができると信じています」
「ふぅん……、まあ、もらっといて上げるわ」
 ペンダントを懐にしまった瞬間、ふと、不躾な挨拶が彼女の耳に聞こえた。
「いよう、ツンデレ! なんやええもんもらったのか?」
 二秒でセイニィを不機嫌にさせる魔法の言葉である。
 獣の眼光で「はぁ?」と睨みつける彼女に、七枷 陣(ななかせ・じん)は不思議そうな顔を浮かべた。
「なんや機嫌悪いな。朝から怒ってると、身体に悪いで」
「あんたが言うな、あんたが……」
「……ま、それはどこか隅のほうに置いとくとして」
「置くな!」
 突っ込みの冴えわたるセイニィに感動を覚えつつ、陣は彼女への本題を切り出す。
「蛇遣い座の女がティセラにべったりで、そこから彼女がおかしくなったって聞いたんやけど、あながち間違いでも無いと思うぞ。山羊座のリフルちゃんが蛇女に操作されてたしな」
「それ本当なの……?」
「ああ。ティセラも精神干渉されてるんじゃないのか?」
 前回、シャーロットが疑っていたが、陣もその辺の事情に疑惑を持ってるようだ。
「第一、剣の花嫁に限らず5000年の封印から目覚めた奴らはほぼ全員記憶が曖昧なのに、何故ティセラ『だけ』はハッキリと覚えてるわけ? そこからして怪しさ爆発やね。エリュシオンに復活させられた時点でその記憶を刷り込まれたって考えるオチしか見えんぞ」
「そう、やっぱりあの女……」
 静かに燃える炎のように、セイニィの目の奥に憎悪の色がゆらめく。
「んにぃ……、難しくてボクよく分かんないけど、セイニィさん、違和感感じてるんでしょ?」
 ふと、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が尋ねた。
「この件が終わった後にに訊いてみたら? アムリアナ女王は本当に十二星華の亡骸を野晒しにしたのかをさ。ティセラさんがそう言ってたって、お茶会に参加した友達から聞いたんだけど……」
「それは本当よ。あたしも覚えてるもの」
「え……? じゃあ、セイニィさんもそれでアムリアナ女王が嫌いなの?」
「……って言うか、あたし、そもそもアムリアナなんて好きじゃないし」
 女王に仕えた十二星華が女王に悪意を持つなどにわかには信じがたいが、セイニィが言うと違和感がない、不思議。彼女が女王の発言に噛み付いてる姿は容易に想像出来る。
「……まあ、それはともかくとして、問題はティセラの事じゃ」
 ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)が会話に加わる。
「まさかとは思うが、親友だからと疑ったりするのは悪だと思ってるわけではあるまいな。人は疑うべきじゃよ。多くの人間は誤解しておるが、疑うとはつまりその人間を知ろうとする事じゃ。確かに信じる事、それ自体は紛れもなく尊く大切な事だの。じゃがな、多くの人間が信じるの名の下にやっておるのは他人を知ることの放棄。それは決して信じる行為ではなく無関心と呼ぶべき物じゃ」
「ジュディ様の言う事は尤もです。疑う事は決して悪では無いと思います。本当の悪は『他人に無関心になる』事かと。セイニィ様、失礼を承知でお尋ねします。貴女はティセラ様に対して、少しおかしいかもしれない、でも親友だからと盲目に信じると言う名の『無関心』になっているのではありませんか? 本当の親友なら、疑う事も時には必要なのです」
 小尾田 真奈(おびた・まな)もその意見に賛同する。
「あたしがティセラに無関心……?」
 思いもよらぬ指摘に、セイニィは言葉を失った。


 ◇◇◇


「……話は変わるけどさ。ボク達とっても仲良くなれる気がするんだ!」
 リーズはそう言うと、死刑宣告をするかのごとくセイニィの胸元を指差した。
「貧乳仲間的な意味で!」
 仲間意識溢れるリーズとは対照的に、セイニィは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「あんたと一緒にするんじゃないわよ……!」
「セイニィさんと仲良くなれたら良いなぁ。でも……、セイニィさん胸小さい言われてるけどちゃんとあるよね、目で分かるレベルの膨らみが。ボクなんて……、はうぅ〜ん」
 想像を絶する悲しみが、リーズ・ディライドを襲った。
 悲しみに暮れる彼女に、ダメな優越感を感じ、セイニィはポンとその肩に手を置いた。
「まあ、精進するのね。あたしの胸を目標に頑張りなさい」
「何やらリーズが凹んでおるようじゃが……」
 コホンと咳払いをして、ジュディは真理を説く。
「セイニィにリーズよ。我がこの間見たアニメにこんな格言がある。『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』とな。逆に考えるんじゃ! 胸の小ささを武器にしちゃえばいいやと考えるんじゃよ、フフフ」
「フフフ……って、馬鹿にしてんの、あんた」
 なんか勘に触ったらしく、セイニィは胸ぐらを掴んだ。
「我はただ人生に迷える子羊に一筋の光を示そうとじゃな……」
「あんたもこっち側の人間でしょうが。なに余裕ぶっこいてんのよ。焦れよ!」
 馬鹿やってる彼女たちに肩をすくめ、陣は時計を確認、そろそろ出撃の時間だ。
「よし、お喋りはそこまでや。ここからはお待ちかねの仕事の時間やで」そう言うと、陣はパートナーを見回す。「ええか、オレらは『島村組』や。綿密かつシンプル、そしてド派手に暴れるのが仕事や。必ずザクロのクソッタレ女をぶっ飛ばして活路を切り開くで!」
 気合いの入る陣達の声を背中に浴び、セイニィは出撃のため、小型飛空艇の離発着ポートに足を運ぶ。
 自分の飛空艇の前まで来ると、そこに見慣れた顔が座ってるのに気付いた。
 彼、緋山 政敏(ひやま・まさとし)もセイニィに気が付き手を挙げる。
「もう出撃か……。乗れよ、セイニィ。運転は俺に任せてくれ」
 政敏は後部座席を指し、後ろに乗るように促す。
「何であんたが運転するのよ……?」
「君をひとりで戦わせたくない、それじゃ理由にならないか? 別に君の邪魔をするつもりはない、ただ一緒に戦わせて欲しいんだ。ザクロのところへは必ず送り届けるから……」
 話が終わる前に、セイニィは後部座席に腰を下ろした。
「へたくそな運転したら、叩き落とすからね……!」
 文句を言いつつも、素直に乗った彼女に政敏は笑みを浮かべる。
 最初に会った時と比べると随分打ち解けたかな……、ふと、そんな事を彼は思った。
「……じゃあ、空で踊ってみるとしようじゃないか」