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リアクション
第5章 コリマの思惑
「ふう。頭が痛いわ」
山道を登るにつれ顔色が蒼白になっていくメルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)は呻いて、手にしたボトルフラスコに口をつけ、酒を喉に流し込む。
フラスコを握る手が震えているのは、募りゆく不安感のためか、あるいは、酔いがだいぶまわっているせいだろうか。
アルコールは彼女を慰めてはくれたが、問題を根本的に取り去ったわけではなかった。
むしろ、果てしなく続く誤摩化しの途上で、迷宮の奥深くに自ら迷い込んでいったかのようである。
気圧が低下する影響か、山道を登るにつれ、疲労も手伝って、不安感は募る一方だ。
それでも、メルセデスは登るのをやめない。
もし、登るのをやめたら、不安の裏返しである破壊衝動が、彼女の理性を完全に奪い去ってしまうだろう。
それがわかるからこそ、メルセデスは進まなければならなかった。
「はわ……少し飲み過ぎ、なのかも」
エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が控え目な口調でメルセデスに注意を促す。
「大丈夫よ。まだまだ序の口よ」
メルセデスはエリシュカの注意を意に介さず、フラスコからしたたる雫で喉を潤す。
「メル、まだ不安なの?」
「そうね。飲めば気が休まるけど、胸の底では、世界全体への敵意のようなものが次第に増していくようだわ」
メルセデスは不穏な言葉を述べながら、額の汗を拭い、さらなる高みへと登りつめる。
(メル。あなたは疲れているわ。登るのをいったんやめて、ひと休みしなさい)
メルセデスの脳裏に、精神感応によるメッセージが届く。
森の中を進んでいたときから継続的に語りかけてくるその声は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)によるものだった。
「ああ、もう、いまは話しかけないで」
メルセデスはうるさいという風に首を振ると、フラスコの酒を飲み続ける。
これは酔いのせいであろうか、次第に、目にうつる光景がぐらぐらとしてくる。
よくみると、メルセデスの衣服のあちこちに血がこびりついていた。
ガガ山に行き着く途中で遭遇したパラ実生たちとの闘いで身に浴びた、彼らの返り血であった。
「不思議だわ。血が、私を興奮させ、力を与えてくれる。コリマ校長のいったように、闘いの中に、私の、未来につながる何かが、あるのかも、しれないわ」
メルセデスは、次第にろれつがまわらなくなってきた。
危うい精神の均衡を保つのにも疲れたいま、どうすればいいかはわからないが、バトルロイヤルの開催を聞いて、闘いの中で何かをみいだせると感じたのだ。
なぜなら。
強化人間は、闘いのために生み出されたものだからだ。
メルセデスが、そう考えたとき。
きーん
「……ああっ!」
危険な耳鳴りとともに、激しい頭痛がメルセデスを襲った。
「うゅ。大丈夫?」
かなり心配そうな口調でエリシュカが尋ねる。
立ち止まったメルセデスの顔が苦悶に歪み、目が裏返っている。
「全ては」
メルセデスの唇から、どこか別人を思わせる、しわがれた声がもれた。
「全ては、破壊、そのために!」
「ひゃ、ひゃあ」
エリシュカは悲鳴をあげた。
メルセデスが、エリシュカを抱き抱えたかと思うと、ものすごい勢いで走り出したからだ。
どこにこんな力が、と思えるほどすごいスピードだった。
「はわ……壊れないで、壊れないで、メル」
メルセデスに抱かれる中で、エリシュカは目をつむり、哀願するかのように呟く。
(ダメよ。壊れないで、壊れないで、メル!)
ローザマリアも、メルセデスの危険な状態を察知したのか、精神感応による呼びかけを強める。
だが、メルセデスは止まらなかった。
「邪魔よ、邪魔しないで! あなたたちはじゃまじゃまじゃまじゃまじゃま」
山道を異常なスピードで登るメルセデスの口から泡が漏れ、舌が同じ動きを繰り返し始める。
メルセデスの登る先には、炎と念力の弾丸で勝負を続ける、アリア・セレスティとミューレリア・ラングウェイの姿があった。
「しぶといわね。あっ!」
先にメルセデスの姿に気づいた、アリアが驚きの声をあげる。
「どうした? うわ、何だあれは!」
ミューレリアも、メルセデスの恐ろしい形相をみて、思わず、指の銃をアリアからそらす。
アリアとミューレリアにぶつかる寸前で、メルセデスは足を止めた。
「行って。早く! あなたたちを滅ぼす前に!」
メルセデスは冷静になろうと努めるが、いつもの癖で、フラスコの酒をまたひと口飲んでしまう。
「だから、早く、行って……。だから、邪魔よ、逝って!」
メルセデスの口調が再び変わったかと思うと、次の瞬間、全身全霊を込めたサイコキネシスが発動した。
ぐららっ
山道の上方から、崖崩れのような音がしたかと思うと、巨大な岩塊が次々に転がり落ちてくる。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
アリアとミューレリアは岩塊を避けるのに精一杯だ。
「逝って逝って逝って!」
岩塊同士がぶつかって砕け散るすさまじい音が響く中、メルセデスは早口でまくしたてながら、バトルロイヤル参加者に配布された銀のナイフを引き抜いて、アリアたちに切りかかってくる。
「だから、負けるつもりはないのよ!」
アリアは炎の帯をメルセデスに向けて放つ。
「はわ……フォースフィールド! ミラージュ!」
メルセデスに片手で脇に抱えこまれたエリシュカが叫んで、メルセデスの周囲にバリアを張り、幻影により自分たちの姿をだぶらせる。
エリシュカとしては、メルセデスに傷を負って欲しくはなかった。
「ここは協力するぜ! ぼやぼやしてたら2人ともこの酔っぱらいにやられてしまうからな!」
ミューレリアは指の銃から念力の弾丸を連射して、岩塊を砕き、メルセデスの足もとをふらつかせようとする。
「そうはいかないわ!」
ミューレリアが驚いたことに、メルセデスを援護するさらにもう1人の参加者が現れた。
「メルはやらせない! ブラインドナイブス!」
やっとメルセデスに追いついたローザマリアが、ミューレリアに光り輝く刃の攻撃を放つ。
「炎よ、全てをふもとへと押し返せ!」
アリアがひときわ大きな炎の壁をつくりだし、メルセデスたちにぶつけた。
だが。
「燃えあがる炎。私の血を沸騰させて!」
メルセデスは意味のわからないことを叫びながら跳躍し、炎の壁を突き抜けてしまう。
手加減したつもりはなかったので、アリアはさすがに背筋がぞっとした。
「これも、抜けるなんて! ああっ!」
眼前に迫ったメルセデスが、サイコキネシスで銀のナイフを飛ばし、超スピードで飛翔するナイフがアリアの首筋をかすめる。
刃は触れなかったものの、ナイフの柄が首に大きな打撃を与え、アリアは目の前が真っ暗になって転倒し、そのまま失神した。
「すごいな。狂ってしまったのか? この酔っぱらいから、本物の殺気を感じるぜ」
ミューレリアは舌を巻きながらも、対峙していたローザマリアの足もとをサイコキネシスでふらつかせて、転倒させることに成功する。
「ああっ、しまったわ!」
転倒したローザマリアは、敵の攻撃を受けるのに備えて、姿勢を制御しようとする。
「やったぜ!」
ミューレリアがローザマリアに念力の弾丸を放とうとしたとき。
「隙あり! ブラインドナイブス!」
ローザマリアが全く別の方向から現れ、ミューレリアに光り輝く刃の攻撃を放つ。
「うわあ! な、何で?」
とっさに身をひねり致命傷こそ免れたものの、攻撃を受けた衝撃で、ミューレリアは身体を押し飛ばされ、山道の遥か下方へと転がり落ちていく。
転がりながら上方をみやったミューレリアは、2人のローザマリアが山道に並び立つ姿を目撃した。
「うり二つの伏兵が身を潜めていたのか。くそっ、私が隙をつかれてしまうなんて」
ミューレリアは悔しさに歯ぎしりをした。
「うまくいったぞ」
ローザマリアとそっくりなグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、ローザマリアにいった。
「そうね。でも、すごい激戦だったわ。メル、本当に大丈夫かしら。さっき、炎の壁を抜けたのは、エリーのフォースフィールドのおかげだったと思うけど、でも、それだけじゃ抜けられなかったと思うわ」
ローザマリアは、アリアを倒して山道の遥か上方に移動していったメルセデスのことが、あまりにも心配だった。
「いかにも。飲酒の影響かはわからぬが、自暴自棄になると同時にかなり力が強まっているようじゃな。破滅的で、不安定な力じゃ。恐ろしくなってくるわい」
グロリアーナもまた、メルセデスの行き着く先が心配だった。
(ほう。いまのが、ツングースカ研究所の生き残りか。これは面白い)
戦闘全体の様子を学院の校長室から念視していたコリマ校長は、メルセデスの暴走ぶりに好感を覚えていた。
(優れたサンプルだな。戦果が楽しみだ)
(心が泣いても、闘う場所に身を置くしかないのだ。それが、彼女の宿命。宿命にまっすぐ向かい合う心構えが重要だ)
(いわずとも、既にあの女は、闘いの中に居場所をみいだしているはずだ。酒ではない、闘いの中にな)
(闘いの中で、優れたサンプルが修羅に目覚めて、技量を向上させてゆく。素晴らしきかな)
コリマの脳裏で、数千の霊体が囁きあい、メルセデスを分析し、進むべき道を断定し、賞賛を行っていた。
心が泣いても。
そういうコリマに、メルセデスの哀しみはみえていなかった。
だが、コリマは、強化人間たちを生かすには鍛えあげるしかない、という考えに自信を持っていた。
(人は、強く生き、自らの道をみいだしていかなければならない)
(どんなに辛くても、それが生きるということなのだ)
「ふう。ようやくここまで登ってきたぜ」
強化人間「海人」の乗る車椅子を押して、ガガ山の中腹まで登りつめた西城陽が、額の汗をぬぐう。
「ふふふ。ちょっと、高いところまできたね。気圧が下がって、耳がきーんとするのが気持ちいいよ」
横島沙羅が、近くにあった岩棚から眼下の光景を見下ろして、ほくそ笑んでいる。
横島が車椅子を押すのを全く手伝わないのが西城にはやや不満だったが、みんなで一緒にここまで来れた感動はひとしおだった。
「森の中でパラ実生をまくのはひと苦労だったな。沙羅を抑えとかないと、何をしでかすかわからないし。しかし、パラ実生たちが海人をみて、『こいつ、どこかでみたことがある』といったんだよな。どういうことだろう?」
西城は、ある大胆な仮説が思い浮かびそうで浮かばず、どこかもどかしい気持ちで考え込んでいる。
「激しい闘いが始まっているわ。どうしようかしら」
真里亜・ドレイクは、山道のあちこちで目にした闘いと、自分たちとの関わりに想いをはせた
「決まってるじゃないですか☆ 海人さんとともに、殺し合いをやめるよう呼びかけるんです☆☆」
西城たちがここまでの道中で出会い、一緒に登ってきた騎沙良詩穂(きさら・しほ)がいった。
騎沙良は、海人と深いレベルで感応を行える、数少ない生徒の一人だった。
海人との感応体験が、騎沙良の中に眠っていた超能力を呼びさますとともに、騎沙良自身のものごとを認識する力も掘り起こしたようだった。
「いろいろ、人のことがみえるので☆ 志が合いそうな方々を集めてきてますし」
騎沙良の周囲には、騎沙良と出会い、海人との何らかの共通性を騎沙良にみいだされた生徒たちが集まっていた。
騎沙良自身が呼びかけなくても、自然に集まってきたであろう生徒たちである。
だが、騎沙良は、自然にできたであろう集まりをさらに促進させたのである。
「海人さんも、みなさんとの連携を望んでいますから☆」
いって、片目をつむる騎沙良は、横島がくつろいでいる岩棚の上に歩を進めた。
「みなさーん、聞いて×2! 詩穂は、海人さんと志を同じくし、ただちに殺し合いをやめるよう、みなさんにお願いしたいと思います☆」
岩棚の上から、激闘を続ける参加者たちに呼びかける騎沙良。
「聞いてますかー☆ 海人さんの力をなめてると、大変なことになりますよー」
反応がないために、騎沙良はそういって、岩棚の上から、ランスを力いっぱい投擲した。
ひゅるるるる
唸りをあげて霧を裂き、山の空の彼方に飛んでいくランスに、騎沙良はサイコキネシスを仕掛けた。
ランスは、空中で複雑怪奇な動きを示しながら、切っ先を下に向け、参加者たちが激闘を繰り広げる山道のただ中に落下していく。
ぐさっ
参加者たちが睨みあっている中に割り込むように、ランスがものすごい勢いで山道に突き刺さった。
「う、うわあっ」
参加者たちは驚き、いったい何者がこの武器をもたらしたのかと、周囲をみまわす。
「みなさん、みましたか☆ これが海人さんの力です。まだまだ、こんなものではありません☆ みなさんが殺し合いをやめないなら、さらなる脅威が振りかかりますよ☆ ふふっふ」
騎沙良は、自分の力でランスを操って、海人の威嚇であるかのようにみせかけ、参加者たちを誘導しようと努めた。
(ありがとう)
騎沙良の脳裏に、精神感応により聞こえる声が響き渡る。
(海人!)
(いまので、みんなが聞く気を持った。後は、僕がやる)
海人は西城の押す車椅子に乗って、いまも虚ろな瞳を宙にさまよわせているはずだが、その声は非常に明瞭なものだった。
(いえ×2。詩穂も一緒にやらせて頂きます☆)
詩穂と海人。
深い感応のもと、2人の意識が同じ想いのもと、精神感応で、バトルロイヤルの参加者たち全員に、2人同時に語りかけていく。
(みんな、なぜ闘いにのみ活路をみいだす? コリマの誘導に気がつかないのか? 奴が本当に君たちのことを考えていると思うのか? 人を傷つける技術を磨いてどうするの☆ 愚行を重ねれば、あの殺戮の光が近づいてきますよ☆)
2人の言葉が混じりあい、1つの言葉となっていた。
「殺戮の光?」
西城は首をかしげる。
「ふふふ。前もいってたよ。海人は、いろいろとみえすぎるみたいだね」
横島は楽しそうに笑っている。
詩穂と海人の精神感応は、多くの参加者を共鳴させるかに思えた。
だが。
(強く生きるのだ。強さがなければ、生きていけない。サイオニックにも、強化人間にも、生きていく権利はあるはずだ)
(つかみとるのだ。ひとつのことをなしとげ、自分の存在意義を、自分でうちたてるのだ)
(自分の存在意義などというものは、究極的には存在しないものだ。万物はみな、ただ在るものだが、意識ある者は、ただ在ることには耐えられない。強化人間は、一般人よりも少し敏感なだけだ)
(よく考えるがいい。自分が滅びるのが嫌なら、必死で運命に抵抗しなければならない。強く生きようという意志こそ、生徒諸君の持つ超能力を強く育んでくれるのだ)
(考えるがいい。強さは、必ず必要だ)
コリマ校長の精神感応が、参加者たちの脳裏を一瞬で支配する。
「そうだ、強さは必要だ! 俺たちにも生きる権利はあるんだ!」
「俺たちは闘って、強くならなければならない! 自分の存在意義は、その先にある!」
超能力者たちは、次々に、コリマ校長の言葉になびき始める。
コリマは、決してデタラメを述べているわけではない。
コリマの言葉にも真理の一端が含まれているからこそ、コリマの思惑とは別に、生徒たちは闘う気持ちをかきたてられるように感じたのである。
(校長さん、邪魔をしないで欲しいんですが☆)
騎沙良は、大胆にも、校長に感応で語りかけた。
いまなら感応が通じる、と見越してのことである。
(邪魔をしているのは、お前たちだ)
(学院の生徒ではないが、なかなかの強者の素質だな。報告にあった、空京大学の覚醒者か。監視は結局つけられなかったようだな)
(学院の生徒を煽り、Xと連携してともに地獄をみるつもりか?)
コリマは、感応が通じている状態で、騎沙良の分析を始めようとしていた。
騎沙良は、自分がひどく危険な状態にさらされていることに気づかない。
(いえ、学院の人たち、ではなく、詩穂が海人さんとやっていることです☆ 校長さん、あなたは、バトルロイヤルの陰で、みなさんが覚醒することを狙っているのではないですか☆)
騎沙良は尋ねた。
(覚醒? ああ、Xがあのおもちゃの粒子でみせた戯れか。彼も、今回はそういうことはできないだろうな。あの発明品は別の実験で使う予定だからな)
コリマは冷淡に答える。
(では、本当に闘いのためだけに?)
(そうだ。闘いとは、それ自体価値のあるものだと信じる。問題を感じるのは自由だが、闘ってその意を示してはどうだ)
(もちろん、問題ですよ☆ それに……彼の名前は、「X」ではありませんから!)
騎沙良は、感応を断ち切った。
「うーん、イラ×2します☆ いますぐ校長室に飛んでいきたいところですが☆」
騎沙良は、岩棚の上から、参加者たちをみやった。
コリマ校長の言葉に力を得た参加者たちは、再びバトルロイヤルを始めている。
そのとき。
ドゴーン!
ガガ山が瞬間的な噴火を起こし、巨大な溶岩を吹き上げた。
溶岩が、狙いすましたように騎沙良の頭上に降ってくる。
「はあああああ、あが5回☆」
気合とともに、騎沙良はサイコキネシスで溶岩の動きを止め、遠くに弾いてしまう。
(なるほど。これぐらいは楽勝か。やはり有望だな)
コリマは騎沙良のデータを収集する。
「説得は不調ですか☆ いえ×2、まだ×2☆ まだ仲間がいます。何かあれば、詩穂が校長さんと話しますから、みなさんも、説得をお願いしますね☆」
騎沙良は、自分が集めてきた生徒たちに声をかけた。
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