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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−1−


「全てを透過して心に達してしまう氷の花……」

騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、ネットニュースを見て呟いた。その情報を見て即座に詩穂が想ったは空京のシャンバラ宮殿の地下で平和のために祈り続けているアイシャ・シュヴァーラだった。詩穂は常緑樹の茂る静かな庭園の一角に出た。陽だまりに跪き、大切な人を思い、祈った。

「詩穂は持てるもの全てを尽くして大切なあなたを愛します。
 アイシャの騎士として剣となり楯となり、あなたが護りたいと願う全てのものを護る事を誓います。
 誰かの守りを必要としている人々を護ります。
 ……貴女への愛とともに」

かすかな風が、さわさわと詩穂の髪をくすぐってゆく。

「ロイヤルガードに直任してくれときに『アイシャちゃんの心を護る』と誓った。
 誰よりも平和を願うアイシャちゃん、あなたは、いつでも詩穂に必要なの。
 アイシャちゃんは詩穂のことをどう思っているのかわからないけれど……。

 いつも2人は一緒だって約束を交わしたのに……。
 ……離れてやっとわかったんだ、詩穂にとってとてもとても大切な人。
 アイシャちゃんの身に、何事もありませんように。
 どうか、氷の花が愛しいアイシャちゃんの心から優しさや暖かさを奪い去ってしまいませんように……。

 せめてこの祈り……届いて」

冬枯れの庭に、静かな詠唱がこだましていた。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「なんだか大変なことになったな……」

 バレンタイン・デイが近づき、想いを伝える品物を買おうと普段よりも女性たちが目立つ空京の町で、ニュースを見た長原 淳二(ながはら・じゅんじ)はともにやってきていたミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)に言った。

「人の心を凍りつかせてしまう氷の花……。
 なんだか怖いです」

ミーナが不安そうに青空を見上げる。

「そうだな。でも、対処法があるのが救いかな。
 大切な人を案じる心……か」

淳二が遠くを見やるような目になった。

(えらいことになったな。大切な人の心が凍りついたりしたら、どんなに辛いだろう。
 そんなとき、どうしたらいいんだろうな……。
 大丈夫だ、元気出せよ、泣くなよ……。 ああ、言葉って無力だな……。
 表面だけを滑っていくような感じだ。
 
 ……いや、ダメだダメだ。俺は俺のできるだけの事をすればいいいんだ。うん)

ミーナはそんな淳二の顔を、そっと見上げた。

(ミーナにとって淳二はいろんな意味で大切な人……。
 改めて淳二に言葉をかけたりしたことはないな……・
 氷の花に淳二が凍てつかされたりしたら……考えるのも怖い。
 どんな言葉をかけたらいいんだろう……もしかしたら別の人に先取りされるかもしれない……。
 
 ……ううん、自分は自分らしくいたらいいんだわ……素直に……)

「なあ、ミーナ……」
「ね、淳二……」

異口同音に言いかけて、なんとなくばつが悪くなる。

「……町の様子、見に行こうか」
「うん」

2人は肩を並べて、雑踏の中を歩いていった。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 空京へフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)と買い物に来ていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、休憩がてら温かいものでも買おうと訪れた公園で着信音に気づき、メールを見たのだった。

「蒼空学園からメール? なんだろう? ……え、何、これ。どういうこと?」

不安を覚えて振り返ると、フリューネの瞳が曇っているのに気づいた。微かなうめき声がフリューネの唇から漏れ、がくりと膝をつき、うつろな眼を見開いたままうずくまる。

「……ああ。私になにができるというのだ……。思い上がりも…… 甚だしい……」

フリューネの瞳はもはや、リネンを見てはいない。いつもの明るく闊達なところは消えうせ、己の苦悶だけに閉じ込められた姿。見たこともないフリューネの、苦しみだけに満ちた姿がそこにはあった。

「……まさか、フリューネ!?」

その姿はリネンに激しい衝撃を与えた。

「どう…… しよう……。 ああ、誰かいないの? 私だけなの? ここには私だけなの??」

先ほどまで人通りもあったのに、不意に静寂が訪れたようだった。明るい日差しが溢れているのに、どこか悪い夢の風景のようにゆがむ景色。

「今…… すごく怖いよ……。
 不安になる時、いつもこんな光景を夢に見たの。……フリューネは
 フリューネは、……本当は私のこと嫌いで!!」

恐ろしい言霊にリネンの唇が震える。

「でも…… 違う、よね? これは氷の花の、せいだよね……。
 本当のあなたは…… 私の憧れたフリューネはこんなに、体も、心も、冷たくない……」

リネンは切れ切れに言葉を振り絞り、体まで冷え切ったフリューネをかき抱くと、自分の熱を移そうとするように抱きしめながら嗚咽を漏らす。

「フリューネにもらった大事なもの、大事な気持ち…… 全部私から伝えるから! お返しするからっ!
 ……お願い! ……お願いだから! ……いつものあなたに戻って!!」

咽び泣きがもれる。リネンは思わずフリューネに口づけを与え、しっかりと抱きしめた。不意にフリューネの瞳が輝き、体に体温が戻った。

「……ん? どうした? なにを泣いてるの?」

問いかけるフリューネに、リネンは涙をぬぐって笑いかけた。

「……なんでもない。これからも一緒に飛び続けたい」
「うん? どうしたの改まって? もちろんよ」

公園は悪夢から蘇った。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ちょうどそのころ……。空京のオープンカフェで朝野 未沙(あさの・みさ)は氷の花の噂を聞き、1人ぼんやりとフリューネを想っていた。

(人の心を凍てつかせる氷の花……? フリューネさん大丈夫かな?)

脳裏に強張ったフリューネの表情が浮かぶ。美しい漆黒の長い髪が乱れ、あるいはその蒼い瞳に苦痛の涙が満ちているかもしれない。

「フリューネさんへの愛なら誰にも負けないんだから!
 フリューネさん、あなたに身も心も捧げます!! 
 あたしの熱い想いを受け止めてーーー!!!」

イメージの中のフリューネが微笑みかけてくる。顔を赤らめ、幸せそうな笑みを浮かべる未沙の皿から、人怖じしない野鳥が最後の1つのサンドイッチを攫っていったが、未沙は一向に気づかなかった。