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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●Love Songs

「え、えぇと……マスター、花火綺麗ですね!」
 ――言葉を探しながら話している。
 そんな意識がフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)にも、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)にもあった。
 彼女は足場を探している。薄い氷の上を歩くように。氷が割れないようにそろそろと、左右の足を交互に出していく――そんな気持ちで言葉を交わす。
「今日の任務は……」
「任務じゃない」
「えぇと……でも、ごえい……」
「俺の護衛任務って言いたいんだろう? 先に言っておくが違うからな。デートだからな」
 氷にひびが走ったようにフレンディスは感じた。この氷……心の中の氷は随分薄くなっているようだ。それこそ氷の下が透けて見えるくらいに。しかもこの氷上、歩み出せる範囲は着々と狭まっている。
 でも、ベルクが堂々と口にした『デート』という言葉が、同じくフレンディスに心の中に鈴なりのオミナエシを咲かせたようにも感じるのだ。ぽっと体の芯が温かくなるような、可憐な気持ち。
 つまり薄氷とオミナエシ、矛盾するふたつの存在が現在、同時にフレンディスの胸にあるということだ。
 いつかは氷も割れるだろう。割らなければならない。彼女にもそれはわかっている。
 だけど氷が割れたら、どうなってしまうんだろう。
 オミナエシが一面に咲くのか、それとも。
 今夜のフレンディスは桜色の水着、首からは、右片翼のペンダントを下げていた。これは誕生日にベルクから贈られたものだ。乳白金のゆたかな髪は、邪魔にならないようアップにしている。……その頭の上にひょっこりと、狼の二つの耳が生えていることを、やはり今日も彼女は自覚していない。尻尾もしっかり出現しており、歩いている間中ずっと左右にぱたぱたと動いていた。無論これについても自覚はゼロだ。
 やや遅れて会場入りした二人だが、花火を鑑賞する場所をほどなく見つけた。
「あそこに行ってみようか」
「は、はい」
 流れるプール内の小島だ。飛び込んでイルカになったようにすいすい泳ぎ、花火の、どん、という音とともに水から上がった。
 小さなスペースだった。それこそ、肩を触れあわずに二人座るのはできないほど。
 煌めく光が幾度も傘を開き、空に溶け込むように消えていった。
 ベルクは無言だ。なにか、黙らなければならないと決めているかのように口を真一文字にしている。
 一方でフレンディスは落ち着かない。ベルクと触れていることが気になるのか、尻尾がずっと左右に揺れていた。氷が割れそう……割れそう……。
 盛大に連発された花火がふと途絶えた。
「おい」
 意を決したようにベルクは口を開いた。
「前も言ったが、『インプリンティング』なんてものは俺にはないぞ。ヒヨコじゃねーんだ」
「でもヒヨコ、可愛いですよ」
「まあそれはそうかも……いやそういう話じゃないって! 逃げよう逃げようとしないで少し黙って俺の話を聞け!」
 思わずベルクは怒鳴ってしまった。首から下げた左片翼のペンダントが跳ねるほどに。
「マスター、ごめんなさい……」
「いや、俺も悪かった。怒ってるわけじゃねぇんだ。頼むから、最後まで聞いてくれ」
 フレンディスは頷いた。
「俺は臆病だ。フレイに泣かれたり、嫌われたりするのをずっと避けようとしてきた。もっと率直に言えば、フレイに拒否されることが怖かったんだ。銃弾飛び交う戦場を丸腰で駆け抜けるより、ずっとな……」
 頭の中で言葉を組み立ててから話すのをベルクは放棄していた。
 すべて正直に明かしたい。小細工は無しだ。
「だが怖がっているだけじゃなにも解決しない。臆病なりに意地は張らせてもらう。はっきりと言うぞ」
 衝動的にベルクは、フレイの両肩をつかみ引き寄せていた。身を捩ろうとする彼女の肩、そこから手に伝わってくる震えにハッとなる。怖がっているのは、自分だけじゃない。
「最初から好きだった。初めて逢ったときから……フレイ、お前のことが好きだ」
 ベルクの、これまでにないほどの真剣な面持ちをフレイは目の当たりにした。目が逸らせない。
 もう花火の音など聞こえない。
 赤く明滅するものがあったが、それが花火なのか、自分の心の揺れなのか、それすら判らなかった。
「でも……でも……」
「嫌なのか」
「嫌じゃないんです。私も……マスターのことをお慕いしています……でも……」
 溢れてくる涙をどうしようもできず、掠れる声で彼女は呟くように言った。
「……私なんかが……マスターの心を独占するなんて、やってはいけないことなんです。マスターには、私になんか縛られずに自由にいてほしいから……」
「なに言ってんだ。フレイ、お前そんなこと気にしてたのかよ」
 ふっ、とベルクの緊張が解けた。顔が自然にほころぶ。
「縛られる? 俺はずっと自由だよ。けれどそれは、片翼でがむしゃらに羽ばたいているだけに過ぎなかった。……でもこれからはお前と左右の翼をあわせ、二人で自由に飛ぶんだ。そうだろ?」
 ベルクは両腕に力を込めると、フレイを抱き寄せ、唇を奪った。
 ――フレイの中にあった氷は割れなかった。割れずに、綺麗に溶けてなくなった。
 黄色く光るものを彼女は見た。それはオミナエシの花だろうか。それとも花火の輝きだろうか。
 フレイは瞳を閉じた。それまでせわしなく踊り続けていた尻尾が休むように垂れた。
 この人が好き。
 私も、マスターのことのことが、好き。

 水の上を滑るように、すっとボートは流れていく。
 櫂もついているが漕ぐ必要はなさそうだ。
「こんな所から見る花火ってのも、悪かねぇだろ?」
 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)は、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)と肩ならべボートに揺られている。
「驚きました」
 濡れた前髪をかきあげながら優希は言った。ついさっきまで二人は自由に泳ぎを楽しんでいたのだ。
「俺も驚いたな……ユーキが結構、泳げるようになっていたからな。パラミタに来た当初はひたすらカナヅチで、水に入るたび あっぷあっぷしてたのに、今じゃ平泳ぎで二、三十メートルなら軽くできるようになっていたとは……」
「呉下の阿蒙にあらず、ですっ! 私だって努力してるんですから。まあ、クロールで、普通に泳げるようにはなりたいですが……」
「いやいや、立派なもんだ。最初の壁さえ乗り越えてしまえば水泳はどんどん上達するもんだからな。また後で練習しようぜ」
「ふふ、だったら頑張っちゃいますよ」
「……ところで、何の話だったかな」
「ええと……あっ!」
 目を見開いて優希は、わざと肩をアレクセイにぶつけた。
「もうっ、最初は私がアレクに『驚きました』って話だったでしょう!?」
「お、そうだったそうだった。今度は聞こう」
 ここで連続花火が空を彩ったので、しばらく会話は中断された。
 光の渦が収まってから、
「綺麗なものだな……で、何に驚いたって?」
「それは……」
 いくらか恥ずかしそうに、ビキニ姿で優希はもじもじとした。ビキニを着るのは照れくさかったが、それでもアレクに喜んでもらおうとこれを選んだのだ。
「何だよ?」
「アレクが『たまには休みを取って、プールに行かないか?』って、夜のこの場所にデートに誘ってくれたことです」
「それなら気にするな。ユーキは最近、何かと忙しそうにしてたろ? たまにはちゃんと休みを取らせてやりたかったし、こうして二人きりのデートなんてできる機会、なかなかねぇからな。大事にしないと、って考えただけのことだ」
 実はスプラッシュヘブンには厳しい入場者制限があり、とりわけ夜は人数が絞られるので、このチケットを押さえるのはかなり大変な作業だった。けれどそんな事情は彼女には内緒だ。
「そんなに想って下さって……嬉しいです」
「そうか……喜んでもらえて俺様も嬉しいぞ」
「夜のプールも、花火も、幻想的で綺麗で……」
「そうかもしれんが俺様にとっては、喜ぶユーキの姿のほうが綺麗だな……」
 言いながら顔から火が出そうな台詞だな、と苦笑しかけたアレクだが、
「!?」
 どすん、と背中をボートの底に当てるはめになった。
 痛くはない。まったく痛くはない。それどころか、柔らかい。
 なんという不意打ち。アレクの口を優希の口が塞いだのだ。つまり、キスだ。しかも彼は彼女に押し倒されてしまった。狭いボート内でもつれあい、抱き合う。
 唇が離れるや、
「お、おいユーキ……!」
 よほど驚いたようでアレクの声は裏返った。
「驚きました?」
「一本取られた。こればっかりはな」
「私だって、いつまでもアレクの後ろに隠れていた私ではありませんから」
「そうかい……成長したな」
 アレクは手を伸ばし、彼女をもう一度抱いた。
「今日はいい日ですね……」
「そうだな」
「また来たいです」
「もちろんだ。また暑い時期に来ようぜ」
 優希は呟いていた。
「次に一緒に来ることができたときは、その、恋人としてではなく……」
 彼に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、言い足した。
「アレクと夫婦として来れたらいいな……」

『あの時の答え、俺を真剣に想い、考えてくれた事に感謝したい。
 これからも今までのように傍にいさせてほしい。許可を貰えるだろうか?』

 これがクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が、ユマ・ユウヅキに出した文面の重要部である。さらに彼は、苦労して入手したスプラッシュヘブンのチケット、それを写真撮影して添付した。
 メールの返事が来るまで、一分がまるで一年のようにクローラは煩悶した。
 返事は、来た。
 しかもいわゆるテレビ電話で。
 久々に見るユマの姿は変わらず美しく、クローラはそれを見るだけで舌が口蓋に貼り付きそうになるのだが、そこはセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がうまくフォローしてついに……ついにクローラはユマを、デートに誘うこちに成功したのだった! ……いや『デート』と呼べばユマが緊張してしまうので単なるお出かけという名目だが。
 電話を切った直後クローラは、日頃の彼にも似ずウオオンと雄叫びを上げ竜すら蹴飛ばしそうな勢いだったとか。
 それが数日前のこと。そして今夜、彼は彼女と会った。
 胸元にリボン飾りのついた白いワンピース水着、それがユマの装いだった。昼間もこの格好で、琳鳳明と遊んだのだという。
 陽が落ちたせいか水着の白、そしてユマの肌の白さが際だっていた。その表情は穏やかである。
「やあ、今日は来てくれてありがとう」
 いち早くセリオスが挨拶した。言葉に悩むクローラの胸中を察したのだろうか。
「花火がはじまったよね。どこかで腰をおちつけようか?」
 言いながらさりげなく、セリオスはクローラとユマが隣り合えって歩けるよう工夫している。
 三人とも水着だ。水音がするなか歩くのは涼やかでいい。
「水着……だな」
 ぎこちなくクローラが切り出した。
 言ってみて、「プールですから」と冷たく返されやしないかと一抹の不安がよぎったが、ユマ・ユウヅキは優しく微笑して、
「クローラさんも」
 と言った。TPOをわきまえて彼もそうしたのだ。ところがセリオスは普段の制服だ。
 ここでユマの水着を褒めるべきかとクローラは思った。その意を汲んだかセリオスも目配せしてくるのがわかったが、さてどう言うべきか彼には見当がつかない。一生懸命考えて、
「ええと……あー、機能的な水着だな」
「機能的、ですか?」
 よくわからないことを言ってしまった。競泳用でもあるまいに、どう機能的だというのやら。
 ぺたっ、と額に手を置いて、『しょうがないなあ』とでも言いたげにセリオスが口を挟んだ。
「クローラが言いたいのは、『可愛い水着だね』ってこと。やっぱ水着の機能は可愛らしさだし」
「そうですか。それはありがとうございます」相好を崩してたユマに、とりあえずクローラはほっとした。
「ユマ……その……なんだ、久しぶりに会ったんだ。最近のこと、ユマの話、何でも話してほしい、教えてほしい」
 いつの間にかクローラとユマは、花火もそこそこに日常の会話を交わしている。
 色々と聞いた。ひとり暮らしのこと。掃除や洗濯を覚えつつあるということ。近所の野良猫と親しくなったということ……他愛もない話ばかりだが、素直にクローラはそれを喜ぶのだ。なぜならそれはユマが、人としての生活を身につけつつあるということだから。
「クローラさんも話してください。私ばかり話すのは、つまらないです」
「そうか……では花火にちなんで」
 クローラは花火の種類や原理について解説を始めた。白く輝く色はマグネシウムによるものだとか、
赤は炭酸ストロンチウムだとか……科学知識についての話であれば楽に出てくる。
「クロ、それだとまるで大学の講義だよ」
 えっ、と虚を突かれたようにクローラは硬直した。
「……すまないユマ。こういう話、つまんないよな」
「いいえ。私は楽しんでいますよ。科学のお話、好きですから」
 ユマはふわりと微笑んだ。
 まただ。
 また、ユマに救われた。
 もしかしたら自分はユマに、甘えているのではないかとクローラは思ったりもする。一緒に過ごしてて、救われた気になるのはいつも自分なのだ。ユマが自身を肯定できるよう助けたい――そう思っているのに、ユマのほうが彼を助けてくれている。
「ユマ、俺に無理にあわせてくれなくていいんだぞ。ありのままのユマでいれば良いと思う」
「ありのまま……? 私はいつも、ありのままですよ。『本当の自分』は探さなくてもここにいます。弱いところも汚いところも含めて、私は私です。だから安心して下さい。私も、クローラさんは今のままでいいと思います」
「そうか……」
 と言いかけて、またユマに導かれているとクローラは思い至った。
 難しい。ユマの心を動かすには、まず自分が、変わらなければならないのかもしれない。
 とはいえ今夜は、あまり考えすぎるべきではないだろう。
「ところで花火だが、空から見ないか?」
「空、ですか?」
「ああ。光竜を用意してある。空から見る花火というのも悪いものではないだろう。といっても俺のエスコートが嫌でなければ、だが」
 ユマは少し逡巡したようだが、すぐに、
「お願いします」
 と言った。するとすかさず、
「後は若い二人に任せて、お邪魔虫は遠慮するよ」
 セリオスがそういって手を振った。
「待てよ。見合いじゃないんだから、やめろよ」
「いや、だって僕、水着じゃないし」
「それ光竜に関係ないだろ」
 言いかけてクローラははたと気づいた。セリオスが自分一人だけ違う格好をしてきたのは、なにかと理由をつけて(「プール入れないし」とか)自分とユマを二人きりにする作戦ではなかっただろうかと。
「じゃあ高所恐怖症にする。うん、それだ。高いところ怖いし」
 とってつけたように言うのだが、人を疑うことを知らないのか、ユマは「それは大変ですね」とセリオスに同情している風である。
「とにかく、俺はいいけど、ユマが迷惑する……だろ……」
「いえ迷惑ということは……」
 さっとユマが言ったその瞬間をとらえて、
「じゃあ二人で行ってきなよ。僕は下で見てるから」
 そのまま、そそくさとセリオスはその場を離れてしまったのだ。
「だったら……行くか」
「はい。空から見るなんて、愉しそうです」
 ユマをエスコートしながら、ふたたびクローラは激しく緊張していた。
 光竜には馬のように跨って乗る。手綱があるのも馬同様だ。操縦者がクローラである以上、ユマは前に座り、彼の手と手綱が彼女の左右を囲うかたちになるのは明白だ。しかもそれをお互い、裸に近い状態で行うのである。
 どうしよう。鼓動が早くなってきた。
 どうしよう、本当に。