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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者

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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者
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■アガルタの日常風景・2■


月下の庭園の場合】

「リニューアル準備中ですがお茶程度なら出してやりますから入っても良いのですよ?」
「ほんと? わあ、ありがとう。ゆっくりしていくねー」
 きゃーきゃーと柴犬に声をかけながら店内へと女性たちが入ってくる。店内には、たしかに工事の音が微かに響いているが、お茶を飲むのに問題はなさそうだった。
 彼女たちを案内していたのは、この店の看板犬である忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。今日も今日とてビグの助(猛き霊獣)に乗っている。ビグの助が大きな柴犬のような姿をしているため、柴犬の上に柴犬が乗っているという愛らしさは女性客中心に人気である。
「いらっしゃいませ」
 そうして入ってきた客に応対するのは、いつもならばグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の義姉弟コンビなのだが、今日はベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が対応していた。
 普段は雑用が多いベルクだが、そつなくこなすあたりはさすが苦労に……いや。さすがベルクといったところか。

「おーい、フレイ、グラキエス。開発中悪いが、注文が入った」
「あ、了解です、マスター」
「大丈夫だ。何を準備すればいい?」
「えっとな……」

 キッチンで作業をしていたフレンディスとグラキエスに、入った注文を告げる。ベルクもそうだが、この2人も料理が出来る(ただしフレンディスは和食のみ)。

 調理に入った2人を見たベルクは、懐に軽く触れた。そこにはいつでも飲めるよう、胃薬が入っている。

「順調すぎて怖いな」
 万感の思いが込められた呟きだった。

「順調で良いじゃないですか。……それにしてもエンドがあんなに生き生きと……ほんと、素敵なお店ですね」
「あら、それはありがとうさ。ロアちゃん」
 それを聞いたロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が事務仕事の手を止めて微笑むと、店主であるマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)も笑った。
 先ほどまで新しい経営方針について鋭い目で話し合っていた2人の目が、とたんに優しくなる。
 
 その時、店の電話が鳴り響いた。

「あ、ベルちゃんお願いさね」
「へいへい」
 電話を取りに行ったベルクと入れ違いで、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が裏口から入ってきた。
「ウェルナート、何か軽食を……いないのか?」
 ウルディカは少し首を動かして電話対応しているベルクを見、マリナレーゼへと視線を移す。問われる前に答える。

「いや、そろそろ昼時だ。彼らに何か食事を、と思ったのだが」
 彼ら、とは店を増改築してくれている大工たちのことだ。
 実は今、喫茶店の裏に『マリナ邸兼従業員及び関係者、緊急請負お客様宿泊用住居』を建築中なのだ。
 フレンディスたちは元々定住する家を持っていなかったので、この機会に、ということらしい。グラキエスたちは別宅があるため、そこから通っている。

 余談だが、増築された住居のどこかには尋問室もある。要望者のフレンディス曰く「とらぶるが多い街ですから、敵を捕らえた際尋問できる場所が必要だと思うのです」とのことらしい。
 もちろんベルクのツッコミが入ったが、最終的にまあいいか、となるのはいつものことだ。

「さすがウルちゃん。気が利くさね。ベルちゃんの電話が終わったら作ってもらってくれさ。2人にはメニュー開発をそのまましてもらって、その間は」
「俺とキープセイクで接客、か?」
 言葉を遮って言うウルディカに、マリナレーゼは満足げに頷く。

 そんな手馴れた様子を見たロアは、改めてウルディカの胸につけられた名札の『副店長』という文字が本当なのだと思った。
「ウォークライ。本当に副店長になったんですね。エンドが喜ぶはずです」
「たしかに喜んでいたが……自分の借金が元凶だと分かっているのか」
 仕方ない、と言った風に肩をすくめるウルディカだったが、若干口許が緩んでいることにマリナレーゼもロアも気づいた。こう言っていても、ウルディカ自身、この店を気に入っていた。
 彼がいた場所(時代)は災厄に蝕まれ人も荒みきった未来。品物は軍人が護衛し配給するものであったから、こうして普通に商品が提供されお客様が笑顔を見せるお店というのは新鮮で、そして心落ち着ける。
 それを口にしないのは

(この店で働くのは悪くない。
 ……エンドロアも気に入っているようだしな)
 グラキエスと一緒に働くのが好きになっていたから、なんて言える訳がないからだ。

 そんなウルディカを見たマリナレーゼは、数日前を思い出していた。
 グラキエスの借金返済のため、という名目で副店長になってみないかと言ったのは彼女だったが、それは後付のようなもので真意は別にある。

(ウルちゃんが息抜きできる場所に、少しはなれたさね?)

 あまり自身のことを語らないウルディカだが、マリナは彼が随分と苦労してきているだろうと察していた。だから少しでも落ち着ける場所を、と。
 普通に切り出さなかったのは、こうした方がウルディカも受け入れやすいだろうと思ったからだ。
 そんな目論見について、もちろん口に出しはしないが。

「ああ、それで先ほどの話ですが」
「そうさね。不定期営業はそのままで、出来れば地球和食デー、パラミタ料理デー、今と昔のニルヴァーナ料理デーなんか作りたいさね」
「なるほど。そうなると……がいいですね。あといつもいるわけでないとすれば、事務員を置いておきましょうか」
 そしてマリナとロアは今後の運営について話し合い、ベルクやウルディカは彼らが仕事に集中できるようにフォローをしている。

 一方、キッチンで料理をしているグラキエスとフレンディスは、ああでもないこうでもない、とそれぞれ頭を悩ませていた。
 今2人は、「還ってくる人達の為の出迎え準備」のための新メニュー開発にとりかかっていた。
 というのも店主であるマリナの

「今後は一人でも多くのニルヴァーナ人にお茶だけで無く、過去現在のニルヴァーナ、地球、そしてパラミタの食事を知って欲しい」

 その言葉をきっかけに全員で取り組んでいるのだ。
 フレンディスは和食。グラキエスはニルヴァーナ料理を担当している。
「……ロアが持ってきてくれた資料によるとニルヴァーナの料理は『分子料理法』に近いみたいだ……」
「ぶんしりょうりほう? ですか」
 首をかしげるフレンディスにグラキエスが頷く。

 当初は古代ニルヴァーナの料理を作ろうと考えていたのだが、古代ニルヴァーナ文明とニルヴァーナ文明は、まったく別のものだ。
 そして古代のニルヴァーナ文明はニルヴァーナ文明の時代の遥か昔に滅亡しているため、その資料は極端に少なく、どんな料理があったのかは残念ながら知ることが出来ないため断念した。それにニルヴァーナ人を歓迎するためならば、ニルヴァーナ料理の方がよいというのもある。

「味覚は俺たちと代わらないと思うが、見た目はかなり違うみたいだ」
「わあ、すごく綺麗ですね」
 資料を覗き込んだフレンディスが歓声を上げた。グラキエスが作る料理が楽しみだ、という彼女にグラキエスは笑いかけて
「スパイスは機晶技術で保存されていた物をロアがどこかから入手してくれたからなんとかなる、と思う。楽しみにしてて欲しい。
 俺もフレンディスの新メニュー、楽しみだ」
「ありがとうございます!
 ……あ、そうです。ウルディカさんの副店長就任をお祝いしたものも別に作りませんか?」
「それはいいな。うん。俺も、ウルディカのことは嬉しいし」
「では早速ですが、こちらの試食お願いしてよろしいですか?」
「分かった。俺のも頼む」

 和やかな時間が流れる月下の庭園だったが、接客担当が厨房にひっこんだため、ベルクは雑用&接客と大忙しだったらしい。

「ウェルナート。予約客が道に迷ったらしい。すまないが出迎えに」
「ああ」
「ベルク。調味料の予備はどこに?」
「右上の棚に」
「マスター。調理を手伝っていただきたいのですが」
「この後で行く」
「ベルちゃ〜ん。ホールお願いさ〜」
「了解」
「すみません。エンドを見ませんでしたか?」
「グラキエスなら買出しに行ったぜ」
「……エロ吸血鬼」
「喧嘩なら買うぞ、駄犬」


* * *


フリダヤの場合】

「お待たせしましたぁ、661のさたーんまんです」
 笑顔で客に袋を手渡しているのは、フリダヤの料理人佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
 さたーんまんとは、土星くんの形を模した肉まんのこと。材料の1つであるパプリカ(のようなもの)に辛いものが存在し、それがランダムに当たることから名づけられた。
 そうして売り出された肉まんは、狙い通り中高生に人気だ。数が少ない激辛があたればいいことがあるかも? という話も人気の理由だろう。
 他にも冷やし中華や鍋なども好調で、帳簿をつけていたる真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)も満面の笑み……とはいかないようだ。浮かない表情をしている。
 しかし別に店に問題があるわけではない。

土星くんたち、無事だと良いんだけど」
「そうだねぇ。全員で帰って来て欲しいねぇ」

 ぽつりと零れた言葉に、弥十郎が返事をする。2人は揃って窓を見た。窓から見える天井(そら。基本は外の天気をそのまま映している)は、晴れ渡っていた。
 真名美が土星くんの話を聞いた時、2人は影ながら何か手伝えないかと考えた。
 なんといっても土星くんには店を気に入ってくれたこと、キャラクターグッズの販売許可をもらえたこと等、恩がある。
「もらった恩は利息つけてかえさなきゃ。それも商人らしくサービスで。できればさりげなく」
「たしかにその方が素敵だけど、どうするの?」
「そうねぇ」
 悩む真名美の目に、書類整理をしている丁稚が映った。手を叩き、彼を招く。

「永年努めてくれた貴方に、お願いがあるの」

 自分たちが関わったと知られたくないと思った真名美は、丁稚に頼み、ひとつの依頼を出してもらうことにした。

「全暗街の冒険者を集めて欲しい。
 主な活動は、探索隊の支援と救護活動を行うこと。
 報酬は高くてもいいわ。
 だけど、救護活動が速やかにおこなえるよう人を探して頂戴。くれぐれもフリダヤやタシガンの名前は出さないように、『どっかの商人から探索隊の手伝い依頼』の体でお願いね」
「は、はい!」

 硬い表情で返した丁稚は、おそらく頭でシュミレートしているのだろう。目線を下げて考え込み始めた。
 そんな丁稚を見た真名美は、笑って肩を叩く。
「あと、もう一つは土星君が焦って飛び出す事も考えられるから、一発芸をもってる人がいるとベターかな」
 痛みと驚きで目を瞬かせた丁稚だったが、長年勤めてきただけあり、すぐに意図を察した。いつもと変わらぬ笑みを浮かべて、
「お任せください」
 そう頭を下げた。

 依頼先をわざわざ全暗街こと『全然暗くない街』にしたのは、一時的でも仕事を発注すれば経済対策になると考えてのことだ。
 力の有り余っている者たちが多い地区なので、人数を集めること自体は問題ないだろう。難しいのは人格や能力だが、そこは丁稚の人を見る目を信頼するとして。
 すべてのやり取りは丁稚を通し、2人の名が表に出てくることはなかった。

 そうして雇った冒険者たちは、土星くんたちと共に旅立った。真名美と弥十郎に出来るのは無事を祈ることと、彼らを出迎える準備をすることだ。
 弥十郎は天井を見上げ、呟いた。

「今日は青空だねぇ。何か、いいことあるといいねぇ」