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リアクション
甘い幸せ
「いらっしゃいませ。美味しい苺を使ったスイーツがたくさんありますので、ぜひご賞味下さい。大粒で甘さと酸味のバランスがとれた苺を使用していますから、ひと味もふた味も違いますよ」
栗はスイーツフェスタ近くで、道行く人に呼びかけた。
栗に誘われて、売り子の手伝いにやってきているレテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)ももちろん、ミニの制服を着せられている。けれど、本人はその恰好も特には気にならないらしく、まったく動じる様子もなく、制服に袖を通していた。
もともと見た目は女性にみえるレテリアだから、可愛い制服も問題ない……というか、かなり似合っている。積極的な呼び込みは出来ないけれど、
「えっと……。おいしいので、おひとつどうぞ」
と、試食用のスイーツを載せた皿を差し出せば、道行く人がレテリアにひかれてか、スイーツにひかれてか、足をとめて試食してくれた。
榊 花梨(さかき・かりん)と柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は、スイーツフェスタの店先で、買おうかどうか迷っている人に、試食のスイーツを勧める。
「食べてみて、気に入ったら買ってくれると嬉しいな」
「あの……試食どうぞ……あちらに売っておりますので」
にっこり勧める花梨と対照的に、美鈴は恥ずかしそうに真っ赤になりながら試食品を勧めていた。
「美鈴ちゃん、どうしたの?」
いつもはのんびりと落ち着いているのにと花梨が尋ねると、美鈴は皿を持っていない方の手で短いスカートの裾をぎゅっと引き下ろす仕草をする。
「この服、丈短くて……恥ずかしいのですが……」
普段は着物姿の美鈴だから、ミニの制服は恥ずかしくてたまらない。
「大丈夫、似合ってるよ。あたしも似合ってるといいんだけど」
翡翠ちゃんに見てもらいたいな、と小さな声で呟いてから、花鈴はまた笑顔で試食を配り始める。
「苺のスイーツ、試食してみない? とっても美味しいんだよ」
「ああ喜んで。これはロールケーキかな。色合いも綺麗だね」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は勧められるまま、スイーツを試食した。
「うんうん、これ美味しいなあ。こっちは何? きんぎょくかん? 聞いたことないけどどんな味なのかな」
興味津々に試食すると、気に入ったものをさっそく購入する。
「こんにちは、このお菓子とこのお菓子とこれとー……うん! ここにある全種類、1個ずつください」
「あらあら、ケイラ様もいらしてたんですね。たくさんのお買いあげありがとうございます。すぐにお包みいたしますわね」
最初は制服が似合うかどうか気にしていたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)だったけれど、客がやってきて忙しくなれば着ているもののことは意識から消えてしまう。
「お包みする間、よろしければそちらの椅子でお待ち下さいませ」
ケイラに椅子を勧めると、スイーツをフィリッパは箱詰めしていった。せっかく買ってもらえたスイーツだから、食べる時まできれいな形を保てるようにと、形を崩さぬように留意して丁寧に丁寧に詰めてゆく。スイーツフェスタに来てくれた人にも、そのお土産を受け取る人にも、スイーツとのひとときが楽しい時間となるように。
「なあなあーまけてー。おねーちゃんたちにおみやげかっていくからー」
ケイラと一緒にスイーツフェスタにやってきたバシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)も、スイーツショッピング。買い物とあらば値切るのは当然とばかりに、売り子をしている久世沙幸に言い寄る。
「うーん、おまけしてあげたいけど、ポージィさんが困るからなぁ」
「そこをなんとかー」
ほらほら、とバシュモは腰をくねらせて、せくちーぽーずで強力アピール。といってもぺたんこくびれなしの完全お子ちゃま体型のバシュモがそうしても、ただ可愛いばかりで、当人が思っている色香はまったく漂わない。
「うええええん、これでもダメやのー? だったらお金はらうからまけてー!」
全力でごねるバシュモに気づいて、ケイラが慌てて席を立つ。
「わっ、わー、バシュモったら駄目だよ、無理言っちゃー」
バシュモを止めようとやってきたケイラに沙幸は大丈夫と笑ってみせると、バシュモと視線をあわせてかがみ込んだ。
「はいはい、じゃあお金を払った分、まけてあげるね」
「えへへっへー♪ じゃあ、これが響子ちゃんでー、マラッタおにーちゃんの分はそっちのお菓子でー、それからー……しかたないからドゥムカおねーちゃんにも買ってってこー。なんせまけてもらったさかいなー」
まけてもらう行為への憧れはあっても、意味はまったくわかっていないバシュモは、上機嫌で定価通りのスイーツをどんどん買っていった。
スイーツフェスタを開催していることを通りがかりの人にも知って貰いたい。それには何か目立つことを、と考えたメイベルは大好きな歌での集客を考えた。
スイーツフェスタ開催中というチラシを掲げて、メイベルは明るい雰囲気の歌を歌う。
楽しげな歌声を耳にして何だろうと視線を向けてくれた人を、
「新鮮で美味しい苺を使ったスイーツがたくさんありますよぉ。可愛らしい売り子さんがスイーツをご紹介していますから、是非ご賞味下さいねぇ」
と、メイベルはスイーツフェスタの会場へといざなった。
可愛らしい売り子に惹かれてやってきた客であっても、去る際にはにはスイーツの味に満足して帰ってもらえるようにと願いながら。
「お疲れさん。頑張ってるな」
ふらりと1人でやってきた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)がメイベルに気づいて声をかけた。
「お陰様でたくさんの方が来てくださって、嬉しいですぅ」
「たくさん、か……。もしかしたら、よす……いや、何でもない。俺もスイーツフェスタ、楽しませてもらうぜ」
「はい、おいしい苺のスイーツ、たくさんご賞味くださいねぇ」
尋ねかけた言葉を呑み込んだ虚雲を見送ると、メイベルはまた歌い出す。
「どうやらここで開かれているようでござるな。ささ、グラン殿、こちらでござる」
メイベルの歌声を目印に、オウガはグランにスイーツフェスタ会場を指した。アーガスも無言でオウガの指した方向へと進む。
「ほっほっほっ、楽しみじゃのう」
グランが上機嫌で店に近づくと、それに気づいたレキがいらっしゃいませと声をかけた。
「実に美味そうな菓子じゃ。ここでも食べていけるんかのう?」
「うん。テーブルと椅子が用意してあるから、ぜひ食べていってよ」
レキははきはきと笑顔で受け答えした。堅苦しいことはしたくないから、自分らしく元気接客する。心と舌をとろけさせてくれるのがスイーツなんだから、楽しく自由にすすめた方がお客さんも気軽に食べてもらえるんじゃないか、という考えだ。
レキのパートナーのカムイ・マギ(かむい・まぎ)は対照的に、丁寧で柔らかい接客を心がけていた。
「いらっしゃいませ。美味しい苺のスイーツをどうぞお召し上がりください」
長い黒髪を後ろで1つに束ねたカムイは、ゆったりとお辞儀をする。
「カムイももうちょっと気楽にやればいいのに」
「気楽に……ですか」
レキに言われたカムイは肩の力を抜こうと努力してみた。生真面目なのは性分だからすぐには変えられないけれど、横でにこにこ客と話しているカムイを見ていると、こういう軽やかな接客も良いものだと思う。
「苺のお酒もどうですか?」
キリカ・キリルク(きりか・きりるく)は苺を日本酒に漬けた瓶を見せ、グランに勧めた。
キリカはミニのワンピースの下に水着を着用していた。これなら見えても平気だ。見た目が男っぽいのが気になるので、胸パッドも入れて体型も補正している。
「これはまだ漬けたばかりなんですけれど、半年後にはもっとおいしくなるんです。同じものをポージィさんの処にも置かせてもらってありますから、今日だけと言わず、機会があればポージィさんの家を訪れてみて下さいね」
苺の季節が終わっても、ポージィの元を訪れる人がいて欲しいとの願いをこめて、キリカは積極的に苺の日本酒漬けを宣伝する。
「では……帰りにもらっていくとしよう」
興味をもったアーガスが答えると、キリカはありがとうございますと嬉しそうに礼を言った。
「さて、何をもらうとしようかの。まずはショートケーキとタルトとムースと……」
アーガス、オウガと共に席についたグランは早速、次々にスイーツを注文していった。それに動じることもなく、アーガスも
「……同じものを」
と便乗する。
たくさん食べてくれそうな客だと見て、ミルディアが席までやってきてスイーツを勧めた。
「お持ち帰りではやってないカフェだけのメニューに、作りたてのパフェがあるんだけど食べてみない? 苺は生とジャムの二段構えで、それにひんやりアイスクリームとふんわり生クリーム。歯ごたえ担当にシリアルも入れたんだよ。良かったら好みにあわせて、バランスを調整するからね〜」
ミルディアが考えたスイーツは、その場で組み立てるパフェ。スイーツショップではよく見かけるけれど、こういうイベントの時には珍しいのではないかと思っての考案だ。
「ほう、それは是非食べてみたいのう。苺とジャムたっぷりでの」
「……アイスクリーム増量で」
「全部たっぷりで頼むでござる」
「はーい。美味しいのを作ってくるからね〜」
グラン、アーガス、オウガの注文通りにミルディアはパフェを作っていった。作っているのも楽しいし、食べる人にも楽しんでもらえたら一番だ。
「この甘酸っぱさがたまらんのう!」
この身体のどこに入るのだろうというくらいグランはスイーツを食べまくった。
「どれも美味いでござるな。どんどん食べるでござ……ゴホッゴホッ!」
とにかくどれも味わってみたくて、口いっぱいに放り込んだオウガがたまらずむせた。
エイボンの書は身につけた売り子の制服が嬉しくてたまらない。可愛いからという理由もあるけれど、何よりも。
「姉さまとおそろいなんて初めてかも」
一緒に売り子をしているクレアと同じ制服だと思うと、その喜びも増す。赤いギンガムチェックの制服を着て並んでいると、まるで苺姉妹のようだ。
「エイボンちゃん、これあちらのお客さんに持っていってくれる? ……エイボンちゃん?」
「あ、はい、姉さま」
いけないいけない、とエイボンの書は売り子の制服から仕事へと意識を戻した。みんなの作った苺のお菓子がおいしく食べてもらえるように頑張らないと。
「おっ、来ましたえ〜」
テーブルにスイーツを運んでいくと、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が待ちきれないように手をこすり合わせた。
「これが、みんなで作らはったお菓子どすか。えらい綺麗にできとりますなぁ」
いただきます、とイルマは嬉しそうにスイーツを食べ始めた。その食べっぷりは実においしそうだ。
「これは美味しおすなぁ。これをもう1つと、後は別のスイーツを適当に幾つかもってきてもらえまへんか?」
「適当に……」
エイボンの書がちょっと困った様子で考えこんだのに気づいたクレアがやってきて、
「はい、かしこまりました。すぐにお持ちしますね」
と代わりに答えて、ショーケースでスイーツを選んだ。色々な種類をできるだけ味が重ならないように選んで、イルマの処に持ってゆく。
「おおきに。こうして並べると壮観どすなぁ」
見た目も味も楽しんで、イルマはもぐもぐとスイーツを食べ続けた。詰め込むように食べることはないけれど、止まらず動き続ける手は相当な量のスイーツをイルマの口へと運んでいる。
「一体どこにそれだけの量が入っていくのでしょうな」
イルマの食べる量に付き合ってはいられないと、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は自分のペースでスイーツを楽しんだ。
イルマに引っ張られてきたとはいえ、玲もスイーツは嫌いではない。お茶を淹れるのが趣味ということもあって、このスイーツにはどのお茶が合うだろうと考えを巡らせるのも面白い。和風のスイーツもあるから、紅茶ばかりでなく日本茶、あるいは中国茶等との相性を考えては、玲は頭の中で組み合わせていった。
ただ残念ながら、オープンカフェにも飲み物は用意されていたが、さすがに茶葉の種類は豊富とはいえない。このスイーツにはこの紅茶が絶対に合うのに……と思うとそれを試したくて、玲は売り子に頼んで持参している茶葉で紅茶を淹れさせてもらった。
「ああ、やはりこの組み合わせですな」
考えていた通りのベストマッチに、玲は満足げに息を吐く。イルマにも紅茶を淹れてやると、玲は紅茶を淹れさせてもらった礼に、と売り子たちにも薫り高い紅茶をふるまった。
十分に食べた後、これで帰るのかと思いきや、イルマは持ち帰り用のスイーツまで購入した。
「これとこれ、ああこっちのは2つ入れといておくれやす」
「はい、こちらをお持ち帰りですね。少々お待ち下さい」
蓮見朱里は代金を計算すると、ピュリアに会計を頼んだ。
「ちゃんとおつり、渡せるかな?」
「はい、ママ」
朱里がスイーツを箱詰めしている間に、ピュリアは背伸びしておつりを出すと、教えられていた通りに笑顔でイルマに差し出した。
「はい、おつりです。どうぞ」
「おおきに」
イルマもつられて笑顔になってお釣りを受け取る。
「レジをしめる時に手を挟まないようにね」
ピュリアが危なくないようにと目を配りながら、朱里はスイーツを詰め終えた。
「お待たせしました。こちらに苺のソースが入っていますから、お好みでかけてお召し上がりくださいね。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
朱里が言うのにあわせて、ピュリアもきちんと挨拶する。
「よく出来たね」
朱里に褒められると、ピュリアは嬉しそうににっこりした。
「ピュリア、ちゃんとお手伝いして、お礼の苺をパパとポージィおばさんにあげるんだもん」
「そうだね。その為にも頑張ろうね。あ、いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
次の来客に気づいた朱里に、ピュリアはまた声をあわせた。
「いらっしゃいませ、お客様。美味しいスイーツはいかがですか?」
スイーツフェスタは盛況で売り子も大忙し。けれど、誰を迎える時も七瀬歩の笑顔はいつも満開の明るさだ。
大きな声での挨拶と色々な気遣い。接客の仕事はメイドの仕事と共通する部分が多いから、こうして売り子をしているのもメイド修業に役立ちそうだ。
「クロトクロト、どれ食べる? 全部美味しそうだよ」
クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)にスイーツフェスタに連れてきてもらったオルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)は、たくさんあるスイーツに目を奪われる。すっかり釘付けのオルカの様子に、クロトは財布が軽くなるのを覚悟した。
「ここで食べていけますか?」
覚悟を決めた以上、腰を据えてスイーツを楽しみたい、と質問すると、
「はい、あちらのオープンカフェで食べられます。今日はお天気も良いからきっと気持ち良いですよ」
ギンガムチェックのテーブルクロスのかかった席を、歩がきちんと指先まで揃えた手でさし示した。
案内されたクロトとオルカが席についたのに気づくと、明日香はノルンを促した。
「ノルンちゃん、お客さんの相手をよろしくですぅ」
一緒に売り子を手伝っているけれど、明日香がしているのはテーブルを片づけたり、テーブル近くまでお菓子を運んだり、という仕事だけ。お菓子を出したり説明したり、という直接お客さんに接することは、基本的にノルンを前面に出している。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「僕はショートケーキと苺のヨーグルトトルテ、それから……」
ショーケースをチェックしてきたオルカが注文するスイーツを、ノルンは伝票にメモしていった。
オルカの勢いに押されつつ、クロトはノルンに尋ねる。
「俺は何が良いのか良く分からないので……何かおすすめのお菓子はありますか?」
「どれもそれぞれ美味しいですけれど、どんなものがお好みでしょう?」
甘いものが好き、甘さ控えめが好き、酸味が苦手、シンプルが好き等々、人の口は様々。ノルンはクロトの好みを聞きながら、口に合いそうなスイーツを見繕う。
見た目は可愛い5歳児だけれど、ノルンはは長い時を刻んだ魔道書の化身。何種類もあるお菓子の説明も、きちんと覚えている。
「では、錦玉羹はいかがでしょう。苺そのものが味わえますし、この辺りでは珍しいと思います」
「ではそれをお願いします」
「僕も何かおすすめを食べてみたいなぁ。ケーキはいろいろ頼んだから、それ以外の何かでおすすめはある?」
ノルンにおすすめを聞くオルカを眺め、まだ注文するのかとクロトは苦笑した。
ややあって運ばれてきたスイーツを、クロトはゆっくりと堪能した。周囲の寒天の甘さがぐっと控えてあるので、苺の美味しさをそのまま味わえる。一方、は色々な種類のスイーツを精力的に食べていたオルカは、いちご大福のおいしさにすっかりはまってしまった。
「これ追加〜。3種類のいちご大福、全部持ってきて〜」
「また追加〜。いちご大福お願い〜」
「面倒だから、3、4個ずつまとめて持ってきて〜」
ひたすらいちご大福を食べるオルカとその横に積み上がってゆく皿を見比べ、クロトは財布が完全に空になるのを覚悟した……。
「あの、スコーンの追加持ってきましたけど……」
「ありがと、綾乃。さ、レイディス、どんどん売るわよ」
綾乃から焼きたてスコーンと苺ジャムを受け取ると、白波理沙はレイディスにはっぱをかけた。
「ううううう……このスカート、ほんとに短けぇ」
「ほら、辛気くさい顔してたら売れるものも売れないわよ」
売り子の可愛すぎる制服を着せられたレイディスが、裾を気にしている背を理沙がどんとどやす。
「やっぱり申し訳ないですので、私が……」
やりましょうか、と綾乃が申し出る間もなく、
「ダメだ。綾乃には商品を作るという大切な仕事があるからな」
絶対に綾乃の足は人目から守る、と誓っている亮司が即座に却下して、綾乃を厨房へと返した。
「忙しい? ピノも手伝うー」
ピノ・クリス(ぴの・くりす)がぱたぱたと手を上げ下げする。お手伝いをしたくてたまらないのだけれど、入り口の処にいてくれればいいから、と理沙に言われてしまいしゅんとなる。
「ピノ、何も手伝うことないの? ……つまんなーい……」
「そこにいてくれるだけでちゃんと客寄せの手伝いになってるから大丈夫。ピノは佐野商事出張店の看板ぺんぎんなんだからね。はい、これお菓子」
「わーい」
お菓子をもらったピノは大人しく入り口の処でそれを食べ出した。
「レイディスもある意味看板娘なんだから頑張ってね。ほら、お客さんよ」
「はーい、いらっしゃいませー! 当店お薦めの苺ジャム添えスコーンはいかがですかあっ!」
理沙に促され、レイディスは半ば自棄になって声を張り上げた。
「いらっしゃいませ。こちらのお菓子はいかがですか?」
スイーツを買おうかどうか迷っている人へと、月夜が笑顔で呼びかけた。樹月刀真も観念したらしく、ミニワンピースという普段は絶対に考えられない衣装で店頭に立ち、接客をする。
「はい、いらっしゃいませ。こちらのトルテの味ですか? 俺も食べたんですけど、さっぱりとした酸味があって食べやすかったですよ」
そうやって店頭に出ている刀真と逆に、御凪真人はカウンターから一切出ずに会計に専念していた。
「真人もカフェの方手伝ったら? あっち忙しそうだよ」
「セルファ……名前を呼ぶのはやめて下さい。俺はここでいいんです」
メイクとウィッグで一見女の子に見えるようにしてはいても、カフェで接客をすれば立ち振る舞いでばれてしまいそうだ。
「じゃあ先生、カフェの方を手伝ってくれる?」
「え……あ、あの……わたくしもここで……」
可能な限り物陰に隠れながら不自然な恰好で手伝いをしている琴子も、真人同様にカウンター内を死守。しょうがないなぁ、とセルファは自分でカフェのフォローに入った。
「刀真」
「? 俺もカフェに入った方がいいですか?」
名前を呼んで隣に寄ってきた月夜に刀真が振り返って尋ねた、途端。
パシャ、と携帯のシャッター音。
「ありがとう」
「ちょ……月夜! 写真はやめて下さい」
ぱたぱたとまた駆け戻っていって携帯を受け取っている月夜を、刀真は慌てて追った。
「こんな、スイーツがたくさん食べられるなんて、幸せ」
うっとりと頬に手を当てる熊猫 福(くまねこ・はっぴー)の様子を眺めつつ、大岡 永谷(おおおか・とと)は、
(あんまり食べると太るよなあ)
などと考えていた。
いつも子供相手に無茶させられてるんだからいいでしょ? と半ば詰め寄られるようにしてやってきたスイーツフェスタ。福が楽しんでくれているのなら良かったけれど……と永谷の視線はついつい福のお腹辺りに向けられる。
(そういえば、ゆる族の中の人の体型って、どんな感じなんだろう?)
そんな、考えてはならないことをつらつら考えていると、その視線に気づいた福が顔を上げた。
「トト、なんでそんな人を見透かすような目をしてるのよ?」
「いや……結構食べてるなと思ってさ」
食欲魔人の偽パンダ、と言うと福は永谷の食べた皿を数えてみせる。
「あたいのことを食欲魔人とかいうけど、トトだって結構食べるじゃない」
成長期だけあって、永谷も福には及ばないものの、相当な量のスイーツを食べている。
「まあ、俺もお菓子は好きだからな」
「ほーらね。あたいも、笹なんかよりスイーツの方が大好きなんだもん」
パンダだけどね、と福は皿に残った最後の一切れを食べ、さて次はどれに、とショーケースに目をやる。
「甘い菓子ばかり食べてるのもなんだから、少しお腹を休めることをしないか?」
「休めるって何よ」
食べるのを止められるかと警戒する福を、永谷は苺狩りに誘った。
「苺狩り?」
ここの苺はそのまま食べても美味しいらしいと永谷が説明すると、途端に福は乗り気になった。あまりに乗り気になってしまったので、永谷は少々心配になる。
「これを全部食べてもいいんだね。よーし」
苺畑を見渡す福の様子はまさしく、苺の狩人。
パンダの勘に従って、苺の群れに突撃してゆく。
「苺はいいが、茎や葉っぱまでは食べるなよ」
永谷の呼びかけに、振り向きもせずに福は答えた。
「わかってるわよ、そんなの」
「受粉用のミツバチの蜂蜜も食べようとするなよ」
「トト! あたいは熊猫かもしれないけど、熊じゃないんだよ? 売店で販売している蜂蜜を飲むくらいしかやらないよ!」
今度は勢いよく振り返りむきになって反論する福に、永谷は小声で
「飲むんだ……」
と呟くのだった。
美味しいものを前にして、思わずこぼれる笑み。
きっとそれが、幸せ、の顔。
ポージィおばさんの苺畑とスイーツフェスタの会場は、そんな幸せでいっぱいに満たされていた。
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