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君が私で×私が君で

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君が私で×私が君で
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リアクション

「オウ、ミーが小さくなってマース! この貧相なのは美央の体デスカ?」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、自分の身体を見下ろして開口一番失礼なことを言った。続いて、オーバーリアクションでその事実について嘆きの声を上げる。
「オゥマイガッ! せっかく入れ替わるならもっと綺麗でボンキュッボンなお姉さんの体がよかったデース!」
「むー、うるさいです! 私だってジョセフに入られるのなんて嫌ですよ……どうしてジョセフなんですか! そんな話し方されるといろいろおかしいじゃないですか……」
 エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)がぽかぽかと美央の身体を殴る。しかし美央は平然としていて、得意げに嬉しそうに、堂々とした態度で言った。
「ハハハ、殴られても痛くも痒くもありまセーン! こんな貧相な体になって、誰が得するんデスカ! しかもなんデスカ、まとわりつく髪の毛が鬱陶しいデス!」
「くう……言いたい事言ってくれますね。そんな事思ってたんですか……むー、後で覚えてろ……」
 俯き加減でありつつ、エルムは美央をにらみつける。
(うー、くやしいです……入れ替わったこと自体は、かわいい弟のしたことだからいいのですが……)
 エルム達は昨日、木の実大好きなエルム(本物)が取ってきた果実を食べていた。その結果が、まさかのジョセフ大逆転である。特にがんばってないけどやったねジョセフ!
(まあ、問題はエルムの方ですよね……かわいい弟だし、ジョセフの姿とは言え邪見に扱えません。うっかり殴らないようにしないと……)
 そんな2人を、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は不思議そうに眺めていた。
(あれ、みお姉が変な話し方になったと思ったら、僕がいるよ? それに、みお姉がちっちゃいような……あれ、僕、こんなに背が高かったっけ?)
 遠くなった床を見つめ、近くなった天井を見つめ、改めて身体を見つめる。そして気付いた。
「あ、この姿って、みお姉の近くにいる変な喋り方の人か!」
「「…………」」
 美央とエルムが振り返り、エルムはにやりとした。
「変な喋り方……そうですよね……変ですよジョセフ」
「そ、そんなに変デスかー?」
「わーい、僕だって背が伸びたぞー!」
 ジョセフは、無邪気に身長が伸びたことを喜んでいた。だが、その表情がふと不安気に曇る。
「……あれ、なんか僕の周りでボソボソ声が聞こえるんだけど……気のせい?」
 恐る恐るきょろきょろと周囲を確認するジョセフ。嬉しそうだった顔は、あっという間に泣き顔になった。
「やっぱり気のせいじゃないよこれ! 変なお化けが何匹か僕の周りを飛び回ってるよ……」
「それはミーのゴースト3兄弟デス! かわいいデスヨ!」
 そう言われて、オオとババとケケはジョセフの周りを活発に飛び始める。ジョセフは悲鳴を上げた。
「みお姉、助けてーー!」
 美央の方へと駆けていってぺたんと座り、しがみつく。
(むー、なんかメチャクチャです……なんかいろいろ複雑で嫌です……早く木を調べに行って何とかしたいですが……むーむー……あのお化け、いやです……)
「どうしましたー? 今日はそっちにいてくだサイー」
 美央は、ジョセフに纏わりつくオオとババとケケと仲良くしている。それで思い出したのか、ジョセフは美央を改めて見上げた。
「……あっ、この変な話し方の人みお姉はみお姉じゃなくって……邪魔だぞっ、どっかいけー!」
 そして、突き飛ばす。
「オウ、ひどいデスー!」
 確かにひどいが、美央はあまり傷ついた風でもない。余程この状況が楽しいらしい。
「あっちの僕がみお姉だよね、みお姉助けてー! おんぶしてー!」
 助けを求められて、エルムはたじたじっとした。もう今にも泣きそうだ。それを見て、ジョセフは1つの事実に思い至る。
(あ、もしかして、みお姉今の僕が大きすぎておんぶ出来ないんじゃないかな……?)
 躊躇したのは、そういう物理的なことではなかったのだが。
(……やだ……お化けやだ……)
 でも、エルムは逃げなかった。
(こうなったら仕方ありません、腹をくくります……! ……お姉ちゃんとして我慢しないと……!)
 決心して背中に両手をまわす。その手は、ガタガタと震えている。
「エルム、おんぶしてあげるからこちらにおいでです」
「え……いいの?」
 体重を預けてくるジョセフを何とか背負い、立ち上がるエルム。
(むー、エルムが重いです……)
 外に出ようと、よろよろガタガタと歩き出す。
「うう、早くこの状態を打破するためには、やっぱりエルムが持ってきた実を調べないといけませんね。えっと、その為にはやっぱり例の木を調べないといけませんよね……」
 それを聞いて、美央は喜々としてドアを開ける。
「オウ、木を調べに行くんデスカ? 仕方ありませんネ、ミーの博識デ……? アウチ! ミーの頭の中が空っぽデース! 美央ってこんなに頭からっぽだったのデスカ!?」
「むー、また失礼なことを……」
 その時、ケケがエルムの眼前をふよふよと通過した。
「ひいっ、お化け……っ!」
 思わずしゃがみこみ、目を瞑る。
「もうやだっ!! 私の体に入ってるんだから、ジョセフがなんとかやって下さいよ! もう知りません……ぐすん」
「全くしょうがないデスねー……オウ? 体が軽いデース! オウ、しかも美央ってこんなに馬鹿力だったんデスカ! この力の源を別の部分に使えばよかったのデスガネ! ハハハ!」
「やだー! おまえあっちいけー! 放せ! みお姉の身体だからって騙されないぞー! わーん、みお姉ーーー!」
「お化けはいやですー! どうしてネクロマンサーなんかになったんですかー!」
 それはひとえに『この』ためである。
 ケケケケケ……とオオ、ババ、ケケがささやいた。

(ふぅん……なるほどね)
 ゆる族の身体を体感し、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)は面白そうに口元を緩めた。
(中身はいないってか……なるほどねえ……)
 非常に興味深かったが、いつまでもゆる族に居るつもりもない。ツァンダの森にとろけるような美味さの実がある、とアレフティナに誘われたのは昨日の事。こうなったしまった責任を取らせるべく、入れ替わってしまったスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)を連れてきたのだ。
 スレヴィは、大樹の根元をシャベルで土を掘り起こしていた。アイン達やヴィナ達は蒼空学園へ向かい、大樹を燃やした章や小川麻呂達も居ない。莫邪達もおかず、ごはんのみならずデザートまで食べて明倫館へと帰って行った。
「うう……なんでこんなこと……」
「桜の木伝説ってあるだろ? 花が薄桃色をしているのは木の根元に死体が埋まっているからだ、ていう。この入れ替わりも、そういう魔法的なものが関わっているんじゃないか? つまり、この木の下で訳有りの恋人同士が、生まれ変わってもまた愛し合えるようにと願って心中して、その強い想いが魔法的効果を木の実にもたらしたと思うんだ。相手の事を自分の事以上に理解して想っていたから、パートナー関係という死なば諸共な俺達にこういう奇妙な現象が起こったんじゃないかと。細かい事は知らん。だから、証拠を見つけるために、ストルイピンは今こうして木の下を掘っているというわけだ」
「証拠って……それって、死体を探してるってことじゃないですか……! 推測が恐ろしすぎです。私、お化けとか苦手なんですよぅ。スレヴィさんも手伝ってくださいよぅ……」
 泣きながらも、スレヴィは律儀に土を掘り続ける。
「俺は後ろの方から見守ってるよ。こんな愛らしいウサギに重労働させる気か?」
 バンダナを巻いたうさぎは悠々と腕を組み、作業を眺めている。手伝う気0%だ。スレヴィは、ちまちまちまちまとスコップを動かした。
「うぅっ、変熊仮面さん助けてくださいー」
「変熊仮面といえば、蒼空学園の校庭で巨熊が踊っていたけど、変熊仮面はどこいったんだろうな?」
「イオマンテさんが来てるっていうことは、近くにいるってことですよね……助けてくださいー」
「……その姿でメソメソするなよ、同じ学校のやつに会ったら恥ずかしいから」
 少しずつではあるが、穴は深くなっていく。うさぎは近付いて、その中を覗き込んだ。まだ怪しいものは見えてこない。
「でも、恋人達の心中が原因だとしたら、どうして私達にも影響が出たんでしょうね。こんなに、私はいじめられているのに。愛からかなり遠いところにいると思うんですよ。もしかしたら恋人同士じゃなくて、憎しみあってここで決闘して果てたのかも。あ、でもどっちにしろ死体……シクシク。あんなに美味しい実だったのに」
「美味いものには毒があるっていうからな」
 さらっと言ううさぎ。
「……さて、何か出てくるかな?」
「うぅっ、何も出てきませんように……」
 スレヴィは怖がって、穴が大きく深くなるごとに及び腰になっていく。
(どうせ出るならお宝がいいです……)
 そこで、スコップが何か硬いものに当たった。びくびくしながら土をどけていく。
「……ひっ……!」
「へえ……」

 ちっちゃいおっさんは語る。
「我等は、あの樹が若木だった頃に生まれ、ずっと実を作る仕事を担ってきた。とはいえ、禁忌だったのか取りに来る者は少なかった。あの果実は、契約もくそもない動物達の食事として消費されていたわけだ。……しかしある時、あそこに1組の男女がやってきてな。女が男を殺し、樹の下深くに埋めたのだ。その気味の悪さに我等は逃げ出し――以来、近付いた事はない」
「それで、実が出来なくなったということだな」
 陣が言うと、緑のチョッキ――100年前に大樹を去った旧おっさんは頷いた。
「あそこは、動物達の憩いの場でもあった。つがいの放つエネルギーは、地味に蓄積していった筈だ」
「一昨日、大樹は膨大な量の有害物質を吸収した。処理しなければ滅びてしまう。周囲の植物が壊死したくらいだ。一刻も早く浄化作業を行い、結実する必要があった。そして……我等が生まれた」
 5日前に大樹で生まれたばかりの、赤いチョッキの新おっさんが説明する。
「持続時間とかは、分かるんか?」
 磁楠の問いに、新おっさんは「ん?」という顔をした。
「あの文献には、効果は最長1日ってあったけど、どうも話を聞いてると、以前とは規模が違うみたいや。今回も、1日で戻るんか?」
「…………」
 おっさん2人は沈黙し、首を傾げる。やがて、旧おっさんが言った。
「今回の果実を我が食せば、判断も出来るだろう。しかし、燃えてしまったからな」
「……そんな所でしゃがみこんで、何やってるの?」
 そこで、後ろから声が掛けられた。振り返ると、11人の生徒がかたまって歩いてくる。低速で併走しているバイクのサイドカーにはぐるぐる巻きになったノートが子守唄で眠っていた。布袋も入っている。1番前を進んでいたファーシーは、陣達の前にいるちまっこいおっさんを見てただ一言こう呟く。
「……なにこれ」
「「なにこれとは失礼な!」」
 そして、磁楠とおっさん達は、これまでとほぼ同じ説明を11人に繰り返した。彼等を見詰めて、マラッタは思う。
(……これが妖精か。サイズといい何といい、俺達とは随分違うものだな)
 話を聞いた望が、布袋を指差す。
「果実なら、ここにありますわよ?」
「「お?」」
 取り出された果実を一口食べ――旧おっさんは、目を白黒させた。
「この濃厚で豊満でとろけるような味わいは……! 果汁もたっぷりで酸味もほどよく、しつこくない! ここまでの物は初めてだ!」
「……そうではなく、効果の持続時間はどうなんですか」
 皐月が訊くと、旧おっさんは実をじっくりと味わい飲み込んでから、なんでもないことのように言った。
「一週間だな」

「アハハー、面白いー」
 座布団の上で、『赤い人形』クロス・レッドドール(くろす・れっどどーる)は楽しそうに笑っていた。普段の彼女を知る者が見れば、気でも狂れたかと思うだろう。ピンク色のワンピースを好奇心に満ちた顔で触り、持ち上げ、また声を上げて笑う。
「なんで、主様はそんなに楽観的なの……」
 鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、一見ぼーっとした状態で、顔の筋肉を殆ど使用する事なくため息を吐いた。こちらも、普段の彼を知る者が見れば「どうしたのっ!?」と心配気に駆け寄ってくる位、雰囲気が違う。
 先程から、氷雨が出すのはため息ばかり。見た目が違うだけでこうも落ち着かないなんて。
 朝起きて入れ替わりに気付いてから、2人は間逆のベクトルを持って、向かい合っていた。
(どうしよう……主様絶対面白がってる……原因が分からないのに……)
(そういえば、昨日知り合いから貰った果物をクロスと食べたなー。それが原因かなー)
 クロスは笑いながら、そんなことをのんびりと思う。
「ねぇねぇ、クロスちゃん。このままさ……」
 言いかけた所で、引き戸が開いてルクス・ナイフィード(るくす・ないふぃーど)がやってくる。
「あ、ルクスだ」「あ、ルクス君」
 彼は、クロスを冷めた目で一瞥して視線を外した。元々、氷雨を探していた訳だが、そうでなくてもさほど態度は変わらなかっただろう。
「なんだ、人形と一緒に居たんだ」
 うれしそうに微笑む氷雨に、ルクスは歩み寄っていく。
(あ、ルクス気づいてない? ……まぁ、普通気づかないよねー)
 クロスは、相変わらずの楽しそうなニコニコ顔で成り行きを見守る。明らかにおかしいのだが、ルクスは、こちらを全く視界に入れていないので判らないのだ。
(え? なんで?)
 氷雨は焦った。見た目が氷雨なのが理由なのだが、混乱していてそこまで頭が回らなかい。
(あんなに近づくと、多分クロスちゃん倒れるんじゃないかな……)
「マスター。少し話あるんだけど……」
 ルクスは氷雨の隣に座ると、話を始める。しかし今までになかった接近度に、氷雨はもうそれどころじゃなかった。恋心を持つ相手が、すぐそこに居る。
(近い、近い、近い!)
 脳内大パニックで、もうそれしか考えられない。顔が真っ赤になってしまう。でも無表情。むしろ何故無表情?
「……?」
 やっと、氷雨がいつもと違う事に気付いたルクスは、顔を赤くした彼に首を傾げ、ピトッとおでこに手を当てた。
「マスター、風邪でも引いた?」
 その瞬間――
(もう駄目……クロス、幸せ……)
 氷雨はバタンと倒れた。
(あ、倒れたー)
「え? マスター?」
 少しだけ驚くルクスに、クロスは四つん這いで近付くと表情豊かに言った。
「ルクス、クロスちゃんいじめちゃ駄目だよー」
「え、クロス?」
 氷雨そのままの喋り方をするクロスに、ルクスは冷静な顔ながら疑問符を浮かべた。
「ボクが氷雨だよー。入れ替わっちゃったんだよねー。昨日、蒼空学園の友達がねー……」
「へえ……」
 説明を終えたクロスは、大して興味が無いながらも納得した様子のルクスに、続けて言った。
「よし、じゃあ、元に戻るまでどこかで遊ぼう。多分そのうち戻るだろうしね。あ、ボクの体おんぶしてきてね? 起きたらまた倒れるだろうけど」
「気絶するの分かってて自分におんぶさせるなんて、マスター性格悪い」
「アハハー、性格悪くなんてないよー」
 そう言って、クロスは楽しそうに立ち上がった。
「……まあ、楽しいからいいけどね」
 ルクスは氷雨をおぶって、明倫館の城内を歩き出す。目を覚ます度に、氷雨は気絶を繰り返し――元に戻るまで――つまり1週間、3人は入れ替わりを堪能した。