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Down to Earth

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リアクション

 パラミタに多くの地球人が入植して数年。
 契約者とそのパートナー達の生活にも様々な変化があった。椎名 真(しいな・まこと)のパートナー、獣人の彼方 蒼(かなた・そう)もその一人である。真と契約した当初は幼かった彼も、今は立派に独り立ちして東京の工業高校へ通っている。
 
 真から横浜にきているから食事に出て来ないかと連絡があったのは、丁度学校が休みの日で買い出しに出掛けた時だった。
「今からすぐいくぅ!」と尻尾がはちきれんばかりに大喜びして、蒼は横浜へ向かったのだった。
 一方真は横浜駅で電車を降り、中華街まで徒歩で向かっていた。地下鉄ならば間に四駅挟む距離だ。おまけに真は赤煉瓦倉庫や大桟橋まで見物しようと大回りをしていたが、そこは契約者。軽い運動程度にしか感じず、到着してもまだまだ体力を残している。
「そろそろつく頃だよな」
 時刻をを確認して、久しぶりに会うパートナーの姿を頭の中に思い描いていると、掌の中で端末がバイブレーションに揺れる。
「蒼? 今どこ? 俺はもう着いてるよ」
「ついてるよー! 駅からおりて、にーちゃんがさっき言ってた赤い門のとこにいるよぉー!」
「……赤? ちょっと待ってそれ、なんて名前の門?」
「えーっとねぇー、西に陽に門ってかいてあるよぉー。セイヨウモン?」
「俺が言ったのは東の朝陽門!」
「…………ぁ!
 まちがえたぁー! にーちゃんきてぇここどこぉ!」
「……うん、やると思った」
 苦笑しつつも、弟分が変わっていない事に、真は何処か安堵している。

 * * * 


 さて、先程電話越しに聞いた声に蒼は何も変わっていない……と真は思ったのだが、早々に前言を撤回しなければならない自体に陥っていた。
(蒼、デカくなってるな……。
 このままだと俺、近々身長越されるんじゃないか?)
 兄貴分として、男としてのプライドが脅かされそうになり軽い身震いを覚えながら、真は深呼吸をしてもう一度買い物に集中する。遠くへ行ったパートナーと会うという大きなイベントで忘れかけていたが、今日の目的は別のパートナーに頼まれたチャイナ服の生地を購入する事がメインだ。
 反から生地の先を摘み、親指と人差し指でもって繊維質を確認する。
「この布良いな…………」
 と思わず呟いて出る見事な光沢と手触りだが、高額な刺繍入のシルクサテンには中々手が出ない。
「うーん……やっぱりこっちのシャンタンにするべきかな。
 でも折角此処迄来たし、見てるとやっぱりこっちの色が発色良いような……どっちがいいんだろう。最終的には俺じゃないって地味に困るな……」
 真の声は一応蒼に向けられているものの、蒼は久しぶりに会えた事で胸が一杯らしく言葉が犬の耳を抜けて行くようだ。しかし折角のパートナーとの再会だ、余りほったらかしもよくないと顔を上げてみると、ふと思い出す。
「……そういや蒼のチャイナ服、俺のお下がりだったよな。
 新しいの買ってあげるよ」
「ほんとにぃ!?」
 蒼の顔がぱっと華やいだ時―― 

「チャイナドレスは着ないから! いらないから!! 早く帰りましょうよ!!!」
 突如店内に響いたこんな女性の声に、真と蒼はそちらへ顔を向ける。見覚えのある長い髪にはてと首を傾げると、
「ぴぅ!?」
 蒼が小動物のような悲鳴を上げて、真の背中に慌てて隠れた。
「蒼?」
「椅子けったにーちゃんがいるぅ!!」
「椅子蹴った? ……ああ!」
 蒼が椅子から蹴り落されたといえばあの時の事か――、もう一度女性の方へ視線を向けた真は、何時もの面々を見つけて偶然に驚きつつも顔を綻ばせた。

 先程店先でじたばたしていたのはユピリアで、自らの体形の――胸の辺りの――自信の無さから、ボディコンシャスなチャイナドレスを恐れての叫びだったらしい。
 今はジゼルたちと一緒に大人しく生地や既製品を眺めているのは、店内に入ってしまっては店の迷惑になると頭を切り替えたからだろう。
「あれなんてどうかしら……」
 ユピリアが指差すドレスを見て、ハインリヒは「そうかな」とやんわり言う。
「ちょっと子供っぽいよ。君ならあっちの方が白いのとか、薄い紫の方がいいんじゃない?」
「違うわよ、ティエンのお土産にしたらどうかと思ってたの。
 私はいいのよ! こんな体形だし……」
 珍しくもごもごと口ごもる彼女に、ジゼルとフレンディスが不満そうに声を上げる。舞花も少し眉を寄せていた。
「絶対似合うよ! 可愛いよ!」
「……失礼かもしれませんが……、民族衣装というのは大体の方に似合うように作られていますから、体形で左右される程違和感は無いと思います」
「私、ユピリアさんならきっとお似合いになられると思います!
 それに、あの……実は私、是非『おそろ』に挑戦してみたいのです!」
 フレンディスの提案に、ジゼルと舞花がきゃあと声を上げたため、ユピリアは上手く逃れる言葉が見つからない。
「ほら、高いから! 私のお財布事情じゃティエンの分しか買えないもの!」
 今度は三人が言葉に詰まる番だ。確かにこの店に置いてある品はかなり本格的な為、おいそれと何着も購入出来る値段ではない。余りの落胆振りに、折角楽しんでいたテンションを下げてしまった、可哀想なことをした、という気すらしてくる。
「えーっと……」ユピリアが何かを言おうと口を開くと、黙っていたハインリヒがけろりとこう言った。
「僕が出そうか」
「きゃー!! ハインツだいすきー!!」
 飛びついて首に腕を巻き付けひしと抱きついて来るジゼルに、ハインリヒはにこりと微笑む。彼の中では妹を喜ばせる方が金より価値があるのだろう。
「あの、でも、ご迷惑では?」
 フレンディスが怖ず怖ずと声をかけるのに、ハインリヒはなんでもないと笑っている。確かに彼の財産から考えれば、こんな程度の出費は何でも無いのは事実だ。
「いいよこのくらい。今日僕の目を楽しませてくれる華やかな女性達へのお礼――だと思って?」
「お前よくそういう台詞ポンポン出て来るな」
 陣がうへーっとして言うのに、ハインリヒは片眉を顰めて笑う。
「こういう時だけはカイの教えが役に立つんだ。
 尤も、彼が僕に教えてくれたのはこういう知識だけだけどね」
 それから二三はやり取りがあったが、数回の試着を経て彼女達はやはりドレスを送って貰う事に決めたらしい。
「やっぱり似合うじゃないか。ねぇ」
 ユピリアのドレス姿に賞賛を送って、ハインリヒが振って来たのに、陣はふいっとそっぽを向いてしまう。
「君が贈りたかった? 役目を奪ってご免ね」
「そんなんじゃねぇ!」
 ハインリヒが耳打ちしながら皮肉めいた笑みを向けてくるのに、陣は遂に反対側を向いてしまう。
「素直じゃないな……」
 呟いて、ハインリヒは礼を言う四人に爽やかな笑みで答える。
「因に男から女性に服を送るのは100パーセント下心からだよ」
「やだハインツ」
 互いに人生を共にするパートナーが居て、初めて言える冗談だ――舞花に関して言えば、ハインリヒの歳では子供にしか見えないので、これも問題は無い。ころころと笑い出したジゼル達を見て、ハインリヒは人差し指で視線を誘導する。
「だってほら――」

「これと同じものを頼む」
 ディスプレイされていた瑠璃色のチャイナドレスを店員に申し付けているのは、ウルディカだ。
「スヴェータにか?」とベルクが聞くと、ウルディカは自分のこだわりポイントを解説し始めた。
「袖がないから女史の鍛えられた上腕部の動きの邪魔にならない。
 それに切れ込みも深いから、足元に纏わり付く事もないだろう。色は……単なる俺の好みだ」
 グラキエスづての誰かの策略に見事に嵌まりつつ、ウルディカは目的を達成した事に満足しているようだ。
「パートナーに何も無いのはよくないな。
 髪留めなどはどうだろうか……」
 グラキエスとベルクを後ろにくっつけたまま店内をうろうろするウルディカから視線を外し、くるりと四人の女性へ振り返って、ハインリヒは人の悪い笑みを見せた。
「自分色に染上げたいんだよ。
 それを下心と言わずして何と言う?」

「何かムカついて来たから俺もツェツァに食い物以外も買っていこうかな!?」
 雑談の途中で例の光景をじっと見ていたアレクがそんな事を言い出したのに、真はウルディカに申し訳無いながら吹き出しそうになる。託の方は即座に、容赦なく吹いていた。
 この頃になると蒼もアレクに慣れたようで、チラチラと様子を伺いつつも真の背中から出てくるようになった。
 これなら大丈夫そうだと、真は用意していた質問を向ける。
「皆さんもうご飯食べたのかな? まだならご一緒にいかがです?」
「否、これからこれから」
「フレンディスさんが調べてくれたお店に行く予定だったよねぇ」
「あいつらさっきからずっと何かしら食ってるんだけど、あれでまだ入るのか?」
「買い食いー、いいなぁー!」
「何食べてきたの?」
「あー……、まずは肉まんだろ? それから――」
 アレクがそれから羅列した――主にフレンディスが食べていた――軽食の量の多さに、真と蒼は暫く目を丸くしていた。