葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

空を観ようよ

リアクション公開中!

空を観ようよ
空を観ようよ 空を観ようよ 空を観ようよ 空を観ようよ 空を観ようよ 空を観ようよ 空を観ようよ

リアクション


新たな時代へ

 2025年、春が近づいた頃。
 パラミタの端。『ジャッパンクリフ』と呼ばれている断崖絶壁に、ゆる族がまた一人、訪れていた。
 天気が良く、遠くに見える地球の海の青さが目に染みた。
「キャンディスさーーーーん」
 はあはあと息を切らし、少女が駆けてきた。
「アレナさん、来てくれたのネ」
「お別れって本当ですか?」
 アレナは不安そうな眼をそのゆる族――キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)に向けていた。
 キャンディスはくたびれたろくりんくんの着ぐるみを着たゆる族である。元々の本物とはずいぶんと形状が違うが、既に本物のろくりんピックマスコットキャラクターの一人なのだ。
「去年は政情不安で残念だけど開催を断念するしかなかったワ。
中止は仕方ないコトネ、1916年ベルリン、1940年東京、札幌、1944年ロンドン、コルティナダンペッツォ…昔のオリンピックは夏季と冬季が同じ年だったノヨ」
 キャンディスは2024年の大晦日まで、夏季ろくりんピック開催に向けて根気よく活動をしていた。……年末近くには、幼稚園の運動会であっても協賛できればろくりんピックと言い張るくらいの調子で。
 そして除夜の鐘が鳴り終わるとともに、2026年冬季&2028年夏季ろくりんピック準備委員会を旗揚げした。
「パラミタはこれからまた平和な時代を築くワ。そうしたらシャンバラやエリュシオンもすぐにろくりんピックの必要性に気付くワネ。
 デモ契約者の祭典を安定して開催するには地球の人々の理解も必要なのヨ。ダカラ、ミーが地球の各国へ働きかけるために諸国行脚の旅にイクワ」
 ちなみに、2024年ろくりんピックの負債その他は財団法人パラミタオリンピック委員会の清算事業としてキャンディスの脳内で切捨て。
 それでも面倒そうなのでほとぼりを冷ます&時効狙いで地球へ出稼ぎorドサ周りに行く事を決定したのである。
「いつ戻ってきますか? 寂しいです……」
 アレナはキャンディスの口から出る言葉だけ信じ込み――むしろ理由なんか聞いちゃおらず、涙ぐんでいた。
 アレナはキャンディスのことを友人だと思っている。
 会う事も滅多にないし。連絡を自分からすることも滅多にないけど。
 なので、キャンディスの方から連絡をくれなきゃ気づきもしなかっただろうけれど!
 ――それでも、ふとした時に。
 キャンディスはアレナに大切な気持ちを教えてくれた。
「それはわからないワ。でも携帯が通じない地域でも連絡がとれるように、フリーのメールアドレスを教えておくワネ」
 キャンディスはメモしておいたメールアドレスをアレナに渡す。
「ありがとうございます。連絡しますねっ」
「船旅をしたりすると半年くらい返信がない時があるかも知れないケド、心配しないでネ」
「そうなんですか……あっでも、パートナーの方に電話で伝言伝えてもらえば連絡とれますね。確か私と同じで、宮殿で働いてるとか……」
 アレナはキャンディスにパートナーがいるのは知っているが、パートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)とは特に親交がなかったので名前も把握してはいなかった。ただ、女官として働いているという話はどこからか聞いていた。
「ミーのパートナーは携帯電話持ってないノヨ」
「それなら、私の電話貸しますから、大丈夫です」
「それは良案ネ!」
 清音が聞いたら卒倒しそうな会話をしながら、二人は連絡を約束しあった。
「ソウソウ。お別れの前に、話しておかないとネ」
「はい?」
「アレナさんは、パートナーに依存してるノネ。剣の花嫁だけド、強化人間みたいなところがあるネ」
 それはキャンディスが以前、アレナに言った言葉だ。
「そして今は、パートナーだけじゃなく、周りの多くの人に依存しはじめたようネ」
「大切な人が沢山、できたんです……。私も助けてもらうばかりじゃなくて、みんなを助けられるように頑張ります」
「そうネ。一方的な依存じゃなくなるとイイワネ。応援してるワヨ」
 キャンディスの言葉にアレナはこくんと頷いた。
「あの、私少し変わったと思うんです。これからもゆっくりだけど変わっていくと思います。
 ……大人になっていくと思います。キャンディスさんは今の私、嫌いじゃないですか?」
「好き嫌いでミーは人を判断しないのネ。ミーも変わるワヨ。
 オリンピックは大会毎にマスコットキャラが違うのが普通ネ。ろくりんピックも次はてこ入れのために新キャラになるワネ〜。
 全然違う着ぐるみを着てキャラ立ても変わるかもしれないケド、アレナさんは友達でいてくれてイイノヨ」
「はい」
 笑顔で返事するアレナは、以前と変わらず純粋な少女だった。
「デワ、お元気デ〜」
 キャンディスはジャッパンクリフ――断崖絶壁へと歩いていく。
「キャンディスさん? 空京駅はそっちじゃないですよ!?」
「ゆる族はここからダイブするのが習わしなのネ」
 というか、新幹線に乗ると足がつくので乗れないのである。
「そんな、危険です!」
 アレナは駆け寄って止めよとする。
 が、しかし。
「あっ!!」
 観光客が捨てて行ったバナナの皮を踏んでしまい、アレナは勢いよく転倒――。
 ドンッ!
 勢い余ってキャンディスを突き飛ばすアレナ。
 飛行具の装着がまだ不十分な状態で、キャンディスは空に投げ出された。
「アレナさん、次のろくりんピックで会いまショウ〜」
 キャンディスは落ちていきながら、アレナに手を振った。
「キャンディスさぁぁぁーーーーーーーーん!」
 泣きながら、アレナは断崖絶壁に近づく。
「それ以上は危険だ」
 突如アレナの手が引かれた。……ジャッパンクリフに行くと聞き、心配してこっそりついてきたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)だった。
「ゼスタさん、キャンディスさんが……うっうっ」
「大丈夫だ、ここは、かつてゆる族が日本に出稼ぎに行く際、飛び降りた場所だ。ゆる族の着ぐるみは頑丈だ。問題なく地球にたどり着けるはずだ!(あのボロボロの着ぐるみじゃ、どーなるかわかんねーけど)」
 ん? アレナ袖が……」
 アレナのカーディガンの糸がずいぶんと解けてしまっている。
「どこかにひっかけたようだな」
 いくら引っ張ってもほどけないので、ゼスタはそのカーディガンを投げ捨てた。
「さ、帰るぞ。神楽崎が心配してる」
「はい……」
 アレナはゼスタに手を引かれて帰っていった。

「アレ? チャックに何か引っかかってるのネ……」
 ジィィィィ……。

 ドッオオオオーン

 ――そうして古き時代のろくりんくんは、母なる海の一部となった。




 2025年春。
「5大陸にパラミタも入れた、六輪のろくりんピックをよろしくネ!」
 突如地球に現れた綺麗なろくりんくんが、ろくりんピック開催に向けて、動き始める――。