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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)
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第四章 波羅実多天路



 雪之丞をはじめとする先乗り部隊に見送られ、飛空艇は空京を飛び立った。外務大臣が乗った飛空艇の後に、援軍である教導団員の乗る飛空艇が続く。先ほど急遽増員された蒼空学園生、イルミンスール生が乗っているのも教導団員の船だ。小型飛空艇や空飛ぶ箒の飛行可能距離は短い。タシガンまで到着することはできないため、母艦が必要であった。
 プロペラ音を立てて空へと舞い上がる飛空艇の甲板では、ハイサム外務大臣が小さくなっていくパラミタの大地を興味深げに眺めている。
「いやぁ、壮観ですねぇ」
 ハイサムはまるで興奮した子供のような表情で、眼下に広がる空を覗き込んでいる。ルドルフは芝居がかった一礼とともに外務大臣に言葉をかけた。
「気流によっては突然揺れることもあります。安全確保のためにも中に入っていていただけますか?」
 ルドルフがチラリと視線を向けた先には、接客のために集められた女生徒達がいた。
「こちらへどうぞ。到着までお楽しみいただけるよう酒宴の席を設けましたので」
 接待役を仰せつかった百合園生高潮 津波(たかしお・つなみ)はハイサムの前に進み出ると、咲き誇る花のような笑みを浮かべ客室へと誘う。
「とっておきのパラミタの地酒も用意させていただきました。こちらもぜひご賞味ください」
 サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)は抱えていた地酒の瓶を差し出してみせる。
ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)はパラミタ特産の果物が入ったカゴを、エリス・カイパーベルト(えりす・かいぱーべると)はまるで大輪の薔薇のように盛りつけられた前菜の乗った皿を、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)セラ・スアレス(せら・すあれす)シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)はそれぞれタシガンの郷土料理を捧げ持っている。
「まるでハーレムですねぇ」
 ずらりと並んだ女生徒達の群に、ハイサムは苦笑を隠せない。ジェイダスが気を回したのだろうが、さすがにこれはやりすぎだ。だからといって、接客を断っては、この日のためにいろいろと準備をしてくれたのであろう少女達を傷つけてしまう。
「それではお言葉に甘えさせていただきましょう。皆さんがパラミタでどんな毎日を過ごされているのか。いろいろお聞きしてもよろしいですかな?」
 少女達を包み込むように大きく両手を広げたハイサムは、ゆっくりとした足取りで客室へと入っていった。


 接待役の少女達とともに客室に消えたハイサム外務大臣を見送ったルドルフは、安堵のため息とともに、顔に付けた仮面へと手を伸ばした。
 以前、地球で外務大臣に会ったときには、この仮面は付けていなかった。巫山戯ていると思われてもしょうがない。むしろ要人に対する礼儀を考えれば、仮面を外すのが当然だった。
 仮面について、いつ何時外務大臣の叱責を受けるか。ルドルフは内心ずっと脅えていたが、どうしても外すことができなかったのだ。
 イスラエル政府によるパレスチナ人の受け入れ要求。それは本当に、イスラエルに住むすべての人々に幸せをもたらしてくれる方法なのだろうか。仮にタシガンへの移民が認められたとして、タシガンはパレスチナ人にとって「約束の地」と成り得るのだろうか。もちろんそうなるのであれば、こんなに嬉しいことはない。しかし、そのときタシガンの民はどうなるのだろうか…。
 こんなこと、たかが一兵卒に過ぎないルドルフが考えることではないのは分かっている。上官の指示に従い、自らの役割を全うすれば良いのだ。
 イスラエルでは、18才以上の男女に等しく兵役義務が課せられることとなっている。期間は、男性は3年、女性は2年だ。ルドルフもまた一般市民同様、18才になると同時に兵役についた。その後、ジェイダスと出逢いイエニチェリとしてパラミタに渡ることとなったが、実は現在も兵役を解かれているわけではない。
 非公式ながらもパラミタ在住の駐在官として、イスラエル政府の要請には全面的に協力しなくてはならない立場にいた。
「ターフィル…僕は…僕の理想郷を作り上げることができるのだろうか…」
 大空を眺めながら、ルドルフは無意識のうちに呟いていた。
「ねぇ、ルドルフさん。あなたは何でそんなもんで顔を隠しているんです?」
 突然、声をかけられたルドルフは、ビクリと身体を揺らし、振り返る。
 そこに立っていたのは、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)だった。
「…他人にとやかく言われたくないな」
 ヴィナの不躾な質問に、いつもは温厚なルドルフも不機嫌さを隠せなかった。しかし、ヴィナは飄々とした様子を崩さない。
「まぁ、そうなんですけどね。まさかファッションで仮面を付けているとも思えないし、気になるじゃないですか。誰もあなたの素顔を知らないなんて。何か企んでいるのかな〜と疑われてもしょうがない」
「君は僕を疑っているのか?」
 ルドルフは仮面の下からヴィナを睨み付けた。自分は常に、薔薇学のため、祖国イスラエルのため、最大限の努力を重ねてきたつもりでいる。まるで間者のように、疑われるなど大いなる侮辱だ。
 ルドルフの頑なとも言える正義感をヴァナはあげつらう。ヴィナは、とある国家に属する官僚の一人息子として、揺れ動く世界情勢を間近に見て育ってきた。テロ行為に巻き込まれそうになったことだってある。それ故、今回の外務大臣訪問に関しては、他の生徒よりも過敏になっているのだろう。ルドルフに対して追撃の手を止めようとはしなかった。
「人は大いなる野望よりも、頑なな正義の方が厄介と言いますか。自らの正義を信じている人は、時として自分の命も、他人の命も、容赦なく差し出してしまう。それで事を成せるなら彼らにとっては万々歳。でも、巻き込まれる相手にとっては、傍迷惑な存在そのものですよね」
「僕は他者の命を軽く考えたことなどない!」
「そうでなくては困りますよ。あなたは今、この船の指揮官で、俺たちの命を握っているんですから」
 自らに降りかかった疑惑は、自らの行動で振り払え。確固たる信念があるなら、自らの行動で示せ。ヴィナの視線はそうルドルフに告げていた。
 二人の視線が静かに、そして激しくぶつかり合う。先に視線を反らしたのはルドルフだった。
「それくらいにしておきなよ、ヴィナ」
 遠くで二人の会話を聞いていたヴィナのパートナーの一人、テリー・ダリン(てりー・だりん)が見かねて止めに入ってきた。
「僕にはまだやらなければならないことがある。これで失礼させてもらおう」
 と、すかさずその場を立ち去ろうとするルドルフを見送りながら、やはり遠巻きに見物していたティア・ルスカ(てぃあ・るすか)は呟く。
「あ〜ぁ、ヴィナったら容赦がないんだから。ルドルフさん、仮面の下でこっそりと泣いてますよ」
「もう少し手加減をしてさしあげるべきでしたよ」
 ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)にまで同意されたヴィナは、拗ねたようにそっぽを向いた。
「しょうがないだろ。俺はあの人に興味があるんだから」
 ヴィナの性癖は至ってノーマルであるから、通常の恋愛感情とは異なるものだが。好きな子ほど苛めたくなるのは、男の子の本能なのだろう。