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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―

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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―
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気品あふれる君だから

 桃のエリアでは、愛の雫が目当ての参加者が作戦を練り終わったのか奥の方へ向かっていた。各々怪しいと思う薔薇に目星をつけるが、その中でも白い薔薇は花はともかく葉も茎も白いというその珍しさから、一目見ようと雫を探す気のない生徒からでさえ人気の高い薔薇だった。
 そんな白薔薇近くの休憩スペースでお菓子に目を輝かせているのはリア・ヴェリー(りあ・べりー)。甘い物に目がない彼は、テーブルいっぱいに広がったお菓子の数々に、どれから食べようかと幸せな悩みに包まれている。
「1口サイズのフルーツタルトも可愛いなぁ、こっちのムースも捨てがたいし、でもやっぱりチョコレートかな。けど……」
 パートナーであり同じ甘党の明智 珠輝(あけち・たまき)はと言えば、隣に立ってリアが目移りしている物を2つずつ皿に乗せていっている。用意されている中で1番大きな皿なのに、すでに乗り切らないくらいの量だ。
「リアさん、ひとまず先に食べませんか? また後で取りに来れば……」
「待って! あれ最後の1つだからあれも……って、何やってんだよ! 勝手にそんな取って」
 どちらかと言えば、いつもは珠輝の突拍子もない行動に付き合わされることの方が多いリアにとって、何かをしてもらうことは少ない。なのに、口に出さずに眺めていたものまでお皿に乗せられているので、どこまで自分の考えがお見通しだったのかと恥ずかしく思った。
「ふふ、甘党が2人ならいくらあっても足りないでしょう? ついつい取りすぎてしまいました」
(あれ、僕のことを気にして取ったんじゃ……ない?)
 だとしたら、食の好みがここまで似てしまったのかと素直に喜べない状況に、リアは複雑な表情を浮かべる。もっとも、自分のためだなんて言われれば恥ずかしさのあまり殴り飛ばしていたことだろう。きちんとお皿を奪い取ってから。
「飲み物は紅茶がメインのようですねぇ、リアさんは何を飲まれますか?」
「え? あ、あぁ。とりあえずダージリンで……」
(……怪しい)
 いつもと様子が違う。直感的に思っても、いつもの彼よりはこっちがいい。どういう風の吹き回しだと詰め寄るか、このまま平穏に過ごすのかは迷うところだが、リアは暫く様子を見ることにした。
 同じようにパートナー同士でまったりとしたお茶会を楽しんでいるのは風森 巽(かぜもり・たつみ)ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)。巽は青のエリアへ行きたかったのだが、ティアが希望エリアを受付に伝えると2人一緒に同じエリアへと案内された。
「このクッキー美味しいよ! ほら、巽も食べて!」
「……ほんとだ。天気もいいし、良かったね」
 見ているこっちもつられて微笑んでしまいそうになるくらい、にこにこと笑っているティアを見れ、一緒に来て正解だと思う。けれど今、気になる人がいる巽にとっては相手を思わぬ瞬間はない。
(この綺麗な空も薔薇も見せたいけど、写真やビデオじゃ表現できないだろうしなぁ)
 せめて、恋愛小説でも持ってきて気分だけでも浸れれば良かったかとも思うが、こうしてティアとゆっくりすることも少ないので、本はなくて良かったのかもしれない。
「いつも賑やかな蒼空学園もいいけど、こういう静かでまったりくーかんもたまにはいいよねぇ」
 10月も中旬となれば気温が下がり始めているけれど、風が吹かなければそう寒くもない。カップを持てばじんわりと温もりが伝わってきて、余計に落ち着ける気がする。だから、自然と口数が減ってゆったり景色を眺めたくなる気持ちもわかるのだが、巽がそうなっているのはこの空気のせいだけではない。
「ヒーロー大原則ひとーつっ! 最後まで絶対に諦めない事! だよ」
「……ティア?」
 最近彼女がはまっているらしいヒーロー物の決めセリフ。今までも覚えてしまうくらいに散々聞かされて来たけれど、和やかな空気に合わないそれに巽は少し驚いた。
「ボクは巽の家族なんだからね。考えてる事とか、悩みとか……ちょっとはわかるんだもん」
 好きな人がいるのに自分を誘ってくれて、ゆっくりしようと噂の雫も探しに行かないで。もしかしたら気を遣わせてしまっているんじゃないかとティアは心配になった。
(いつもありがとうって言いたいのに、そんなんじゃ言えないよ)
 言葉を止めてしまったティアに、優しく微笑んで巽は1つ1つ言葉を区切るように話し始めた。
「あのね、今日はティアと来たかった、それは本当。噂については興味はあるけど……必要ないかな?」
「どうして?」
「自分の言葉で伝えたいから。それに、ティアは我にとっても大事な家族だからね。一緒に来たかったんだよ」
 優しく頭を撫でると懐かしい微笑みを見せるティア。迷いないハッキリとした口調に理解してくれたのか、それ以降は不安そうな顔を見せることはなかった。
 彼女には、もっと人としてたくさんの幸せを知って欲しい。そう願いながら、巽は微笑み返すのだった。
 そんな風に誰もが微笑んでいると思われたとき、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は遠目に見れば幸せそうに寄り添うカップルだが、お互いの目は真剣だった。とくにコトノハは愛の雫というからには相応の効果があるはずだと思い、小さな甘い薔薇の周辺を必死に探している。
「コトノハ、あまり奥へ進むのは危険だろう? 手入れが行き届いているとはいえ、入り組んだ細道となっている」
「大丈夫です、きっと人目に付かない所にあるんだと思いますし……ルオシンさんが一緒ですから」
 片時も離れたくないとでも言うように、コトノハは腕に抱きついてくる。どんどん人気がなくなっていることに怯えていると言うよりも、何かを焦っているというようでルオシンは足を止めた。
「ルオシンさん? 急がないとなくなってしまうかも……」
 薔薇の学舎の校長が人に取られることを危惧しているなら、数はそう多くない貴重な物に違いない。だからこそ急いでたどり着きたかったのに、言葉を遮るようにルオシンに抱きしめられてしまった。
(我のせい、なのか……)
 彼女の不安を拭い去るどころか、例の1件で増大させてしまっている。彼女を守り続けたいという思いとは裏腹に、それを伝えるのは不器用だったようだ。
「……知りたいの、もっと。ルオシンさんを……だから、お願い」
 そっと背中に手を回して、自分の思いを伝えるコトノハ。それと同じように自分も伝えることが出来れば、彼女の不安は取り除けるのだろうか。
(しかし、我は――)
 言葉で言うことは簡単だ。それで彼女が安心するならば、いくらでも紡ぐことは出来る。一目惚れから契約をしたルオシンにとって、愛を囁くことは容易でもそれをしない理由。言葉の重さを知っているからこそ、軽々しく口にしたくない。大切だからこそ躊躇い、彼女の自由を奪わぬようにと最善を考えた。それは彼女の望む物にもあったのだ。
 じっと上目遣いで返事を待つコトノハが、何を期待しているのかがわからぬほど幼くない。頬に掛かる髪を梳くように手を添えると、ほんのりと色づいたそれを見せる。
「我は、大切にしたいと思う。出来ない口約束はしたくないのだよ」
「えぇ、わかっています。だから形として……ルオシンさんとの絆が欲しいの」
 少し背伸びをして瞳を伏せるコトノハにルオシンも顔を近づけるが、その唇は額に落とされた。
「どう、して? 私は、ルシオンさんに相応しくないのですか?」
「違う。我が命尽きるまで君と共に生きよう……ずっと、2人で」
「でも、私はルオシンとの赤ちゃんが……」
 落ち込む彼女をあやすよう、何度も優しく頬に口づけてみるがコトノハはじれったそうに眉を寄せる。
「暫くはこうして我だけのコトノハでいて欲しい。それは叶わぬ願いだろうか」
「――ずるい、です」
 自分だって、ルオシンを誰にも渡したくない。もし彼が我が子を可愛がって自分との時間をとってくれなくなっては子供にまでヤキモチを妬きかねない。
 奥まできたとは言え、誰が通るかわからない薔薇園の中、甘い香りに包まれながら2人はずっと抱きしめ合っていた。
 雫がなくとも、例えそこが甘い薔薇の近くでなくとも、見ている方が恥ずかしくなるくらいの甘さを漂わす2人とは違い、とても可愛らしく見守っていたい2人も参加している。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は愛の雫がお目当てなのか、しっかりと手を繋いで薔薇園の中を探検しているようだ。
「大丈夫? 疲れてないか?」
 可愛らしいメイド服に身を包みながらも、デートをエスコートする姿は男の子。ケイはヴァーナーの手をしっかり握って、歩幅に合わせて歩いていた。百合園学園に通うヴァーナーにとっては薔薇の学舎に来ることも楽しみで、珍しい物を見つけては小走りにケイを引っ張ったりとはしゃいでいたので気遣っての一言だったのだが、ヴァーナーは満面の笑みで返す。
「はい、大丈夫です。ケイおにいちゃんも大丈夫?」
「ああ、俺は平気だよ」
 お互いに笑い合って進んできたが、どうやら分かれ道にさしかかってしまったらしい。ケイは地図と周囲を見比べてみるが、目の前に広がる薔薇は地図にも載っていない種類で、随分と奥に入ってきてしまったことがわかる。ヴァーナーは今歩いてきた道を振り返り、ギュっとケイの手を握りしめた。
 自分は彼女さえいれば帰れなくても構わない。その覚悟で雫を探しに出かけたけれど、小さな彼女はそれがわかっていないのかもしれない。最初こそ「一緒なら大丈夫!」と元気に笑っていたのに少しずつ帰れなくなるんじゃないかと不安に思い始めてきたようだ。遊びじゃないんだと言うことを伝えるために、ケイは真面目な顔をしてヴァーナーを見る。
「……怖い?」
 ふるふると小さく首を振る彼女に小さく溜息を吐いて、ケイは膝をついて顔を覗き込んだ。
「無理すんな、雫がどこにあるかはわかってないんだ。ヴァーナーの行きたいとこは?」
「……白い、バラを見たいです。ケイおにいちゃんには、白い薔薇が似合うと思うの」
(そして、ボクが赤いバラをとるから、交換してもらいたいな……)
 調べてきた花言葉の意味を思い出して笑顔を見せるヴァーナーに安心して、ケイは元気づけるように大きな声を出した。
「よし、じゃあ白い薔薇の近くを探しに行くか!」
「でも、戻ってしまったら見つからないかもしれませんね」
 けれども残念そうに下を向くから、ケイはトンっとヴァーナーの胸元を飾るブローチを指す。
「ヴァーナーが薔薇のお守りを付けてくれてるから、向こうから出てきてくれるって。似合ってて可愛いし」
「あ、ありがとうございますっ」
(おにいちゃんにほめられた!)
 ぶんぶんと繋いだ手を振り回すヴァーナーに苦笑しながら、その手を引き寄せて抱き留める。
「そしてこれは、俺のお守り」
「ケイおにいちゃんの?」
 大人しくなったヴァーナーの左手を取り、持ってきていた指輪を贈る。小さなニーベルングリングは、まるで彼女にあつらえたかのようにぴったり薬指に収まっていった。
「学校が違うから、ずっと傍にいることは出来ないけど……俺の心はヴァーナーとずっと一緒だぜ」
「じゃあ、私もおにいちゃんと一緒にいます!」
 ふふっと笑うと、同じようにケイの手を引っ張り指輪をつけようとするのだが、人に付けてあげることのなかったヴァーナーは少し手間取ってしまう。しかし、原因はそれだけではなさそうだ。
 薬指につけてあげようと頑張ってみたものの、指輪が少し小さいらしくてどうしても入らないことに気付いたのだ。けれども、何かを思い出してその指輪を小指につけてあげると、それはぴったりとはめることが出来た。
「左手の小指につけると、幸せが逃げないと言われているんですって!」
「……ありがとう」
 まさか同じように指輪を、しかも同じニーベルングリングを用意してくれているとは思わずに、ケイは自分の手を見て未だ信じられない様子だ。
「ふふ、まるでケイおにいちゃんとお嫁さんごっこしてるみたいです」
「じゃあ、なってくれる?」
 きょとんとした顔のヴァーナーに急ぎすぎたかと思いつつも、今日こそは告白すると決めていたケイは引くことなく思いを告げる。
「俺は、ヴァーナーが好きだ。ずっと一緒にいて欲しいって思ってる」
「はい! ずっといっしょにいられたらうれしいです!」
 ニコニコしながら返事をする顔は、意味がわかっているとは思えない清々しいくらいの笑顔。それは逆に、告白したケイが戸惑うほどだった。
「えっと……俺のこと、好き?」
「もちろんです! ケイおにいちゃんのこと、大好きですっ!」
(あー……「おにいちゃん」ですか……)
 好きの意味がなんとなくわかったケイは、がっくりと落ち込んでしまう。きっと、パートナーもクラスメイトも、みんなが大好きだと言ってしまうのだろう。
「あの、どうかしましたか? ケイおにい……」
 すっとヴァーナーの唇に指を当てて言葉を遮ると、元々目つきの悪い目がさらに悪戯っぽく細められた。
「俺が1番好きなら、今日からおにいちゃん禁止な」
「……?」
 誰も呼び捨てにしない彼女。好きが誰もに向けられてしまうならば、せめて呼び名くらいは特別がいい。その気持ちが届いているのかはわからないが、少しだけ考えたあと再び微笑む。
「わかりました。だって、ボクはケイが大好きですから」
 自分で言ったこととはいえ、真っ直ぐに届く言葉の破壊力は増す。無邪気な笑顔は変わらないままでも、ほんの少し距離が縮まった気がした。
 自分1人なら簡単に上れる階段も、歩幅の違う彼女には上りづらいなら急ぐ必要はない。他の誰にもよそ見なんてさせない、譲ってなんてやらない。隣で支えるのは、自分だけだ。
「行こうぜ、ヴァーナー」
「はいっ!」
 差し出した右手にそっと乗せられる小さな左手。いつまでも一緒にいることを誓うように、ケイはそっと彼女の薬指にキスをした。



 園内には様々なカップルがいるようで、声こそ聞こえないものの様子を伺っている高台にはむず痒い沈黙が流れる。いくら安全のためとは言え、望遠レンズで様子を見るには申し訳なさ過ぎる光景ばかりだ。
「白薔薇へ向かうか……」
 忌々しげに口にするジェイダスだが、雫の効果を知っている3人は微苦笑を浮かべながらも生徒たちを見守っている。一生懸命に人を思う彼らには必要のない物かもしれないが、それは彼らをもっと幸せに導いてくれることだろう。
 けれども、それが面白くないジェイダスにとってはどうにか回避したいところ。テーブルの下にあるスイッチを押すと、防犯装置を起動させるスイッチを手元に取り出した。
「何か、異変がありましたか?」
 自分がついていながら見落としてしまったのかと直は辺りを確認し始めるが、ジェイダスはそれを押すことなく落雁に手をつける。ピリピリとした空気を感じながらヴィスタが抹茶を用意し、何かに気付いたルドルフも微かに口元を強張らせる。
「賊というのは、このようなときを狙ってやってくる。念には念をというヤツだよ」
「は、はぁ……」
 確かにそのための装置ではあるが、取り出すのに時間がかかるわけでもないそれを、早々に取り出す意味はあるのか。腑に落ちない直と緊張した面持ちのルドルフは、そのまま外の様子を伺うのだった。