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お見舞いに行こう! せかんど。

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第十六章 人形師さんといっしょ。そのご。


 ゆる族である望月 寺美(もちづき・てらみ)が風邪を引いて倒れ、入院することになって。
「なんや、ゆる族でも風邪引くんやなぁ……」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)は、興味深そうに頷いた。
「っにしても、シュールな光景やで? 実際。病室じゃなかったら、写メでも撮って後で見せたるのに」
「はぅ〜、馬鹿なこと言わないでくださいよ〜。ボクは病人なんですよ〜……?」
 心なしか、普段よりもキレのない寺美のツッコミ。
「元気なさそうやなぁ。もっと笑わんと、治るもんも治らへんで? ほら俺を見習え!」
「ラミちゃん、元気じゃないのー?」
 社の言葉に、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が寂しそうに問うた。心配そうな眼で、小首を傾げている。
 もちろん、そんな千尋に対して真っ正直に『元気じゃないです』と言うほど馬鹿ではない。
 寺美はにこりと笑顔を作って、
「は〜う〜☆ ちーちゃんと、あとなんか社もおまけで来てくれましたし、もう元気百倍ですよ〜♪」
「こら、おまけってなんやねん。笑顔プレゼンターの『やっしー』やでっ」
 俺の笑顔が見舞い品や! とばかりに、抜群の笑顔。
 それを真似して、千尋も笑った。社に負けじと、頬を引っ張って顔全体に笑顔を作っている。
 そんな様子を見て寺美が笑うと、「ラミちゃん、笑ったぁ☆」と千尋の笑顔がさらに大きく花咲いて。
 ほら、笑顔ってえぇやんなぁ。と社は嬉しくなる。
「ま、寺美がおらんと、ちーも寂しがるんでな。はよ治してちーと遊んでくれや?」
「え。ボクが居ないと、寂しいですか?」
「なっ!? べ、別に俺は寂しくなんか――」
「……ちーちゃんが、ですけど……え? あれれ? 社も寂しいんですかぁ〜?」
 だ、誰がやねん!
 そう思っても言えなかったのは、その通りだったからか、あるいは。

「ちーちゃん、ラミちゃんの為にお菓子作ってきたんだー♪」
 今日、寺美のお見舞いに行くとなって、昨夜一生懸命作った、少し歪なクッキー。
「いっぱいあるから、病室の皆に食べてもらえるね〜」
 千尋は、個包装したそれを持って、とことこ歩く。
「はい、お兄ちゃん、あげるー☆」
「おお、ありがとう……なんだ、可愛い子だな。俺の店でメイドをやるか?」
「? メイド?」
「こンの馬鹿! 大人しくしてなさいっ!!」
 一番近いベッドの、新堂 祐司に渡しに行くと、そんなやり取り。
「お姉ちゃんにも!」
「わっ、クッキー? 上手だねぇ、ありがとうー!」
 琳 鳳明に渡すと、彼女はとても嬉しそうに笑ってくれた。
「お兄ちゃんも、食べるー?」
「ああ、もらえるかな?」
 レン・オズワルドに渡すと、帽子の上から頭を撫でてもらった。褒められたみたいで、ちょっと誇らしい。
「お姉ちゃんたちにも、あげるねー?」
「あら? ありがとうございます」
「ありがとー」
 ひとつひとつベッドを回り、茅野瀬 衿栖茅野瀬 朱里にも手渡して。
 残るベッドは、どこもカーテンを閉められているから。
 あともう一つ、と奥のベッドを覗いたら。
「リンぷーちゃん?」
 リンスが居て、驚いた。

「リンぷーちゃん?」
 千尋の声に、寺美はクッキーを食べる手を止めた。
「はう?」
 声が聞こえた先。千尋の居るベッドへと顔を向けると、自分の二つ隣のベッドに、リンスが居た。
 今は、身体を起こして千尋と話しているけれど、それまではこちらに背を向けて寝ていたから気付かなかったようだ。
 立ち上がって、多少ふらつきながらもリンスのベッドに近寄り、
「これはこれはリンスさん、またお会いしましたね〜☆」
 にこやかに挨拶。
「同時期に入院、しかも同じ部屋だなんて。やっぱりボクたちは似たものを感じますぅ〜♪」
「望月も入院なの」
「はいっ」
 入院なんて、マイナスなことだけど。思わぬ再会が嬉しくて、きゃっきゃと笑っていたら、
「寺美はゆる族やからなぁ、夏ヤバいねんな。熱中症になりそうやん?」
 社が茶々を入れた。
「おいっすリンぷー。なんや入院か? ちゃんと食べてないやろーあーあーほっそォ! 成長期なんやからちゃんと食べんと。大きくなれんよ〜?」
「っていうか、社っ! ボクの入院は、風邪ですぅ! ゆる族が原因じゃないですからねぇ〜! ですのでリンスさんっ、誤解なされぬよう〜」
「だーってリンぷー、寺美と身長同じくらいやしなぁ。俺と頭一個分くらい差、あるんちゃう〜?」
「しかし社はやっぱり騒がしいですねぇ〜」
「あ、せや。……なぁなぁ、さっきの話、もしかして全部聞こえてたん? あの、寂しいとか、その辺……あー、や、なんでもない! 忘れてぇな。な!」
「ま、そんな所も嫌いじゃありませんけどねぇ〜……あ、いえ、こっちの話です、はぅ〜☆」
 ステレオで入り混じる二人の声に。
「……ねえ、俺はどっちの話しに相槌を打てばいいと思う?」
 困ったように、リンスが千尋とクロエに向けて首を傾げたので、社と目を合わせて、同時に黙りこむ。
「同時に喋って同時に黙るなんて、本当仲良いね」
 そして、その声にも。
「ちちっ、ちゃうわ!」
「違いますぅ、はう〜!」
 同時に、否定して。
 ああだめだ。
 また、目を合わせる。二人して顔が赤い。顔を逸らすタイミングまで一緒だし。
 主観的に見ても、そう見えるんだから。
「仲、いいね」
 客観的に見たリンスの言葉に、頷くしかあるまい。

「で、なんやて? 栄養失調?」
「あと貧血」
「アレやろ。仕事の没頭しすぎて食うモン食っとらんかったんちゃう?」
「ねー日下部毎回俺の日常生活のこと当ててくるのやめてよ。エスパー?」
「せやったら美味しいんやけど、まぁ偶然やなー」
 病人である寺美をベッドに寝かせてから、社はリンスと会話する。
 工房でするように、だらだらと、ぐだぐだと。
 楽な相手である。
 たぶん、お互いにそう思っているから、余計に。
「退院したら、俺が精のつく『超お好み焼き』作ったるわ」
「なにそれ、名前だけですごそう」
「『テラお好み焼き』と迷ったんやで」
「そんなこと聞いてないし」
「そーいやちーは?」
「クロエと病院散策。この階回るだけにしときなって言ったから、迷子にはなってないと思うよ」
「せやったら安心やね」
 話が途切れて。
 そろそろかなぁと思う。
 リンスも病みあがりのようなものだし。いや、まだ患者か。
 帰り時だ。
「帰るわ。ちー連れて」
「ん、気をつけて」
「リンぷーもはよ治せよ? で、お好み焼きパーティや♪」
「超お好み焼き?」
「超お好み焼」
 言って、親指を立ててにししと笑うと、ふ、っと笑んでくれた。
 そういえば、久し振りに会ったこの親友は、以前よりも表情が柔らかくなっていたなぁと思いながら。
「またな」
 背を向ける。
 寺美は寝ていたから、額に『肉』と書いた紙を貼っていくことにして。
「ちー。帰るでぇ〜」
 声を上げながら、ばいばい。

 余談だが。
 肉、と書かれた紙の後ろには、『はよ帰ってこい!!』と、力強いメッセージが、あったとかなかったとか。


*...***...*


「貧血と栄養失調かぁ……らしいって言えば、らしいのかな?」
 時間が経ち、見舞い客も引き上げた病室で。
 和原 樹(なぎはら・いつき)は、リンスへ向けて苦笑いを浮かべた。
「でもそんな理由じゃ、皆に怒られたろ?」
「…………」
 冗談交じりに問うと、普段よりも若干むくれた顔で黙り込んだので、図星だったのだろう。
「小食が悪いとは言わないが、それで倒れるというのはよくないな」
 樹よりもやや後方、腕組をして立っていたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)もそう言って頷いた。
 リンスが肩をすくめたので、それ以上からかうように言うのはやめて。
「まぁ、手軽なものでいいから朝晩2食は食べた方がいいよ」
 柔らかな声で、言葉を投げて。
「それにさ。一緒にテーブル囲んで食事するのって、クロエちゃんにとってもいいことだと思うんだ」
 ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)にサンドイッチの作り方を教えてもらっているクロエを、ちらりと見遣る。
 視線に気付いたクロエが、「?」首を傾げつつもにこっと笑った。
 人形というよりも、人間の少女みたいな子。感情もあって、食事も出来て、それでお互い想い合うまでいけば、
「もう家族みたいなものだろ? 食べる必要がないからって、食べないんじゃ味気ないよ」
「それに、集中するためには栄養も大切なものだろう? あとあと困るのは、レイス殿だぞ」
 情と、理屈と。
 両方の理由があるのなら、何も拒絶する必要はなく思える。
「そうだね」
 肯定したリンスがクロエを見た。彼女と食卓を囲むところでも想像しているのだろうか。ショコラッテのメモしている、サンドイッチのレシピを真剣に見ているクロエを、優しく見守っていた。
 なんだか、それを見続けているのも気恥かしくて。
「あのさ、あと」
「?」
「前、型紙とパーツを依頼した人形。……あれ、できたよ」
 いつかしようと思っていた報告を。
「できたんだ。やったじゃん」
「うん、できた。中身を詰めて形を整えるのに苦労したけど。見てもらえるかな」
「むしろ見せてよ」
 言われて、鞄の中から人形を取り出してサイドボードに置く。
 慣れない作業で、少し歪な、手作り感溢れる人形。
「どっか縫い忘れとか、補強した方がいいところがあったら教えてくれないかな?」
 フォルクス人形を手に取ったリンスが、「んー」まじまじと見る。……これもこれで、恥ずかしいというか、緊張するというか。
 続いて、樹人形を手にして、「うん」頷いた。
「大丈夫。初めてにしては、上手い」
「そっか。……よかった」
 安堵して笑んで、人形を持ってショコラッテに近付いて。
「はい、ショコラちゃん」
「え?」
「いつも留守番、ありがとう」
 しゃがんで目線を合わせ、手渡した。
「あ……、」
 ショコラッテが、何か言いたそうに口をもごもご動かして。
 樹の目を見て、それから俯いて、もう一度顔を上げて、
「樹兄さん」
「ん?」
「ありがとう……」
 珍しく口ごもった末の、その言葉に、嬉しくなって。
「どういたしまして」
 はにかんだ。

 受け取った樹とフォルクスの人形を見ていたショコラッテが思いついたこと。
 それは、
「なにしてるの?」
「ちょっと待ってね」
 二人の手を、赤いリボンで結ぶこと。
 きょとんとしている樹とクロエを見て、
「願掛けなの。樹兄さんと、フォル兄が、ずっと一緒に居るようにって」
「すてき!」
 クロエが嬉しそうに笑い、
「…………」
 樹は顔を赤くしてそっぽを向いて、
「願掛けなどせずとも、我らが離れることなどありえんが…たまには悪くないな。良い考えだぞ、ショコラッテ」
 満足そうに、嬉しそうにフォルクスが笑う。
「仲良いね」
 樹がそっぽを向いた先でリンスが意地悪そうな色を含んだ声で言い、
「ショコラちゃんの分も、作れば良かったかな……」
 顔が赤いまま、樹が返した。
「いや、ショコラッテの人形も作るとなると、この二体の間に置くことになる。それでは手を結べないだろう」
「真面目な顔で何言ってんだよ、あんた……」
「うん。フォル兄の言うとおりよ。このままで、いいの」
 仲睦まじく、手を繋いだ人形を見て。
 この通りになりますようにと願いを込めて。
 きゅ、っと人形を抱きしめた。