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超能力体験イベント【でるた2】の波乱

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超能力体験イベント【でるた2】の波乱
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第6章 少女は、生け贄になった。

「どうした? だいぶ調子が悪いようだな。今日の『展示』はやめにするか」
 天御柱学院の強化人間管理棟の奥深くに監禁されているある存在に、管理棟の警備員が語りかけていた。
 イベント開始から、1時間ほどが過ぎたころである。
「そうね。だいぶ苦しいわ。どうしてかしら?」
 檻の中のメルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)は、汗のにじむ額を拭いながら、気遣わしげな警備員がみつめる中、、苦しそうにうめいた。
「監禁が長かったせい? イベント会場に集まる多くの人々の気が私を刺激するから? わからないわ。展示されるということに、私自身が拒否反応を起こしているのかもしれない。そうそう、コリマ校長の思うとおりには……ああっ!!」
 言葉の途中で、メルセデスは悲鳴をあげ、バタッと倒れ伏した。
「おい、大丈夫か?」
 驚いた警備員が檻の扉を開けて踏み込んでくると同時に、メルセデスはものすごい勢いで起き上がって、神速の手刀を警備員の首筋に叩きこんでいた。
「あっ、があっ!!」
 悲鳴をあげて、警備員は失神する。
 メルセデスは、その警備員の服を身に着けると、同じく警備員のものだった銃を内ポケットにしまいこんで、脱走を開始した。
 しかし、メルセデスは、何から逃げようとしているのか?
 校長から? あるいは、自分自身の運命から?
 だが、メルセデスは、自分が逃げているとは考えなかった。 
 むしろ、自分は向かっているのだ。
 自分の宿命の敵に、乗り越えるべき相手へと。
 メルセデスが向かったのは、学院の外ではない。
 管理棟から地下通路でつながっている、イコン格納庫へ向かったのだ。
 メルセデスが欲したのは、外の解放的な空気などへはなかった。
 メルセデスは、むしろ、自分自身の奥へと向かっていたのだ。
「うん? どうした?」
 格納庫で作業をしていた整備士たちが、警備員に扮したメルセデスの登場に眉をひそめた。
「大変だ! 聞いてくれ」
 メルセデスは、自分に演義の才能があることに内心驚きながら、迫真の口調で整備士たちに語りかけた。
「危険な強化人間が脱獄した。イコン用兵装の弾薬庫を道連れに、自爆も辞さないつもりらしい。弾薬庫が狙われればいち大事なため、『弾薬の一部を学院の地下へ移送せよ』との命令が学院上層部より下った。命令を遂行して欲しい。一刻を争うんだ」
 この日のために考えていた説明を、早口で乱暴にまくしたててみせる。
 整備士たちの顔に、緊張がはしる。
「いったい、誰が脱獄したんだ?」
「メルセデスだ」
 メルセデスは、その言葉に相手がどんな反応をするか試してみたかったに違いない。
 そして、期待どおりのことが起きた。
「何だって!? よりによって奴が!!」
 整備士たちはパニックを起こしかけたが、ぎりぎりのところで理性を発揮させ、メルセデスにいわれたとおり、弾薬の移送を急ピッチで始めた。
 そこまで恐れられている自分というものを、何だか他人ごとのようにみつめてみたくなる心境に陥り、メルセデスはしばし茫然とした。
「どうした? お前も急がなきゃダメだろ」
 整備士たちにいわれて、ハッとしたメルセデスは、慌てて後についていく。
 整備士たちが弾薬のつまったコンテナを学院の最深部にまで輸送したことを確認してから、メルセデスは扮装を解除した。
 メルセデス本人の姿を確認して恐怖に顔が歪む整備士たちを薙ぎ倒し、メルセデスは、コンテナに手をついて、荒くなった息がしずまるのを待った。
「それでは、コリマ校長。悪いけど、脅迫してあげるわ」
 メルセデスが、精神感応で校長に呼びかけようとしたとき。
「その必要はないわ」
 まだ聞こえるはずのない声が、地下道の闇に響きわたった。
「なっ……どうして!? ローザ、どこに!!」
 メルセデスは叫んだ。
 弾薬が詰まっていたはずのコンテナの扉がガチャッと開き、銃を構えたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がおぼろな照明の中に姿を現した。
「弾薬など、最初からここには入っていなかった。整備士たちも知らなかったことよ。コリマ校長は、予期していたわ。今日あなたがとるだろう行動を」
 銃口をメルセデスにつきつけながら、ローザマリアは淡々とした口調でいった。
「そなたは知らなかったであろうが、コリマ・ユカギールは、イベント開催直前になって、そなたの展示はとりやめると決定したのだ。非常に不安定で、脱走の恐れがあるということでな。もちろん、檻の前の警備員には知らされていなかったことであるぞ。そして、コリマがその決定を下したとき、わらわたちは、校長室でそなたのことを話していたのだ」
 ローザマリアに続いてコンテナの奥から出てきた、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がいった。
「イベント当日にローザが来るのを見越して、メルがどう動くか、校長は予測していたんです。そして、脱走したうえで、メルが何を求めるかも知っていた。だから、ローザと私たちは自らここにやってきたんです」
 グロリアーナに続いて出てきた、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)がいった。
「そう。ジョー、あなたもくるなんてね。ふ。あははは。あははははははは!」
 メルセデスは、ふいに、狂ったように笑い出した。
 学院最深部の地下道に、狂気の笑い声が反響する。
「なるほど。わざわざ手のこんだ脅迫をしなくても、あなたとの決着をつけられるということね、ローザ。校長の掌の上にいるようで気持ち悪いけど、あなたと闘えるなら、もう、どうでもいいわ。私は、私の求めるものを得る!」
 メルセデスは、サイコキネシスで宙を飛んで、ローザマリアに襲いかかっていた。
 さっと攻撃をかわしたローザマリアの銃が、闇に火を吹く。
 ずきゅーん!
 だがその攻撃は、メルセデスからみたら、子供だましのようなものだ。
「何、それ。止まってみえるわよ」
「メル、あなたは何を求めているの?」
「何をですって? 決まっているじゃないの。ワラワセルナ!!
 興奮したメルの口調が、しわがれたものになっていく。
「あなたは、あなたの部隊は、私の仲間を殺し、私を恐怖のどん底に叩きこんだ。あの日を境に、私は変わった。私はあの日まで、強化人間である運命を受け入れていたというのに! あなたを倒して、過去に決着をつける。そして、ワレハ、ウマレカワルノダー!!」
 メルセデスは、ものすごい力でローザマリアにつかみかかり、その首を思いきり締め上げた。
「うう。ごめんね、メル、いえ、オリハ。ずっと、一人で苦しみを背負わせてしまって。私を殺して、本当に終わるというなら……でも、それは、違うはず」
 首を絞めつけられ、口から泡を吹き、失神しそうになりながらも、ローザマリアは銃口をメルセデスのお腹に当て、何度も引き金を引いた。
 ずきゅーん!
 ずきゅーん!
「グウ、コノイタミガ、ナンダ!! シネ、シネー!!」
 弾丸が身体を貫通し、衣服が血に染まってもなお、メルセデスはローザマリアを締めあげるのをやめない。
「ええい、もうよせ。よせといっておる!!」
 みるにみかねたグロリアーナが、メルセデスに剣で斬りかかっていった。
「ジャマヲスルナラ、オマエモコロスゾ、ライザ!!」
 メルセデスはグロリアーナの攻撃をかわすため、ローザマリアの首から手を離してその身体を放り出すと、宙を飛んで舞いを舞い、きーっと牙を剥いた。
「私も、手出しするつもりはありませんでしたが、ローザを殺すことがメルにとってプラスになるとは思えないので、ライザと一緒に邪魔させてもらいます」
 エシクも、光条兵器を構えて、メルセデスに立ち向かっていく。
「エエイ、イマイマシイ!! ダンヤクナド、ナクテモ、爆発は起こせル!! そのことを証明してヤル!! クラエ!!」
 メルセデスは、両手を振りあげて、超能力解放による大爆発を引き起こそうとした。
「メル、あなたはもう、結論にたどりついているわ。あなたは、もう一度強化人間である自分を受け入れることで、自分を安定させたいのよ。でも、そのことと、私を殺すことをすりかえてる。コリマ校長が私たちにいったこと、話してあげるわ。校長は、メルたちを支配して操るつもりなどないの。校長は、いっていたわ。生徒たちは、人間として、自分と対等の立場から考えればいい、自分自身の意志で、校長の理念に賛同し、協力するか否かを判断すればいいと。開会式の校長の『宣言』は、あなたにも聞こえていたはずよ、メル!!」
「自分自身の意志で? 対等の立場、デ? ホザケ! ふざけた理屈を、いうな!!」
「ふざけてなんかいないわ! 最後のヒントよ。メル、その炎は、自分自身に向けるの。自分自身の殻を破って、安定を取り戻すのよ!!」
 炎を、自分自身に向ける。
 その言葉が、メルセデスの心の奥底にある何かを、つかんだ。
「ウ、ウガアアアアアア!!!」
 大爆発が巻き起こった。
 だが、爆発の中心にいて、自ら炎に焼かれたのは、メルセデスだった。

(壊れないで、壊れないで、メル!)

「いま、揺れなかったか?」
 イベントはちょうど昼休みに入っていて、各自食堂に行ったり、お弁当を食べたりして休息に入っていた生徒たちは、会場の地下から若干の揺れが伝わってきたように感じて、首をかしげた。
「何だか、地震っていうより、地下で爆発か何かあったような? 気のせいかな」
 じっとしてても、もう揺れは伝わってこない。
 一回きりで終わったようなので、再び生徒たちは休息に入った。

「あれ、会場から出ちゃったのかな? ここ、どこかな?」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、天学キャンパスの奥、薄暗い建物の近くに自分が迷い込んでしまったことに気づいた。
「この建物、なんか、怖いな。窓ひとつなくて、密閉されてる感じで。息がつまっちゃいそうだな」
 アリアは、いつのまにやら自分の側にそびえている、そのうずくまった石像のような外観の建造物を目にして、何ともいえず不安な心境に陥った。
「どうしたの? 君、迷ったの?」
 サングラスをかけた長身の男たちが、アリアに近寄ってきていった。
「あっ、はい。学院の人ですか?
「うん。僕たちは、この学院の教官だよ。そうだ、もうすぐお昼だから、イベント会場に戻る前に、一緒に食事でもしようよ」
 男たちは、アリアを取り囲むと、その左右の手をそれぞれ、別の男が握る。
 さらに、背後の男が、なぜかアリアのお尻を撫でまわしていた。
「えっ、えっ、何? い、いいです、やめて下さい、やめて!!」
 本能的な恐怖からアリアは抗ったが、男たちは引きずりようにして彼女を、窓のない建物、強化人間管理棟の中に連れ込んでいった。
「こ、この建物はいったい何なの?」
「強化人間の研究施設だよ。アリア、君には不安定なところがあるから、ちょっとここで検査させてもらう」
 密閉された殺風景な部屋の中にアリアを押し込んで、扉に鍵をかけながら、威圧的な口調で迫る男たち。
 なぜ、自分の名前を知っているのか?
 アリアは、身分証を奪われたのではないかと不安になった。
「私は、強化人間じゃないわ。検査なんて、受ける必要ない!!」
 そういって、部屋から逃げ出そうとするが、男たちは笑って、アリアの肩をつかみ、引き戻す。
「まったく、いうことを聞かないと、痛い目にあわせるからな、コラ」
 男たちは、アリアの両手に鋼鉄の手枷をはめた。
 手枷は、天井から伸びる長い鎖につながっている。
「やめて、本当にやめて、下さい!!」
 ばたばたと暴れるアリアを嘲笑いながら、男たちは鎖を巻き上げた。
 ガラガラガラ
 鎖につながれたアリアの身体が、宙づりにされる。
「あなたたちは何なんですか!? 私を、どうするつもり? い、いやー!!」
 恐怖から、アリアは悲鳴をあげた。
 男たちは、めいめいが手にしたムチでアリアを徹底的に打ち始めた。
 ビシッ、ビシッ!!
「はあ。あっ、わかったよ。いうことを聞く。聞きます! だから、ムチはやめて。お願い」
 アリアは、激痛にうなだれていった。
「おお、やっと素直になったか。じゃ、ごほうびにもっと打ってあげよう!!」
 男たちは、いよいよ激しくアリアを打ち始めた。
「そ、そんな、ひどい……! あ、ああー!」
 悲鳴をあげるアリアの衣が、ムチを受けるたびにボロボロになってゆき、ついには半裸に近い姿にされてしまった。
「わかってるか。これは、実験なんだよ。お前がどこまで耐えられるか。そして、あの女をどのくらい刺激できるか、のな」
 男たちは、痣だらけのアリアに、冷徹な口調で言い放った。
「は、はい。ありがとうございます。こんな私を実験に使って下さって、ありがとうございます! そして、ろくでもない身体をさらしてしまってすみません!」
 アリアは、何とか男たちを怒らせないようにしようと、必死でしゃべりまくった。
「本当にろくでもない身体だな。もっと恥ずかしい目にあわせてやる。覚悟しろ」
 男たちは、ぐったりしているアリアを床に降ろすと、鎖を引いて、部屋の外へと連れ出した。

 ざざーん。
 ざざーん。
 波の音で、メルセデスは目を覚ました。
 砂浜に倒れていたメルセデスの身体に、波が優しく打ち寄せていた。
「ここは……?」
 メルセデスは起き上がって、青い空、白い雲を眺めた。
 爆発の中で炎に包まれたはずなのに、いま、この小さな島の砂浜に立っているとは、どういうことなのか?
「メル。ここは、センゴク島よ」
 すぐ側で貝殻集めをしていたローザマリアが、メルセデスにいった。
「センゴク島? どうして? またここに戻ってきたというの?」
 メルセデスには、ローザマリアの言葉が信じられなかった。
「あの爆発の中で、あなたは、無意識のうちに再び瞬間移動を行った。以前、あなたは、この島で私たちと闘っているうちに学院の中へ瞬間移動したわ。その関係か、今度の瞬間移動で、あなたは無意識のうちに、センゴク島へ戻ることを選択したみたいなの。今度も、私たちを巻き込んでね。おめでとう、メル。あなたは、自分自身を焼くことで、自分自身をつかんだ。自分を受け入れることで、自分を安定させられたはずよ」
 ローザマリアは、説いて聞かせるようにいった。
 その言葉に、メルセデスはフッと笑った。
「安定した? 私が? 冗談をいわないで」
「メル?」
 ローザマリアは眉をひそめた。
「私は強化人間よ。そうである以上、完全に『安定』するなどということはない。常に、不安定な自己に悩まされ続ける。でも、それは、普通の人も同じ」
 メルセデスには、はっきりした口調でいった。
「そう。普通の人も、精神が不安定になることが多々ある。強化人間は、ただ、その傾向がやや極端だというだけ。強化人間も、要するに人間なの。その意味では、悩む必要はないのね。間違った存在なんかじゃない。ありがとう。私は、少なくとも、自分が強化人間であることを受け入れることができたわ。この礼は、コリマ校長にもいうべきかしら」
 メルセデスは、爽やかな笑顔をローザマリアにみせた。
 久しく、みせたことのない笑顔だった。
「校長のいいたいこと、わかったわ。強化人間が劣っているとか、ダメな存在だとか考えるのは間違っている。大切なのは、自己を否定しないこと。強化人間である自分を受け入れ、そのうえで、自分の道を選んでいく。当り前といえば当り前のことが、やっと、わかったわ」
「メル!! よかった!!」
 ローザマリアは、駆け寄って、メルセデスを強く抱きしめた。 
「長い道のりだったわ。でも、これは、あらたな始まりに過ぎない。私は、これから、決めなければならないわ。強化人間の保護・育成に努めるコリマ校長に協力すべきかどうか。これからも不安定になって暴れることがあると思うけど、よろしくね、ローザ」
 メルセデスもまた、ローザマリアを抱きしめ、穏やかな口調で囁くのだった。
 二人の頭上には、青い空をバックに、まぶしい陽光がきらめいていた。
 それにしても、とローザマリアは思う。
 なぜ、爆発の炎に包まれたメルセデスの身体が無傷なのか?
 また、なぜ、学院の最深部の地下道での爆発が、地上にさしたる影響を与えることもなかったのか?
 メルセデスの超能力が起こした奇跡、というには虫がよすぎるような気がした。
 コリマ校長とは別の、何らかの大きな意志がメルセデスに作用したように思えたが、それが何なのかは、ローザマリアには、全く予想さえつかなかったのである。
(ふむ。合格だ。監禁を要する状態から脱したと認めよう。生きていくための基盤は築けたな、メルセデス。これからは、自分の道を行くがよい。我らの仲間となるかどうか、それはおぬしが決めることだ。もし、敵対するというなら、そのときは徹底した対処をとらせてもらおう)
 コリマ校長は、校長室の中にいながら、メルセデスの成長を超感覚で感じ取り、不思議な喜びに浸っていた。
 校長の「強化人間リサイクル」が、まさに実現した瞬間であった。

「はーい、昼休み終了です!! それではみなさん、設楽カノンのお色気レッスン、午後の部の始まりですよー!!」
 イベント会場では、ステージの上に再び戻ってきたカノンが、多数の講義参加者たちを前に、講義の続きを行おうとしていた。
「といっても、理論編は午前で終わったので、実演の続きをやるということでー、え、あれは、何?」
 説明の途中で、カノンはふと、上を見上げて、そのまま、凍りついたように動かなくなった。
 不審に思った参加者たちも、カノンの視線の先を追い、そして、カノンと同様に凍りつくことになった。
 カノンは、そして、参加者たちは、みてしまったのだ。
 ピラミッド型をしたイベント会場にも窓はあり、そこから、学院の建物をみることができる。
 いま、その窓からみえるのは、窓がない建物、強化人間管理棟の無愛想な姿だった。
 だが、いま、その屋上に、不吉なものの姿があった。
 普段何もないはずのそこに、大きな十字架がたてられていた。
 そして、十字架には、一人の少女、アリア・セレスティが、半裸の状態ではりつけにされていたのである。
 その瞬間、カノンの中で、何かがプツンと切れたように思えた。
 気を失っているアリアの無惨な姿は、男性たちに乱暴された事実を容易に想像させた。
 そのことが、カノンの中の、かつて、パラ実生に乱暴されたトラウマをよみがえらせたのである。
「あ、あれは、あの子は!! ゆ、許せない、誰が、あんなことを! 殺す、コロスコロス、薄汚れた男たち!!」
 カノンの目の色が変わり、声が震え始める。
 講義の参加者たちは、いまや、十字架の少女よりも、カノンの様子の方が気になりだしていた。
 文字どおり、参加者全員の生命の危険に関わることが、ステージの上に現れ始めたのだ。