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リアクション
「ごめん、セラちゃん! このとーり!」
顔の前で両手のひらを合わせ、月谷 要(つきたに・かなめ)はシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)を拝んだ。
「笹飾りくんから薬はもらえたんだよ? ちゃんと。ただ、困ってる子がいたから、それで…」
「あげちゃったんですね」
先を読んでセラが言う。
「うん。ごめん」
「いえ。いいんです。要さんは良いことをしただけですから――って、どこへ行くんです?」
目の前から立ち去りかけている要を呼び止めた。
「ん? だって、約束果たせなかったし」
成功報酬・超豪華特製炊き込みごはんを腹いっぱい食べさせてもらう、ということで引き受けたおつかいだった。それが果たせなかった以上、あきらめて帰るしかない。
「そんな。すぐ作りますから食べて行ってくださいよ。材料は用意してあるんです。作るのはまだこれからなので、ちょっと待っていただかないといけませんが」
「んー。でも、おつかい失敗しちゃったのに、やっぱりもらうわけにいかないよねぇ」
要とて、食べたくないわけではない。だが筋は通すべきだと思うのだ。
後ろ髪引かれる思いながらも「また今度」と手を振って、背を向ける。
そんな彼に、キラーーーンとセラの目が光った。
「えいっ!」
「はうっ!」
いきなり顔面に巻きついた布に鼻と口をふさがれ、要はビクンッと飛び上がった。
どうにか息をしようとした直後、吸い込んだ強烈なにおいにツーーーンとやられて卒倒する。
「ふふっ。どうです? 汗ほか何か得体のしれない物のにおいがたっぷりと染み込んだルイのタオルの味わいは」
あ、もう聞こえませんか。
足元に転がっている要の上で、セラはピーーンとロープを張った。
「……違うんだ、悠美香ちゃんっ!! ――って、はっ!?」
バッと飛び起きた直後、要は自分が拘束されていることを知った。
「え? ロープ…?」
なになに? 何が起きたの? なんで俺、縛られちゃってるワケ? それにここどこ? どっかの空き地?
「あ、目を覚まされたんですか、要さん」
後ろからにこやかなセラの声がする。
振り返ると、セラがほこほこ白い湯気を立てる大きな鍋を抱えて立っていた。
その鍋からは、プーーーンとおいしそうな炊き込みごはんのにおいが…。
おもわずじゅるり。――って、それどころじゃなかったッ。
「セラちゃん、どーして俺、縛られちゃってるの?」
「ああ。それでしたら、すぐ解かせていただきます。――ガジェットさん、お願いします」
「了解なのである」
少し離れた場所で使い終わった火の後始末をしていたノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)が、いそいそと要の拘束を解く。
「要さん、気絶されたんですよ。覚えてますか? それで、炊き上がるまで寝かせておこうと思ったんですが、こう言っては何ですが要さん寝相悪くて…。ゴロゴロ転がって、車にでも轢かれると危ないと思ったものですから、縛らせてもらってたんです。悪いとは思ったんですけど、起きられる前にほどいておけば問題ないかと思って」
「あー、そっかー」
あはははは、と笑う要。
――それで納得できたのか、要。別の意味ですごいぞ、要。
笹飾りくんから女体化薬を強奪してくる間に目を覚まして逃亡されていたら困るから、という真意に全く気付いた様子はない。
ついでに、さっきの場所からは遠く離れた人気のない場所に連れ去られていることも。
「気絶かぁ……最近よく眠れなくてさ。そのせいかなぁ。でもなんか「えいっ」って言葉を聞いたよーな…」
――ギクッ。
「な、夏バテですか? 要さんっ。そんなときこそ反対にこういう熱くて栄養価の高い食べ物を食べると効果的なんですよ!」
炊き込みごはんが栄養価高いかどうかは知らないが、どうせ要だって知らないにきまってる。
「でも俺、薬手に入れてくることできなかったのに」
あー、しつこい。
「いいんですよ。あのあとガジェットさんと2人で行って、ちゃんともらってきましたから」
ただし、ルイの奥の手のひとつ、しびれ粉をたっぷりまぶしたふんどしを巻きつけて、しびれている間に強奪することを「もらった」と言えるならだが。
――まさに腹黒! 邪道! 鬼畜の所業!
「ふーん。それは良かったけど、じゃあなんで俺に行かせ――」
「さあできた! (強奪してきた一升瓶女体化薬で炊き上げた)超豪華特製炊き込みごはんですよー! セラは飲み物取ってきますから、ガジェットさんは盛り付けてあげてください」
「了解なのである」
しゃもじを持ったガジェットが、要専用茶わん――特大どんぶりとも言う――に炊き込みごはんをてんこ盛りする。
「……なんか、ふつーだねぇ」
「豪華」「特製」という言葉から、タイとかイセエビとかがふんだんに入った見た目に華やかな物を想像していた要は、ちょっと面食らってしまう。
「それは食べてから言うであります。この中の材料は、山菜から出汁まですべて我輩が吟味して持ち寄った、一級品ばかりなのですからな」
「へぇー、ガジェットさんが。楽しみだなぁ」
などなど。
会話している2人を背に、セラはさりげなく立ち上がった。
焚き火跡の横に放置してあった一升瓶の中の、残りの女体化薬をコップに移す。これぞ駄目押しの一杯。
(さぁこれで女体化要さんのできあがり、と)
あとは、すでに連絡ずみの悠美香の到着を待つばかりである。
くすくす、くすくす。
隠せない笑いで肩を震わせながら戻ったセラは、意外なものを見た驚きに目を丸くしてしまった。
あぐらを組んで座っているのは女体化した要――ここまでは予定通り。
ただ、その表情が、なんというか……こう、赤らんで、ぼーっとして、とろんとしているというか……なんというか……そのう……酔っ払ってるみたい、なのだ。
「ガジェットさん、彼にお酒飲ませました?」
「そんな物は最初から用意していないのである」
しゃもじを握りしめたまま、困惑した表情でガジェットも要とセラを交互に見る。
「あれを食べた直後、こうなったのである」
指差したのは、炊き込みごはんが半分ほど残ったどんぶり。
「……もしかして、薬のせい?」
女体化薬って、飲んだら酔うの? 量の問題? それとも熱か材料かで変質しちゃった?
いろいろ考えられるが、かといってそれを確認するために食べたくはない。
(まぁ、この状態の要さんも、面白くはありますが…)
どっちかというと女に変わった自分に驚いてあわてふためく姿を見たかったセラは、ぼんやりしているだけの要はもの足りなかった。あの様子だと、自分の変化に気づけているとも思えない。
とすると、やはり悠美香の到着を待つべきか。
そんなことをつれづれ考えていたセラに、ふと要の目が向いた。
ぼんやりしていた視点が急速に一点に絞られ、表情がいきいきと輝き始める。
「やーあ、セラひゃん。おっげんきぃー? ひゃひゃひゃひゃっ。なーんれ、そんな、ひゃひゃっ、かおしれるのぉー?」
プーックスクスクスッ。腹を抱えてくつくつ笑っている。
――こいつ、笑い上戸か。
「要さん、自分の格好、気付いてます?」
「んー? らーにいってんのぉ。いーからホラ、セラひゃんもおひとつー」
「いえ、セラは結構です」
「らにぃ? おれのいうこときけらいってゆーのぉー?」
ばさっ。
要としては両肩をとりたかったのだろうが、距離を誤ったのか、両手はセラの肩を越えた向こう側へ投げ出される。
「お、重ッ……要さん、重たいですよっ」
と、セラの手からコップをひったくった。
「いーひゃらのめー、おまえものむのだーー」
「わーっ!! 要さん、それ女体――ぅごぼっっ」
――からみ上戸だ!
はたして霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が、途中で合流したルイ・フリード(るい・ふりーど)と一緒にキャンプ地へ着いたとき。
そこで目にしたのは、がっついて鍋いっぱいの炊き込みごはんを食べている要と、そのすぐ近くで半裸状態で泣いているセラの姿だった。
ちなみにセラは最初っから女の子である。だから女体化薬を飲んでも変化はないはずなのだが――
なぜに半裸!?
「これは一体…」
あまりの光景に現実と信じられず、呆然となるルイ。
「うっうっ……ルイ、ルイーっ」
ぺったり地面に座り込んだまま、ルイに手を伸ばす。
「セラ、何があったんです? これは」
「要さんが……要さんが悪いんだよぉーっ。ううっ……セラ、もうお嫁に行けないかも…」
――かなめーーーっ!?
ピーッと泣くセラを抱き上げ、胸であやす。
「それで、何があったんです? ガジェットさん」
「そ、それが――」
説明しようとしたガジェットのそばを、悠美香が通りすぎた。
ずんずんずんずん歩いて行った悠美香は、おもむろに巨大ハリセンを取り出して、鍋に頭を突っ込んでムシャムシャやっている要の後頭部をひっぱたく。
「何してんのよ、このバカ!! セラちゃん泣かせるなんて!」
「……あんれぇ? 悠美香ちゃん…?」
酔いのせいで痛覚が完全に麻痺しているのか、痛がりもせず要は満面の笑顔で振り向いた。
「んんーっ? 悠美香ちゃん、ろーしてふたりになってるろー? ほんもにょ、ろっちー?」
「――って、要? あなた酔ってる…? しかも何? その体……ええっ?」
遅ればせ、要の状態に悠美香も気づいた。
ぶかぶかで垂れ下がった上着の胸元から見えているのは、ふっくらとしたふくらみのある胸……間違いなく本物だ。手足も細いし、顔つきもなんとなく…。
――要ガ女ニナッテル…?
どどーんと雷の直撃を受けたくらい、内心大パニックを起こしていた悠美香。そこに、要ががばっと抱きついた。
「悠美香ちゃーーーーん」
「えっ? きゃっ? ああっ」
受け止めきれず、そっくり返って草地に倒れる。頭を打った痛みにつぶっていた目を開いたとき、すぐ真上から、要が見下ろしていた。
「か、要…?」
草と土のにおいに混じって要のにおいと、そして折り重なった体の部位に彼を感じる。膝を割って入った、なめらかなふくらはぎ…。
「悠美香ちゃん……俺、悠美香ちゃんが大切だよ……ほんとに……ほんとに、大切なんだ…」
どこか泣き顔にも見える表情で、切々と要は訴える。
「え、ええ、要。それは分かったわ。だから、あの――」
いいから、とりあえず立たせて。
「大切にするよ……ずっと。これからも。だから……悠美香」
ささやく要の吐く息が触れるほど近づいたと思った瞬間、悠美香は唇に圧迫を感じていた。
要の唇の感触と熱が、直接伝わってくる。
「ん……んんっ…」
ぷは、とようやく息をつけたのも一瞬で、再び唇を封じられてしまった。するりと入り込んだ舌が口内を探る。深く濃厚なキスが続く間も、要の手は休むことなく悠美香の体を服の上から探っていく。胸から脇、太ももを伝っておりた手が、膝を軽く立たせたあと、内ももに触れ、そっと開かせた。
「か、かなめ…」
見えるのは夏の空を背にした要。感じるのはむせるような土草の青くささと、そして要だけ。
すっかり蒸気した頬で、悠美香はぼんやりとその名を呼ぶ。どこか夢の中の出来事のようで、手足がしびれて力が入らない。
「悠美香ちゃん、好きだよ…」
彼女の足の間で身を起こした要が、自分の股間に手を伸ばし――そこに、絶対にあるはずのモノがないことに、初めて愕然となった。
「なんだこりゃーーーーーっ!?」
まばたきするのももったいないと、息を殺してじーーっと凝視していたルイたちに、涙目でキッと向き直る要。
その面に浮かんだ怒りは半端なかった。
「おまえらか! これはおまえらの仕業なんだな!!」
「え? 違――」
と、ぶんぶん首を振って見せるルイ。サササッと彼を盾にして後ろへ隠れるセラ。しかし激怒しまくった要は聞く耳持たず。
歴戦の武術、鬼神力、発動。
「俺の大事なモノを返しやがれーーーーーーッッ!!」
スプレッドカーネイジを連射する。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
ルイとセラをかばって(?)ガジェット蜂の巣。
ようやく身を起こすことができるようになった悠美香の見たものは。
「飲めー!! 飲んできさまも女になってしまえーっ!!」
「ふっ、ふごごごーーっ」
仰向けになったルイを足で抑え込み、ごふっごふっごふっと一升瓶を口に突っ込んでいる要の姿だった。
――月谷 要サンは酒乱でした。ちぃ覚えた。
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