リアクション
空京のノエル 「クリスマス・イブの風景。これもまたいいものだねえ」 空京商店街のストリートに植えられている並木を囲んだ煉瓦の上に腰をおろすと、サズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)はおもむろにスケッチブックを取り出してコンテを手に取りました。 「さっそく、いいモデルが来たねえ」 サズウェル・フェズタの視線の先に、お揃いのコートを着た秋月 葵(あきづき・あおい)とフォン・ユンツト著 『無名祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が現れました。 秋月葵は、水色のオーバーコートに、ふわふわのマフラーを巻いて、同じくふわふわの白い帽子を被っています。コートの裏地は、水色のチェック模様です。髪を結んだ水色のリボンには、クリスマス仕様で金色のベルと星の飾りがついています。 フォン・ユンツト著『無名祭祀書』の方は、秋月葵の色違いで、黒いコートに黒いファーのマフラーと帽子という姿です。 秋月葵の方は、いくつかの大きなつつみをかかえています。中にはクリスマスプレゼントのぬいぐるみが入っているのですが、予想以上にかさばってしまってすでにちょっと後悔気味です。 「最後に買えばよかったかなあ」 買った後に言ってももう遅いみたいです。対するフォン・ユンツト著『無名祭祀書』はなんだかどんよりとした雰囲気を纏っている箱をかかえています。 「それって、妹ちゃんは、黒子ちゃんに何を買ってあげたの?」 「最初は、蜂蜜酒にしようと思ったんですけど、私の姿見て、売ってくれなかったのですよ、ぷんぷん」 ちょっと唇の先を尖らせて、フォン・ユンツト著『無名祭祀書』が言いました。実年齢で軽く100歳を超えているとは言え、外見は13歳です。普通は、子供用の物しか売ってもらえません。 「それで、いろいろ探していたら、掘り出し物を見つけたのですー。いいですか、!『輝くトラペゾヘドロン』ですよ。空京って、凄いですよね。こんなレア物もでも普通に売っているんですからあ」 「いやいやいや……それはない。多分、それ偽物だよ」 「えーっ……」 秋月葵に言われて、フォン・ユンツト著『無名祭祀書』が顔を顰めました。 箱の中に奇妙な形で固定された多面体の結晶体……、それを見つめることでニャルちゃんを召喚できるというのですが……。 「それはそうと、なんで妹ちゃんは、黒子ちゃんと字が違うの? 同じ魔道書なんでしょ?」 「それはですね〜、お姉さまは〜、あたしたち無名祭祀書の中でも、創造主様に作られし記念すべき最初の一冊なのです。故に名は銘になったってお姉さまが言ってたですよ〜。ちなみにあたしは、一番最後に作られたですよーえっへん!」 最後のところは自慢するところなのでしょうか。 「へえ、そうすると、まだまだ姉妹がたくさんいるんだねー」 それはそれで、みんな出てきたらどうしようとちょっと溜め息をつく秋月葵でした。 「後は、ケーキ用のイチゴかあ。これは、ヴァイシャリーに帰ってから買った方がよさそうだよね」 そろそろ戻りましょうと、秋月葵がフォン・ユンツト著『無名祭祀書』をうながしました。 ★ ★ ★ 「二人きりだなんて、ホント、久しぶりですよね」 「いつもは、もう一人いるからだもんね」 あらためて神崎 輝(かんざき・ひかる)に言われたシエル・セアーズ(しえる・せあーず)が、一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)のことを思って答えました。 「さあ、せっかくだから、ステキなクリスマスプレゼントを選んであげますよ」 「えーっ、私の方が、ステキに輝に似合うプレゼントを選んであげるんだもん」 そこで競ってどうするのでしょう。 「いらっしゃい、いらっしゃい。レアな宝具、大安売りですよー」 相変わらずこの時期の大通りには、いろいろと怪しい屋台や、商店街のお店の特売ワゴンなどが目白押しでならんでいます。その一つで、執事君が一生懸命呼び込みをしていました。 「何を売っているのかな?」 「怪しいよね」 完全に疑いつつも、ちょっと興味を引かれて神崎輝とシエル・セアーズはその屋台に近づいてみました。 「そこの幸せそうなカップル。どうですか、一つ」 「え、何かなあ。よく聞こえなかったかも」 「カップル! そこのカップル!」 何度も言いなおさせて、ちょっと神崎輝とシエル・セアーズの顔が緩みます。 「で、これはどうですか。『輝くトラペゾヘドロン』という、名もなき幸運を召喚するアイテムです」 メイドちゃんが、淡々と商品を二人に勧めました。 「ええっと、それは……」 「なんだか、ちょっと禍々しいよね」 怪しい小箱の中に吊された多面体の結晶体を見て、二人がちょっと躊躇しました。なんだか力のある魔法石のようにも、ただの小石のようにも見えます。 「ま、また今度……」 そう言うと、神崎輝はシエル・セアーズの手を取ってあわててそこを離れていきました。 「逃がしてどうするのです。さっきはうまく一つ売りつけられたというのに」 「いやあ、そうそう、カモはいないと思いますよ」 さっさと生活費を稼ぎなさいと言うお嬢様に、執事君がちょっと肩をすくめました。 ★ ★ ★ 「ごめ〜ん、待ちました〜?」 雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)が手を振って走ってきます。 「ううん、今来たところです」 「お約束ですねー」 一瀬瑞樹の返事に、本名 渉(ほんな・わたる)がうんうんとうなずきました。 「それにしても、急に買い物に行こうだなんて、どうしたんですか?」 本名渉が一瀬瑞樹に訊ねました。 「だって、マスターたちったら、いきなり出かけちゃったんですよ。一人でお留守番だなんて、つまらないじゃないですか」 「うんうん、そうですよね。今日は三人で楽しみましょう」 一瀬瑞樹の言葉に、雪風悠乃がその通りとうなずきます。 「じゃあ、さっそく冬物の服でも買いに行こうか。二人ともお洒落したいでしょ」 「もちろんです」 本名渉の言葉に、一瀬瑞樹と雪風悠乃の二人が声を合わせて答えました。 空京商店街のブティックに入ると、さっそく冬の新作を物色し始めます。 「これなんかどうかな」 本名渉が、ファーの着いた緑と青のフードつきコート、白いセーターに、紺のホットパンツを選び出します。二人とも色違いのお揃いです。生足だと寒そうですが、黒のストッキングにコートに合わせたロングブーツならよさげです。 「さっそく試着してみましよう」 そう言って、雪風悠乃が一瀬瑞樹の手を引っぱって試着室へとむかいます。本名渉は、いつものように試着室の前で待ちました。妹のような雪風悠乃の買い物の際には、いつもこうして待っています。 「あうう、脱げないよー。兄様、ちょっと引っぱってください」 セーターを脱ごうとしてハマってしまった雪風悠乃が、試着室の中から本名渉に助けを求めました。 「しょうがないなあ」 遠慮もせずに試着室の中に入って行くと、お猪口になったセーターによって、雪風悠乃がバンザーイをしたままもがいていました。ブラをつけたささやかな胸が丸出しですが、ささやかなのであまり気になりません。 「よいしょっと」 いつものように、本名渉が雪風悠乃のセーターを引っぱって脱がしてあげました。微笑ましいです。 「あれ……」 何やら、隣の試着室にいる一瀬瑞樹の方からも、やってもうたな声が聞こえてきます。 「今度はあっちか、仕方ないなあ」 やれやれという感じで、本名渉が今度は一瀬瑞樹の試着室にむかいました。 「どうかしました……か!?」 「えっ!? えっ、えっ、え〜!!」 ホックの引っ掛かったスカートをやっと半脱ぎした状態で、一瀬瑞樹がフリーズしました。すでに上も脱いでいたので、ブラジャー姿です。 「きゃー!!」 再起動した一瀬瑞樹が叫びます。 「ごめん、間違い、間違いだから!」 あわてて、本名渉が試着室に突っ込んだ頭を引っ込めました。 「兄様ったら、何してるんですか。兄様のエッチ!」 ほぼ着替え終わった雪風悠乃が、一瀬瑞樹の試着室に飛び込んできました。本名渉としては立つ瀬がありません。 「瑞樹さん、大丈夫でした?」 「え、ええ。多分、事故……ですよね?」 雪風悠乃に聞かれて、一瀬瑞樹が、バクバクいっている胸を押さえながら答えました。けれど、雪風悠乃としては、そのプルンプルンしている大きな胸の方が気になります。さすがです。 「瑞樹さんは凄いので、兄様は謝らなければなりません」 「凄い?」 しっかりと冬服を全部本名渉に買わせて、雪風悠乃が言いました。何が凄いのか、一瀬瑞樹がちょっときょとんとした顔をします。 「分かった分かった。服はちゃんと買ってあげたでしょうが。おわびに、そこの喫茶店のスペシャルケーキセット、奢りますから」 えらい目に遭ったとぼやきながら、本名渉が喫茶店を指し示しました。一応他意はないと納得してもらえたものの、習慣とは恐ろしいものだと反省しきりです。 『今日のラジオ・シャンバラは、クリスマス・リクエスト特集をしております。それでは、次の曲は「あのね、の片思い」です』 喫茶店の中にはシャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)のラジオ放送が流れています。 「あっ、この曲……」 歌っている神崎輝に気づいて、一瀬瑞樹たちが耳をそばだてました。 |
||