リアクション
第2章 冷酷な演技の裏に 「一番の謎は何故ラズィーヤさんがこのような行動をしたか、です」 研究棟へ向かいながら、ロザリンドは考えていく。 「お兄さんの身柄を確保しないといけない理由があるのでしょうか?」 「いや、一般のテロ組織と違い、ヴァイシャリー家次期当主が釈放されてその後どうするんだ? 逃亡って訳でも無いだろうし」 かつみも眉間に皺を寄せて、考え込む。 「はい、ヴァイシャリーにとって不利益にしかなりません。 テロリスト側に正当な理由がある……光条世界絡みの動きに関する牽制……色々考えられますが、どれも可能性は低い気がします」 「あと、心なしか要人が殺害された映像が多かった気がする。 いくらインパクトは大きいとはいえ、要人の方が人質としての効果は大きいはず。 それを次から次に殺すなんて……犯人役のラズィーヤもしょっぱなから殺そうとしてたし、もしかして要人の殺害も目的か?」 「それもあるかもしれない。それから……実は、気がかりなことがある」 「なんでしょう?」 ロザリンドが隣を歩く優子に尋ねた。 「公にはされていないが、この施設は元々は大学のキャンパスではなく、軍事施設であったらしい」 「軍事施設、ですか」 「シャンバラがエリュシオンが争っていた頃、エリュシオンの龍騎士に対抗するために、ここで地球とシャンバラによる兵器の共同開発がされていたそうだ。 当時製造された施設や機器は、今もこの大学に残っている」 「その兵器がテロリストに渡ったら……」 皆、息をのんだ。 「ラズィーヤさんは、捕らえられているシャンバラの学生、そしてシャンバラに住む人々を盾に脅迫されて、やむなくテロリストに従い、演技をしている可能性がある」 優子は拳を握りしめた。 「だが、脅されてただ言いなりになる人ではない。 あの声がラズィーヤさん本人のものならば――冷酷な演技の裏に、巧妙な策があるはずだ」 「2時間の時間制限……これはもしかしたら、ラズィーヤさんがテロリストとの駆け引きで得た、時間稼ぎかもしれません。少なくても、2時間の間は、これ以上人が殺されることはないのですから」 2時間の時間制限を設けたということは、逆を言えば2時間は行動出来る猶予を作ったということ。その間に自分達、捕まらなかった者が対処できると信じて、敢えてテロリストの言いなりになっている可能性もあるのではないかと、ロザリンドは考えた。 「そうですね。私達は、私達の役割を全うして……皆を助けます!」 歌菜が強く言い切った。 「ああ」 頷いた後、優子は胸ポケットに入れていたトランシーバーを、年長者で軍属のダリルに差し出した。 「ダリル・ガイザック。これはお前に預けておく。情報を掴んだら、キロスに連絡をしてくれ」 「わかった。預かっておく。……いくぞ」 ダリルはトランシーバーをポケットに入れると、解毒剤、防毒マスクの入手を目指す者たちと共に、身をひそめて非常口の方へと向かって行った。 奏景大学のキャンパスに発砲音が響いた。 研究棟へ近づく優子達への威嚇射撃だった。 「シャンバラ王国、ロイヤルガード隊長神楽崎優子だ。見ての通り、キミ達を制圧できるような力はない。リーダーと話をさせてくれ」 毒に侵され、血に染まった服を纏う優子。 百合園女学院の制服を纏った、ロザリンド。 シャベルだけを持った軽装の歌菜が、慎重に正面から研究棟へと歩いて行く。 入口のドアに近づいた途端。 ドアのロックが外れて、自動的に開いた。 3人が研究棟のロビーに入った途端。ドアは閉ざされ――多くの銃口が、3人に向けられた。 「神楽崎さん、私に任せてください! 援護お願いします!」 即、歌菜が2人の前に出た。 ガスマスクをしたテロリストの姿がちらりと見え、銃口から弾丸が飛び出す。 歌菜はシャベルを操って、銃弾を受けていく。 「……くっ、ラズィーヤさん、聞こえますか!? あなたがリーダーなら、攻撃をやめさせてください。私達を殺してもシャンバラは救われない!」 放たれた弾丸を、辛うじて刀で弾きながら優子は苦しげに大きな声で言った。 『相変わらず、猪突猛進ですわね。少しは頭を使うことできませんの?』 館内のスピーカーから流れてきた嘲るような声は……ラズィーヤのものだった。 「……く……っ」 テロリストからの攻撃はやまない。 シャベルで弾き損ねた弾丸が、歌菜の体を傷つけていく。 (本当の気持ちは別にあるはず。嘘の言葉の中から、真実を見つけ出すことが私達のすべきこと……!) 傷つきながら、歌菜は必死に声を上げる。 「ラズィーヤさん、どうしてこんな事を……! フィローズさんを救うにしても、もっと他に方法がある筈です。 これでは不正をしたと認めている事と同じじゃないですか……っ!」 『方法ならいくらでもありますけれど、面倒になりましたの。準備が整いましたので』 「準備……あっ」 「歌菜さん!」 連続して浴びせられた弾丸から、ロザリンドが歌菜を庇う。 弾丸はロザリンドの背にいくつも命中した。 「ロザリンドさん……!」 「大丈夫です。新聞紙を厚く体に巻き付けて来ましたので」 傷は深くはない。 ロザリンドは、スピーカーを睨み据えて言う。 「今、ラズィーヤさんがやろうとしていることは、ヴァイシャリーやシャンバラだけではなく、この世界のためでしょうか?」 『ええ、世界のためですわ』 「それは……静香さんのためでもあるのでしょうか?」 『うふふ……静香さんのためではありませんわね。あのような臆病で弱虫なペット、わたくしにはもう不要ですわ』 「ラズィーヤさん、どこにいるのですか? 直接話がしたい!」 優子が絞り出すような声で言った。 『わたくしは、人質の皆さんの近くにいますわ。皆さんの命は、わたくしが握っていますのよ。わたくしの仲間をあなた達が傷つけたのなら、あなた達の仲間に、わたくしがお返しをしますわね』 「私の知っているラズィーヤさんはそんな事はしない! 本当のラズィーヤさんを……大切な人達を、返して……!」 歌菜は道中袋に詰めてきた砂を周りにふりまいた。 「ハッ!」 敵の攻撃が緩んだその隙に、優子が刀で事務室の鍵を壊した。 「こっちだ」 3人は事務室の中へと一旦避難して、棚を動かし入口を塞いだ。 「はあ……はあ……」 「優子さん……!」 よろめく優子をロザリンドが支え、ヒールをかける。 「私はいい。毒の影響で治ることはないからな。自分達の傷を癒せ……いつでも、退けるように」 「退きません。大丈夫です」 ロザリンドは優子にヒールをかけた後、歌菜の傷を魔法で癒す。 歌菜の身体は傷だらけで、完全に治すことは出来なかった。 「私も皆を助けるまでは、絶対にっ」 歌菜は歯を食いしばり、遠くを見据えた。 「倒れません……!」 ○ ○ ○ 「よし、とっとと行こうぜ」 「待てキロス。人質がどこにいるのかわかっているのか?」 「適当に行けば着くだろ」 「限られた時間を無駄にはできない。──これは、この大学のパンフレットだ。大ざっぱな見取り図だが、目的の部屋の位置を確認するくらいには使えるだろう」 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の落ち着いた言葉に、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)は自身がかなり焦っていたことを自覚した。 レンはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にも目を向ける。 「セレアナ、おまえもだ。気持ちはわかるが、今は冷静にな」 「私は別に……いいえ、そうね。ありがとう、もう大丈夫よ」 最愛のパートナー、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)を人質にとられても気丈に振舞っていたセレアナだったが、見る人が見れば焦っているのがわかった。 (必ず助けるわ、セレン。まだまだあなたとやりたいことが沢山あるの。こんなところで失うわけにはいかないのよ。もし、セレンがいなくなってしまうのなら、そうなるくらいなら……) 覚悟を決めたセレアナの表情は、氷の刃のように研ぎ澄まされていた。 「さて、人質が研究棟のどこにいるかだが。大勢を収容できる密室となると……」 「ここね、第五研究室」 「さすがセレアナ。見取り図を見ればわかるが三階だ」 「一階から潜入してすんなり三階まで行けるとは思えないわ。見張りのテロリストがいるはず。固まって行動するよりバラバラに動いたほうがよさそうね」 「そうだな。ラズィーヤもきっとそこにいる。俺は人質救出に力を入れるが、四階まで行って床をぶち抜こうと思う」 「そりゃまた奇想天外だな。どうやるんだ?」 キロスが聞いた。 「龍鱗化とチャージブレイク、グラビティコントロールと疾風突きなら下の奴らが破壊した床に潰されることはないはずだ」 「ん……そいつはどうかな。今は魔法はほとんど役に立たない。鉄筋で頑丈に造られたこの建物にきくとは思えねぇな」 「ああ……特殊フィールドか。そうか、それならラズィーヤをどうにかするしかないのか」 レンは複雑な表情をしていた。 彼とラズィーヤは、それなりに縁があるからだ。 しかし、それを振り払ってレンは行動開始を宣言した。 「行くぞ。ラズィーヤを倒し、人質を全員無事に救出する」 |
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