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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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 第6章 チェラ・プレソンにて1 〜あなたが“先”を決めるまで〜

「あったかいチョコレートドリンクですよー!」
「『ツンデレーション』からのバレンタインプレゼントだよ!」
 チェラ・プレソンの店頭で、衿栖未散は道行く人々にお菓子やチョコレートドリンクを配っていた。人気上昇中アイドルユニットから手渡されるということもあり、店先を訪れる人は後を絶たない。
「うおぉ、衿栖ちゃんからチョコもらったぜ!」
「俺、このお菓子一生飾っとくんだ……」
 ――PVの効果なのか、若い男性が若干(かなり)多い気もするが。
「盛況ですね! お2人の衣装も好評のようで良かったです!」
 2人を店の奥から眺め、伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)は満足そうに頷いた。彼は今日、846プロのスタイリスト兼イナテミスファームの一員としてキャンペーンに協力している。この日の見立ては、色違いのロリータ服。衿栖は黒と赤、未散は白と青を基調にしていて、2人のアンティークドールが笑顔を届けているような、そんな可愛らしさが感じられる。
「順調ですわね〜」
「ええ、こうして少しずつ、イナテミスファームをもっと多くの人に知ってもらいましょう」
 カウンターの奥では、パティシエ姿の志位 大地(しい・だいち)シーラとそんな話をしている。大地はイナテミスという精霊都市、ひいてはイナテミスファームをたくさんの人に知ってもらい、気軽に訪れてもらえる場所にしていきたいと考えていた。
 とはいえ、ファームのお菓子を一番に食べてほしいのはやはり恋人であり。
 彼は今、店を訪れると連絡してきたティエリーティアを心待ちにしていた。
(ああ、ティエルさんに早く会いたい……!)

              ◇◇◇◇◇◇

「あ、このケーキ美味しいわ」
 テーブル席に座ったフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は、ケーキを一口食べてそう言った。するりと、何も考えずに出た言葉。それは、純粋な感想。
「リネンのも美味しそうね」
「う、うん……少し食べる?」
「いいの? じゃあ、ちょっとだけ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の差し出した皿から、フリューネはケーキをフォークで切り出す。口に入れると、彼女は表情をほころばせた。
「んー、やっぱり甘い物はいいわね。癒されるわー」
 幸せに満ちた顔でその一口を味わうと、フリューネは店内を見回した。
「バレンタインフェアだからケーキやお菓子がメインだけど、それ以外のものも売ってるのね」
 ファーム直送の野菜や果物、チーズやヨーグルト等の乳製品にソーセージまで、売り場には多岐に渡った商品が置いてある。
「そうね、バレンタイン……」
 応えつつ、リネンはこれまでの、フリューネと出会ってからの軌跡を思い出す。
「もう3年目よね……フリューネと会って。最初の年はバレンタインどころじゃなかったけど」
 3年前の2月は、戦いの最中にいたから。
 だから、バレンタインの思い出は1度だけ。今日が、2度目のバレンタイン。
「去年もカナンの事とか忙しかったし……あ、今年もまだニルヴァーナ探索とか、滅びの予兆とか、先はわからないけど……」
 懐かしい、という程に遠い過去の話ではない。だが、以前の出来事を振り返り、それから、今も世界情勢が安定したわけではないのだ、と我に返って少し慌てる。
 落ち着くためにも、カップを手に取ってお茶を飲む。
 一呼吸置いて、リネンは穏やかな笑みを浮かべた。薄く昇る湯気越しには、リラックスしたフリューネの顔。
「……でも、こんなにゆっくりできたのって初めてな気がするわ」
 それを聞いて、フリューネはふと手を止めた。ゆっくりと目を閉じる。五感に流れ込んでくるのはスイーツの甘い匂いと、楽しそうな人々の声。そのただ中にこうして身を置いているのが、不思議な気もする。まるで、夢の世界にいるような。
「そうかもしれないわね」
 最後の一口は、やはり、ものすごく美味しかった。
“甘さ”を感じられる。それが、夢ではない――証拠。

 店を出てから気ままに街をぶらつき、別れ際。
 バレンタイン仕様の、可愛らしい装飾が施された小さな広場。
 これから時を過ごすのであろうカップルが待ち合わせて消えていく中、リネンは、用意していたチョコレートを取り出した。
「はい……今年のチョコレート」
 去年のクリスマスを思い描きながら、そして、感謝の念を抱きながらフリューネに渡す。
「ありがとう」
「けど、今年は友達として、じゃないからね?」
 フリューネの声とリネンの声が、ほぼ同時に空中に消える。被ってしまった言葉の後の、僅かな、間。彼女が少し驚いているのが、リネンにはわかった。
 2021年12月24日、リネンはフリューネに告白した。好きになってもいい? と聞いて返ってきた答えは、「リネンが好きになってくれるなら、私がそれを止めることはできない」というもの。
 好きでいてくれていいよ、という意味の言葉。優しく背に触れていたフリューネの手。
 それを忘れることはない。
「フリューネが恋とかまだ考えたくないし、悩んでるっていうのは知ってるわ。それにパラミタでも……結婚とか難しいのはわかってるし……フリューネには、ロスヴァイセ家の事もあるし」
 恋とか結婚を、迷って避けてるのは知っている。だけど、やっぱりはっきりさせなきゃ。そう決意して、勇気を出して、リネンは言う。
「……でも、いつかフリューネがそういった、結婚とか……決める時まででいいから……隣にいても……一緒に飛んでもいい?」