なし

　ライフセーバーたちが、慌ただしく波打ち際に駆けていきます。
　──季節は、夏。ここは、パラミタ内海に浮かぶ小さな島。

「あれは……たしか、うちの先輩の……？」

　腰よりも、少し下。太腿より少し上くらいまでの水の中で、バタ足の練習をする少女の手を引いていた詩壇　彩夜（しだん・あや）は、ライフセーバーたちの中に交じっている見覚えのある顔──加能　シズル（かのう・しずる）の姿に気付き、眼を丸くします。
　
　と、同時に。背中が水中で、不意に他の誰かとぶつかりあって、振り返りました。

「あ、すいま……先生？」
「あら、詩壇さん。ごきげんよう」
　
　彩夜や、他のレジャー客たちと同じように水着姿の卜部　泪（うらべ・るい）。その素肌には日焼け止めクリームがよく塗り込まれていて、そこに海水の、水分の珠が転がって、きらきらと光り輝いていました。
　教え子と、教師。ばったり出くわしたふたりは横目で、運ばれていく雅羅の様子を見つめながら言葉を交わします。

「さすが、加能さんったら、生真面目というかなんというか。せっかくのバカンスなのに、遊びよりも人助けに夢中ですね」
「え？　アルバイトとかじゃないんですか？」

　生真面目で、困った人を放っておけないんですよ。言いつつ、泪先生は彩夜に肩を竦めて見せます。
　その、観光客のはずの黒髪の先輩。シズルは彩夜と彼女が見ている向こうで、他のライフセーバーたちよりむしろライフセーバーらしいくらい先頭に立って、水中から引き揚げた、溺れていた相手に人工呼吸を施していました。

「先輩も先生もご旅行ですか？」
「はい。彼女と、もう何人か、生徒に誘われて。あなたは？」
「わたしは──ええ、っと」

　少しずれた水着をなおしてから、彩夜は頬を掻きます。
　言っていいものやら。言いにくいやら。
　ちらと、つい先ほどまで自身が手を引いて泳ぎの練習を手伝っていた少女のほうを、見遣って。
　
　──まだか、彩夜すけ。はやく続きをやるのだ。
　
　この島の主である、砂浜の地祇。名前を、『蒼の月』。水辺を司るはずの彼女が、カナヅチであること。
　彼女からの依頼で泳ぎを教えにきた彩夜もまた、実はカナヅチであること。
　島のコテージを好きに使って、執筆活動に勤しんでいいという報酬に釣られたこと。
　
　遠く、鯨の潮が水平線に見える島で、彩夜は言葉に詰まっていました。


　さあ──夏真っ盛りの蒼い海が、白い砂浜が。皆さんを、待っています。

　ごきげんよう、ゲームマスターの６４０です。今回は夏らしく、太陽の照りつける海と島が舞台のシナリオとなっています。

　今回皆さんが訪れるのは、パラミタ内海に浮かぶ小さな島。歩いて一周しても数時間かからないこの島は、近海をサンゴ礁に囲まれ、周囲には白い砂浜が広がっています。
　少し沖に出れば大型の鯨たちが群れを成しており、中でも巨大なものは島そのものすら飲みこむほどの大きさのものもかつての記録には残されており、これによってホエール・ウォッチングもまたこの島の観光資源として徐々に認知されてきているようです。
　これには島の主であり守護者でもある地祇、『蒼の月』がオープンな考え方であり「世間に取り残されないためにはお金も必要、というかお金大好き」という思考の持ち主であることから、彼女が提携を結んだ日本系企業の資本によって、ツアーが組まれたりもしていることが原因にあるようですね。また、サンゴ礁でのダイビングもなかなか人気があるようです。
　もともとこの島に住んでいる人間はごく少数ですが、観光シーズン・観光地ということもあり、観光客も、宿泊施設であるコテージや海の家での従業員・アルバイトたちも島の規模としては驚くほど、今の時期は滞在しています。

　島の主である今回と後編のみの登場ＮＰＣ『蒼の月』は、水辺の地祇であるはずなのにカナヅチであり、そのことを気にして知人を通じ紹介された彩夜に、泳ぎを教わっています。──尤も、教える彩夜自身がカナヅチということもあり、イマイチ捗っていないようですが。
　シズルは泪先生の引率の元、友人たちとともにバカンスに島を訪れています。しかしながらあまり浮かれる性格でもないこともあり、気が付けばライフセーバーのアルバイトたちに交じって、クラゲに刺されたり、足がつったりして溺れた人々を助けてまわっているようです。本人的には充実しているようなのでそれでいいのでしょう。

　そんな島での、ひと夏のひととき。前編の今回は、皆さんに島でのバカンスや泳ぎを彩夜たちと満喫したり、きれいな海を臨みながらのアルバイトにシズルとともに精を出してみたりしていただければと思っています。
　ごゆるりと、夏の島での生活を楽しんでください。

・波打ち際で、のんびりと水遊びを楽しむ

・サンゴ礁に潜って魚たちを観察する。

・流された水着を探す。

・海の家で涼みながらのんびりする。