実りの季節、秋。
とある場所にその名にふさわしい山がありました。
木々は実をつけ、その下には山の幸が生え、川では肥えた魚が悠々と泳いでいます。
その山に名前らしい名前は無く、近くに住む人たちはその山を実りの山と呼んでいました。
その知る人ぞ知る山を遠くの屋敷のバルコニーから眺める一人の少女がいました。
年は十歳ほどでしょうか、小さい背丈にくりっとした青い目と長い金色の髪も手伝ってその姿は精緻な人形のようでした。
「のう、ソーマ」
「なんでしょう、ルチアお嬢様」
ルチアと呼ばれた少女は後ろに控えていた執事服の男に視線を向けます。
オールバックの髪に銀縁のフレームが特徴的な少し神経質そうな男。これだけなら一般的な執事の姿から大きく外れるものではありませんが、顔と手の甲につけられた無数の傷跡が彼の存在を異質なものにしていました。
ソーマはニッコリと微笑みながらルチアが放つ次の言葉を待ちました。
「秋は美味しい食べ物がいっぱいあって、あの山には美味しいものが沢山あるのう?」
「左様でございます。近辺の皆様はあの山にて多くの秋を収穫いたします」
「妾もやってみたいのじゃ!」
「それはよい事です。外に出て自らが採った食材で夕食を作れば絶品は間違いございません。……それで、お嬢様。いったい何を採りに行きましょう?」
「全部じゃ」
沈黙。
こともなげにそう返したルチアの顔を見て、それが嘘や冗談じゃないことをソーマは察しました。
「全部……に、ございますか? それはいささか無理があるかと、それに他の皆様が採る分も残しておかなくては……」
「いやじゃ! 妾が全部と言ったら全部採るのじゃ!」
「そう申されましても……」
「いやじゃいやじゃ! いやじゃ〜〜〜〜!!」
ルチアは駄々っ子のように地団駄を踏むと、バルコニーから部屋へ入りベッドにダイブして大暴れしながら枕やクッションをソーマに投げつけます。
と、
「何事ですかお嬢様!」
「何かお困りごとでございますか!?」
渋く低い声とやけに甲高い男の声が聞こえるのと同時に二人の男が部屋へ入ってきました。
一方は山のような体躯の背中に布で刃をぐるぐる巻きにした大太刀を持った男。もう一方は低い背丈を猫背でさらに丸め、ベルトの両脇にナイフを携えた男です。
「グレゴ〜! ソーマが山の物が全部欲しいと言ったら猛反対するのじゃ〜!」
ルチアは名前を呼びながら大太刀持ちの男に抱きつきます。
「なんだとおおおおおおおおおおおおおおお! ソーマ殿! なんということを……! お嬢様、ご安心召されい。このグレゴ、お嬢様の望むものでしたら山の一つや二つ手に入れる所存!」
「さすがグレゴ! 大好きなのじゃ!」
「二代目様! 不肖このギースめもお手伝いさせていただきます!」
「うむうむ、ギースも大好きじゃ!」
さっきまでの泣きそうな顔など存在しなかったようにルチアはほくほくした笑顔を見せると、視線をソーマの背中に向ける。
「ソーマ殿! なぜお嬢様が望まれるものを用意しない!」
「そうですぜ! 二代目様を泣かせるなんてとんでもない!」
ソーマは振り向かずにそのまま答えます。
「ルチア様のお父上、先代が亡くなられて早半年、お嬢様にもそろそろ二代目の自覚を持っていただきたかったのです」
「まだ半年じゃないですか! それに二代目様はこの間ようやく十歳になられたばかりですよ!」
「そうだぞ! それを山の一つや二つでガタガタと肝の小さい男だ!」
「……先代が見ていたらなんと仰られることか」
ソーマは聞こえないように一人ごちると、大きくため息をついて振り返りました。
「分かりました。それでは部下を総動員し、山狩りを開始します。お嬢様も汚れて良いお召し物に着替えて準備をしてください」
「やったぁー! ソーマも大好きなのじゃ!」
「さすがソーマさん、話の分かる」
「ソーマ殿の肝は海ほど広かったようだ!」
ソーマは何も答えずにルチアの部屋を後にし、二人も後に続く。ドアを閉め、ルチアの部屋から離れたところで踵を返すとソーマは二人を見つめ、
「てめえら……足りない頭でよくもまあほいほいと了承してくれたなぁ……?」
まるで肺か胃袋が地獄と繋がってるのかと錯覚を覚えるほど重く、低い声が周囲に響きました。
先ほどまでのにこやかな表情と違い、ソーマの目には刃物のような鋭さと冷たさが宿っています。
「ただでさえ、あんな小さい子を二代目にして下の奴らが不信感持ってるときに、こんな事してる場合じゃねえだろ?」
そのまま斬り殺しそうな眼光を二人に向けながら、ソーマは深いため息をつきました。
「まあ、いいです。お嬢様のあの傲慢さはマフィアとしては充分な資質だし、その二代目としての威厳や風格は追々に身につけて貰いましょう。今は山狩りに集中です」
「それなら、我が輩は部下を連れて川辺で魚でも捕まえるとしよう」
グレゴがそう言うと、ギースも続きます。
「なら、おいらは山中で果物とキノコでも調達しますよ」
「俺はお嬢様の護衛だ。……部下全員に通達しろ、来年から実が成らなくなるまで徹底的に刈り取ってルチアーノファミリーの恐ろしさを見せつけてやれってな」
「承知!」
「了解です!」
グレゴとギースは足早にその場を立ち去ると、ソーマはポケットから胃薬を取り出して飲み込みました。
「こんなことをして、先代が築き上げたマフィアとしての地位に泥がつかなければいいが……なんなら、誰かに泣くほど説教されればお嬢様も少しは反省してくれるか……と言っても、俺から誰かに助けを求めるわけにもいかないから、住人の動き次第だな」
ソーマは再び重いため息をつきました。