空京

　――ファウスト・ストラトス。

　シャンバラに住むクラシックファンで、彼の名前を知る者は少なくありません。
　“ベートーヴェンの再来”と謳われた演奏家にして作曲家でした。
　30代半ばを過ぎてからクラシック界に彗星の如く現れた彼は、作曲と指揮で次々と人気を得ていったといいます。
　彼の作曲した曲の素晴らしさは、“神のために作られた旋律”と謳われ、いつの頃からか『神劇の旋律』と呼ばれるようになり、瞬く間にクラシックファンを魅了していきました。
　しかし、突然の事故により、『神劇の旋律』は10年という短い間に幕を下ろしてしまいました。

　彼が率いていたストラトス楽団は解散し、彼が演奏の時に必ず使用していた楽器と楽譜は楽団員に引き取られたり、好事家に買われたりするなどしてシャンバラ各地へと散っていきました。


　空京。
　シャンバラ宮殿の近くにある野外ステージで、女性中心の楽団が演奏会を行っています。
　街に訪れていた人々が足を止め、美しい音色に耳を傾けています。マスコミの姿もあります。
　演奏者の人数は、５０人くらい。
　指揮をしているのは、４０代くらいの男性です。
「あら？」
「あ……」
　シャンバラ宮殿に向むかっていたティセラ・リーブラ（てぃせら・りーぶら）とアレナ・ミセファヌス（あれな・みせふぁぬす）は、聞き覚えのある曲に足を止めました。
「聖歌、でしょうか」
　記憶をたどりながら、ティセラが言いました。
「はい、女王様に捧げる曲です。宮廷楽師の方々が、よく弾いてくださっていました。特別な日の、沢山の楽師さんたちによる演奏を女王様が聞くと、女王様が元気になって、シャンバラが元気になりました」
　昔を思い出しながら、アレナはそう言いました。
　楽団が演奏している曲は、紛れもなく、シャンバラの女王に献上されていた曲――讃歌。
　シャンバラの女王に捧げるために作られた神聖な旋律です。
「だけど、なんだか……変です。嬉しい気持ちになりません」
　アレナは言いようもない不安を感じていました。
「あら？　なんって魅力的なお客様でしょう」
　突如、指揮者の側にいた女性が２人に顔を向けました。仮面をした、スタイルの良い女性です。
「お連れして、仲間にいたしましょう。うふ、ふふふ……っ」
　彼女がそう言った途端、演奏をしていた男女の半数が立ち上がり、ティセラとアレナの方へ向かってきました。
　彼女達だけではありません。ステージの側にいた人々……旋律を聞いた人々が、うつろな目で、こちらに向かってきます。
「……逃げますわよ」
「は、はい」
　ティセラは人々を振り切り、アレナの手を引いて駆けだしました。
「演奏会はこれでおしまいですわ。さあ、あなたも、もうお行きなさい」
　指揮をしていた強面の男に、仮面の女はそう言うと。
「あなたなら、彼女を探し出せるはずですわ。そうね、部隊の半分を連れていっていいですわよ」
　ナラカへの門を開き、彼と、連れていた部下の半分をナラカに向かわせました。
「代わりを呼びませんと」
　そして部下の代わりに、仮面の女は魔物を召喚し、空京の街に放ちました。


　少し前。カフェ・ディオニウス。
　ザンスカールの街の一角に、美人三姉妹、トレーネ・ディオニウス（とれーね・でぃおにうす）、シェリエ・ディオニウス（しぇりえ・でぃおにうす）、パフューム・ディオニウス（ぱふゅーむ・でぃおにうす）が経営している、こぢんまりとしたお洒落な喫茶店があります。
「この曲……」
　次女のシェリエが、テレビから流れてくる曲に皿を洗う手を止めました。
「パ、パパの演奏だっ。特別な時にしか演奏しなかった、特別な旋律だよっ。でもどうして！？」
　三女のパフュームは、客には聞こえないよう、長女トレーネに近づいて言いました。
　トレーネは静かに頷きました。そして、三姉妹は厨房でテレビを見ながら相談を始めます。
「間違いありませんわ。まだ集めきれていない、最後のフルスコアですわ」
　三姉妹は父親の形見と思わしき楽器を集めていました。
　楽器は全て三姉妹の元に戻ってきましたが、楽譜だけはまだ、一部しか取り戻せていません。
　その形見の最後の一つである、ストラトス・フルスコアを用いて、何者かが空京で演奏をしているようです。
　テレビに映っている空京の人々は、うつろな目をしています。
「楽器が足りませんの」
　突然、テレビの中の女性。指揮者の側にいた――仮面をつけた女性が、カメラに目を向けてきました。
「持ってきてくださいます？　でないと、空京市民が宮殿に押し入って、射殺されてしまうのですわ。困りましたわねぇ」
　艶やかな笑い声をあげるその女性の名を、三姉妹は知っています。
「バルタザール――」
　だけれど、彼女の真の目的はわかりません。何故、父の形見と思われる楽器を狙っているのか。
「あ……お母様」
　その時、トレーネにテレパシーが届きました。
　いつもとぎれとぎれで、きちんと聞き取れないそのテレパシーは、ナラカから――ナラカにいる彼女達の母親、グリューネル・ディオニウスが送っているものです。
　今回も、全ては聞き取れませんでした。
　しかし、母が何者かに狙われているということだけは、わかったのです。
「シュリエ、あなたは楽器を持って、空京に行きなさい。神劇の旋律を奏でられる者達を集めるのです。正しく演奏ができれば、人々を戻すことができるはずですわ」
　シュリエは強張った顔で、頷きました。
「パフューム、あなたはお母様の元へ……行ってもらえる？」
「行きたい！　ママのところに行けるの？　どうやって」
「お母様と協力してゲートを開きますわ。ここの地下からナラカに向うのです。わたくしはゲートを開いている間、その場を離れることはできません。だから、お願い２人とも」
　トレーネの切実な言葉に、シュリエとパフュームはこくりと頷きました。
「お母様の事も、タイミング的に、あの女性――バルタザールの仕業と考えられますわ」
　自分達の目を空京に向けさせて、その間に母を捕らえようとしているのではないか、トレーネはそう考えました。
　三姉妹は頷き合って、知り合いや、事情を知る者達に声をかけて協力を仰ぎながら、急ぎ準備をしていきます。


　シャンバラ宮殿。
　街の様子は、ロイヤルガード隊長神楽崎　優子（かぐらざき・ゆうこ）や政府関係者により、すぐに代王高根沢　理子（たかねざわ・りこ）に報告されました。
「音楽を直接聞いた一般人……マスコミや、政治家、警察官に至るまで、心神喪失状態に陥っています。契約者にはあまり影響はないようです」
　人々は操られているかのように宮殿に押し寄せて、先へと――女王アイシャ・シュヴァーラ（あいしゃ・しゅう゛ぁーら）の元へと行こうとしています。
　市民を傷つけることはできず、既に正門は突破されてしまっています。
「わかった。ロイヤルガードはここの防衛と、原因究明を急いで。駐留軍はもう動いてくれてるわね？　各学園にも緊急救援要請を！」
　理子は、そう指示を出すと、自分はバルコニーに向って行きました。

「皆、聞いて！　アイシャ様は皆を守ってくれてるの。シャンバラを守ってくれてるの！　邪悪な意思に負けないで！　シャンバラの民として、一緒に戦って！！」
　バルコニーで人々に必死に呼びかける理子の元に、石が飛んできました。
　彼女の眉間を掠め、血が頬に流れ落ちても――理子は前面に立ち、市民と向かい合い、演説をやめません。

「……っ、一切手を出すな。押し返すこともするな。我々は決して崩れることのない、強固な壁だ。すべての攻撃を受け止め、耐えて、後ろに通すな！」
　優子はロイヤルガードを指揮し、宮殿正面で壁となり、沢山の打撃を受けながら市民を阻んでいました。
　市民たちの中には、武器を持っている者も、翼を持っているものもいます。魔法を使う者もいました。
　壁となっている者達を、後方にいるメンバーが回復し続けます。
　体力と精神力が尽きた時。
　市民たちは壁を破壊して、宮殿内部へ突入を果たしてしまうでしょう。

■2012年8月1日：追記
【１】三姉妹に協力して、ナラカに行くに説明を追記いたしました。


こちらは、【神劇の旋律】の最終章にして、以後の展開のプロローグにも当たるシナリオとなります。

これまで、神劇の旋律をお楽しみいただいていました方も、世界的なお話しに関わっていこうという方も。
この１回限りに全身全霊を籠めて遊びたい方も、良く解らないのでとりあえず巻き込まれたい方も！　ぜひご参加ください！

今回は、参加された方全員に、三姉妹関連のアイテムをプレゼントいたします！

アクションの目的欄に、以下の選択肢から、目的に一番近い番号を（【　】付きで）入れてください。

【１】三姉妹に協力して、ナラカに行く
【２】バルタザールに協力して、ナラカに行く
【３】カフェ・ディオニウスで働く、客としてまったり
【４】宮殿、空京を守る
【５】空京で暴れる
【６】「神劇の旋律」奏者として立候補
【７】巻き込まれる！
【８】その他

■選択肢解説
【１】三姉妹に協力して、ナラカに行く
三女、パフュームと一緒にナラカに、彼女達の母親を助けに行きます。
三姉妹との関係を表す（知り合いでＯＫ）称号の表示と、現時点で敵対していないことが同行の条件となります。
ナラカで強面の男性や従者、バルタザールの手の者と戦うことになります。
三姉妹の物語の核心に迫る章となります。
尚、奈落人以外のＰＣはデスプルーフリングを装備していないとナラカでは動きが鈍るため（ＮＰＣは全てデスプルーフリングの類の物を装備しています）、思うような行動がとれない可能性があります。
登場ＰＣ数は少な目、登場量は多めとなります（アクション重視判定）。

ナラカでの活動につきましては、デスプルーフリング以外に、パワードスーツ一式（パワードヘルム・パワードアーム・パワードマスク・パワードレッグ・パワードインナー・パワードアーマー・パワードバックパック。改も同様）、ソウルアベレイターのスキル「冥界渡り」を装備していれば、いつも通り動けます。

【２】バルタザールに協力して、ナラカに行く
バルタザールに興味を持ち、空京で演奏に協力していたとして。もしくは、操られた状態で向かい、ＰＣ達と対決することになります。
登場ＰＣ数は少な目、描写量は多めとなります。

【３】カフェ・ディオニウスで働く、客としてまったり
三姉妹に代わって、お店でイベントを行い契約者を集めたり、お客として訪れてまったり過ごします。
事件後のシーンで採用させていただく可能性もあります。……残念な三人組に会ってしまうかもしれません！

【４】宮殿、空京を守る
ティセラとアレナはバルタザールに狙われています。
ティセラは星剣ビックディッパーで自分の身は守れますが、星剣使用時にはアレナの手を離します。
アレナは、武器を持っておらず、星剣も使用できません。
彼女達と親しいロイヤルガードのメンバーは、２人を助けに向うかもしれません（優子除く）。
その他のロイヤルガードのＮＰＣ（シャンバラで普通に活動している人物のみ）は、宮殿の敷地内で対処に当たっています。
ロイヤルガードのＰＣは宮殿にいたとして、行動していただいても構いません。
ロイヤルガード以外の方は、シュリエと共に駆け付けた、救援要請を受けて駆け付けた、暴動を知って駆け付けた、もしくは、空京にいたら巻き込まれたとしての行動になります。

アクション、装備にミスや問題（上記条件外の行動など）がなく、市民を抑えようとするオーソドックスな行動が記入されていた場合、防衛に協力した人達として、名前がリアクションに登場し、称号が発行されます。
市民（数百?数千）は主に、宮殿に向かっています。街中には獣タイプの魔物（百くらい）がおり、無差別に攻撃してきます。
宮殿については、市民に建物の中に入り込まれた時点で、失敗となります（武力で市民を強制排除）。
心神喪失状態の市民には、精神攻撃は効きません（睡眠含む）。
全ての状況は、複数の放送局により全国に中継放送されています。
登場ＰＣ数は多め、登場量はアクションの内容により、名前だけ?やや少なめとなります。

【５】空京で暴れる
一般の市民たちと同様に、呪われたとして暴れても構いません（イコン搭乗不可）。

【６】「神劇の旋律」奏者として立候補、推薦
音楽の心得があるとの設定、音楽関係のクラスの方は、奏者に立候補できます（立候補はＭＣ、ＬＣどちらか片方のみでお願いします）。
性別や年齢の制限はありません。
奏者として認められた方は、名前がリアクションに登場し、宮廷楽師、宮廷楽団員、女王お抱え楽師……のような称号が発行されます（検討中）。
演奏の技術よりも、神劇の旋律（聖歌）を奏でる心が重視されます。
想いが書かれていない方や、邪念を持っている方が選ばれることはありません。
登場ＰＣ数は多め、登場量は名前だけ?やや少なめとなります。

【７】巻き込まれる！
何をしたらいいのか思いつかない方用の選択肢です。
手段欄には、お任せ！　の一言か、酷い目にあってもいいかどうか、ＰＣ設定、空京（もしくはカフェ・ディオニウス）に何をしに来たのか、のみ書いてもＯＫです。
ほぼ名前だけ、どこかに登場します。
上記以外のこと（アクションに当たることや、展開の希望や、ＮＰＣと一緒にいるという設定など）が書かれていた場合は、【８】その他としての判定となります。

【８】その他
極めて採用の可能性は低いですが、何か思いつきましたらどうぞ！
他の皆を楽しませる行動、内容については書かせていただく可能性があります。

※ＭＣは【１】、ＬＣは【２】などのＭＣとＬＣが別の目的で行動することは不可となります。
ただし、ＬＣが【２】、ＭＣは描写不要とし、ＭＣのアクション欄もＬＣの行動として記入……などはＯＫといたします。
※選択肢をまたぐ行動やダブルアクションもお避けください（採用の可能性が激減します）。

パフュームを励ました後、バルタザールの手の者と戦って、グリューネルを助けて、介抱する。などもそれぞれについての台詞や行動が書かれていた場合、ダブルアクションと判定いたします。
皆で楽しめるよう、分担しましょう！
自分は、パフュームとの話を担当するのか、戦いを担当するのか、グリューネルの救出を担当するのかわかるように書いてくださいませ。

■イコンについて
このシナリオではイコンをナラカには持ち込むことはできません。
空京の事件につきましても、イコン戦に適してはいないため、戦闘目的での持ち込みは不要となります。
（イコンで空京市民を虐殺など、シナリオに関係のない悪役行動も不採用となります）

■人物説明
・バルタザール
仮面で顔を隠した妙齢な女性。口元だけが見えおり、口元には深紅のルージュを塗っている。
ドＳで、女性の嬌声を聞くのが好き。
類希な魔法の使い手。強力な攻撃魔法や召喚魔法等を使ってくる。
※男性には容赦のない攻撃をしてきます。好みの女性はコレクションにしようとします。

・強面の男
４０代ぐらいに見える男。命令に忠実。冷酷な表情で、任務を遂行する。
細身の剣を用い、素早い動きで攻撃してくる。
バルタザールの部下の他に、剣士系の従者と、魔術師系の従者を連れている。共に非常に強く、残虐。

・ファウスト・ストラトス
シェリエ、トレーネ、パフュームの父親で地球人。眼鏡を掛けた穏やかな雰囲気の男性だった。
幼少の頃から音楽活動をしていたが目が出ず、鳴かず飛ばずの時代が長かった。
グリューネルと出会った後に、才能が開花。

・グリューネル・ディオニウス
シェリエ、トレーネ、パフュームの母親。
5000年前のシャンバラ古王国時代から生き続けていた魔女。
元々はシャンバラ女王に音楽を提供していた宮廷楽師。
※三姉妹は父の音楽活動を邪魔しないよう、幼少の頃から母方の姓を名乗っており、自分達がファウストの子供達である事は世間に明かしていません。

■関連キャラクエ
三輪の花
（三姉妹と知り合いになれます。残念な三人組に会う可能性も？）

潜入！　楽器を奪還せよ！
（三姉妹と冒険をします）

【神劇の旋律】魔音覚醒
（デスプルーフリングが手に入ります。公開は７／２８の１０時３０分以降となります）

尚、予想以上のアクションをいただけた際には、【３】の大半と【４】の一部は、川岸以外のマスターが執筆を担当いたします。
それでは、アクション楽しみにお待ちしております！

・【１】三姉妹に協力して、ナラカに行く

・【３】カフェ・ディオニウスで働く、客としてまったり

・【４】宮殿、空京を守る

・【６】「神劇の旋律」奏者として立候補、推薦

・【７】巻き込まれる！