「おい、ムシミスはまだ秘宝について話さないのか?」
「はい、ムティル様。大分こちらと打ち解けてはいるのですが……」
「御託はいい。ムシミスはたしかにお祖父様から秘宝について聞いている筈だ。何としても聞き出すんだ」
ムティルは、タシガンにあるジャウ家の長男です。
ジャウ家は、かつては名門の家柄だったものの、今はその家柄も落ちぶれ名声も過去の物となりかけています。
そのジャウ家を名門たらしめているもののひとつが、秘宝の存在でした。
『信じあう者たちの秘宝』。
その存在、効用は明らかではないものの、ジャウ家に封印され、代々ジャウ家の名を継ぐ者に伝えられているそうです。
先日、ムティルの祖父であるジャウ家当主がムティルに代を譲り、突然放浪の旅に出たのです。
「くそっ。なんでお祖父様は俺に秘宝の事を伝えてくれなかったんだ……っ!」
ムティルは唇を噛みます。
彼はジェイダスを尊敬する祖父の強い勧めもあって、勉強のため、一時薔薇の学舎に学びに来ていたのです。
ムティルの両親もまた旅に出ていていないため、その間、ジャウ家で祖父と共に暮らしていたのが弟のムシミス。
以前は仲の良い兄弟であったムティルとムシミスですが、久しぶりに会った弟に対して、ムティルは何故か無性に苛立つ心を押えきれずにいました。
「打ち解ける……そうだ」
暫く何事か考え込んでいたムティルは、ふいに顔を上げました。
「ムシミスに、家庭教師を呼ぼう。名目は何でもいい、とにかく人と関わらせるんだ。できれば、あいつを誘惑できるような奴をな…… ベッドの中でなら、できる話もあるだろう」
ムティルの形の良い唇は歪み、造形のはっきりした美しい顔は嗜虐的な笑みを浮かべていました。
「俺も、好みの男を物色できるしな……」
※※※
ムシミスは一人、自室で膝を抱いていました。
「兄さん……久しぶりに会ったのに、どうしてあんなに冷たいんだろう……」
柔らかい巻き毛の前髪に隠れた、美しい紫色の瞳。
そこに映る視界がぼやけます。
「早く、あのことを言わなきゃいけないのに…… 兄さんなら、きっと、分かってくれるはずだから……」
※※※
ジャウ家の広い広い庭園。
入口近くには東屋や噴水のある美しく落ち着いた景色が広がっています。
しかし、そこから奥へと続く1本の道。
うっそうと茂った植物の奥へと続くその道は、昼でもなお暗く、その先は見えません。
暗闇の中、がさがさと植物とも動物ともつかない何かが蠢く音が聞こえました。