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第1章 ジャウ家の庭で
ジャウ家の庭園。
敷地が広大なため、手入れは行き届いていると言い難いが、それでも植えられた植物、噴水や小路は趣味が良く、訪れる者の心を癒してくれる。
その小路を、メイド姿の高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は歩いていた。
手には、ハーブティーの入った花柄のティーポットとお菓子の盆。
東屋の元で本を読んでいる、ジャウ家の当主ムティルにそっと差し出す。
「ムティルさん、ハーブティーは如何ですか?」
「ああ、頼む」
本から目をあげると、気だるげに頷くムティル。
「じゃわもいただくですよー」
膝の上には、ジャウ家のマスコットを希望していたあい じゃわ(あい・じゃわ)が乗っている。
ハーブティーとクッキーを二人分差し出す結和。
時折、庭の奥で悲鳴とも動物の唸り声ともつかない音が響く。
「あの声、あの音……そうか、秘宝探索の人達ね! 秘宝よ秘宝、素敵じゃない? ねえねえ行ってみない?」
「セレン、あなた今どういう状況だか分かってる?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)のはしゃいだ声に、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は小さくため息をつく。
二人とも、メイド姿。
彼女たちは、ジャウ家のメイドだった。
そして今は、庭園の手入れの真っ最中。
しかしIOK……「いい加減(I)・大雑把(O)・気分屋(K)」と三拍子揃ったセレンフィリティにそんな事は関係ない。
頭の中はまだ見ぬ秘宝でいっぱい形良い胸は夢いっぱい。
箒を放り出して、小路の奥へ奥へと進んで行く。
そんな彼女の様子にため息をつきつつ、ジャウ家の仕事に就いた時点でほぼ想定済みだったわねとセレアナも彼女の後に続く。
「また、庭を荒らす不届き者がいるようであるな。このスコップの錆にしてくれよう」
庭師として仕事をしていた藍澤 黎(あいざわ・れい)が、右手に持ったスコップを構える、が。
「放っておけ」
主の一言に、拍子抜けしたように右手を下す。
「よろしいのですか?」
「ああ。元より庭は誰でも立ち入りが許されている。当然、秘宝目当てに潜り込む奴が出てくるのも日常茶飯事だ。しかし、実際秘宝を見つけた者は誰もいない。……無事に戻れるだけでも僥倖だろう」
どこか自嘲めいた様子で小さく笑う。
「ムティルさんは、秘宝を取りに行かないんですか?」
ジャウ家の執事として雇われた吉崎 樹(よしざき・いつき)は、ふと思いついたようにムティルに提案する。
「せっかくだから、兄弟二人で取りにいけばいいんじゃないかな?」
弟の存在を耳にしたムティルの顔が僅かに曇る。
「必要ない」
切り捨てるように、告げる。
「庭なら、既に何度も行ったことはある。しかし、その方法では見つけられない。そう言い伝えられてきたし、実際そうだったからな」
先程見せた自嘲は実体験だったのか。樹はムティルの言葉に納得する。
そして、先日興味本位で覗いてみた庭の奥の風景を思い出す。
あの、触手みたいな蔦や拷問具のような植物…… あの蔦にムティルも絡まれたり弄ばれたりしたのだろうか。
樹の脳内に、蔦に手足を拘束され締め付けられ、切なげに喘ぐムティルとムシミスの様子が浮かぶ。
(美青年、美少年と植物の絡み……うん、いい……いやいや、決してそんな光景を見るのが目的じゃなくてだな、二人の事が放っておけなくて……でもこれはこれで!)
自分の想像に、つい表情が緩む。
(また樹、ヘンなこと考えてるんじゃないかな)
そんな樹を、隣りに立つミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)が冷ややかな目で見つめていた。
「あの、ムティルさん。一緒に探すとまでいかなくても、一度、弟さんと話し合ってみてはいかがでしょうか?」
それまで樹とムティルのやりとりを黙って聞いていた結和が、口を開く。
「話があるならあいつの方から来るだろう。……そういう事だ」
自分の方に向けられたムティルの不機嫌な視線に、結和は手に持った盆をぎゅっと胸に抱く。
それでも、言葉は止まらない。
「すみません、過ぎたことを言いました。……でも、私にも、弟、みたいな存在がいるので」
結和はムティルを真っ直ぐに見る。
「兄弟は、仲良くあって、欲しいんです。私……私は、駄目な姉でしたから。私の理想のせいで、エメリヤンに頼って、護ってもらってしまって、あんな、ことに……」
結和の真摯な口調に、ムティルの表情から僅かに険しさが薄れる。
「弟を護るのが年長者の役目だろう」
ずきり。
ムティルの言葉に、結和は弟……今は病院のベッドに寝ているエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)の様子を思い浮かべ、胸の奥を疼かせる。
「ムティルさんも、そう思いますか?」
「……そうありたいと思っている」
意外に素直な彼の言葉に、結和は思わずくすりとほほ笑む。
「優しいんですね」
「違う。そういうものだからだ」
不自然なほど、少し早すぎる返答だった。
そして結和の顔を見て、言葉を続ける。
「――少なくとも、俺はそう思う。しかしそれが高峰にも当てはまるものなのかどうか、俺は知らない」
「……」
黙って唇を噛む結和。
一瞬訪れた沈黙を誤魔化すように、ムティルは樹の手を取る。
「それより、どうだ樹、今晩、暇か?」
「あ……」
ムティルの唇に、蠱惑的な笑みが浮かぶ。
紫色の瞳には戸惑う様な樹の姿が大きく映っている。
「良ければ、ミシェルも一緒にさ」
「……」
(あ、やばい)
ミシェルの無表情な顔に浮かんだそれに、いち早く気づいたのは樹だった。
(樹……殺してもいい? いいよね。お兄さんが死んでもまだ弟さんがいるし)
(いやいやいや、俺まだ放校されたくないし)
一瞬で繋がるアイコンタクト。
放校されなきゃ殺人はいいのかという論理的な問題はさて置いて、樹は急いで、しかし失礼にならない程度にムティルの手を押しとどめる。
「すみませんが、用事がありますから」
「あぁ、そう」
それ以上追及せず、頷いただけで手を離すムティル。
あるいは、ミシェルの殺気に無意識のうちに気づいていたのかもしれない。
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