――プロレスリングHC(ハードコア)というプロレス団体がありました。
『凶器使用可』『反則無し』と名前の通りハードコアな試合を行い、インディー団体でありながらもファンを獲得している団体――でした。
所がスキャンダル等、様々な要因が重なり、団体として興行が中々行えなくなり、遂には解散が決定。
所属選手達を含むスタッフは、皆地球へと帰る予定となっていました。
「……はぁ」
道場に置かれたリングの中央で、天野 翼が大の字になり天井を仰ぎます。
「……まだやる?」
同じように大の字になっていた和 泉空が身体を起こして翼に問います。
誰もいない道場で2人はスパーリングを行っていました。その疲れからか、泉空の問いに対し翼は首を横に振るだけで答えます。
「……私はそろそろ戻る。翼は?」
「少し休んでからにする」
その返答に「ん」と短く頷くと、泉空はリングから降ります。
「あ、今日夕飯私が作ろうか?」
「私達でやるから暫く休んでいていい!」
力強く泉空はそう言うと、道場から出て行きました。
「あーあ、いっつも作らせてくれないんだよなぁ……はぁ」
泉空が居なくなると、翼は大きく溜息を吐きました。それは疲れによるものではなく、現状の虚無感からくる物でした。
解散が決定し、予定していた興行は全て中止。パラミタを去り、地球に戻る日をする事も無くただ待つだけです。
地球へ帰るまでの間する事も無く、只管翼は体を鈍らせない様にトレーニングをして過ごす日々を過ごしていました。
そのような事をしても、地球で興行が行えるか現時点では予定はありません。これらの行為も無駄になるかもしれません。
しかし自分に何かできるわけではない。そんな現状に翼は空しさを感じているようでした。
「御免下さい。ちょーっとばかし失礼しますね」
道場の入り口に、黒いローブを纏い顔の見えない何者かが立っていました。
「あれ? あなた確か……」
顔は見えませんが、翼にはその人物に見覚えがありました。
「どうもお久しぶりです。ソウルアベレイターの阿部です。その節はどうも」
ペコリと頭を下げる黒いローブの人物に、翼が少し警戒します。
この阿部という人物は、ナラカの一部で放送されているテレビ局の番組プロデューサーであり、以前ちょっとしたことで関わったことがありました。碌でもない事で。
「えっと、何の御用でしょうか?」
「ええ、社長さんとお話したいと思いまして」
「社長と?」
翼の言葉に、阿部Pが頷きます。
「そうだ、貴女にもお話しておきましょうか――単刀直入に言います。うちがスポンサーやるので興行やりませんか?」
「……え? あ、あの、どういうことですか?」
阿部Pの言葉に理解が追いつかず、翼は聞き返します。
「言葉通りですよ」
そう言って阿部Pは説明を始めます。
ナラカTVがスポンサーとなるので、プロレスリングHCに興行を行ってほしいという事。
興行内容はナラカTVは口を出さないので、プロレスリングHCのいつも通りの内容で頼みたいという事。
その代りにコントラクターも参加してもらい、ナラカTVで興行を放送させてほしいのが条件という事。
それらの説明を簡単に阿部Pは翼に説明します。
「決して悪い条件ではないと思いますが、どうですか?」
黙って説明を聞いていた翼は、阿部Pに言いました。
「ついてきてください。社長の所へ案内します」
「ふぅ」
暫くして、道場から出てきた阿部Pを目にし、「あ、戻ってきた」と天野 空とエルが近寄ってきます。
「どうだった?」
空の問いかけに阿部Pは「ええ、決定しました」と返した。
「向こうの社長さんもこちらの条件で了承してくれましたよ」
「しかしわざわざこちらの団体を頼らずとも、そっちにはこういう団体は無いのですか?」
エルの言葉に「ありますよ」と阿部Pが返す。
「ただうちの方はあまりにも気を衒った物が多いのでねぇ、普通の試合がウケたんですよ。それに此処の団体はコントラクターの方々とも関わりがあります。この間のキリングタイムで、彼らの人気も上がっているんですよ」
「ねぇ、奇を衒った物ってどういうの?」
興味津々と言った様子で空が阿部Pに問います。
「うちの方で人気ある団体の興行、色々やるんですがひっどいのが山で行った試合なんですがねぇ。リングも何もないだだっ広い山の中で試合やってるんですよ、複数人で。最初はまぁそこそこ絡み合うんですが段々と選手も壊れてきて、樹の枝でしばき会うわ、置いてあった自転車やバイクで轢こうとするわ、しまいにゃ欠場してる選手が花火持ち出して観客まで巻き込んで無差別に襲うわ、かと思いきや試合中に選手がゴミの分別始めたりとかね。大体レフェリーが不足してて肝心なところ見てないから決着が中々着かないんですよ。いやーあれは酷いけど盛り上がった盛り上がった」
「絶対参加したくないね、それ」
空の言葉に、阿部Pが「おや残念」とだけ呟きます。
「さて、それじゃ準備にかかりますか。お二人も手伝ってくれますかね?」
阿部Pの言葉に、空とエルが頷きます。
「いいよ、暇だし」
「構いませんよ、暇ですから」
二人とも暇だったのでした。
「すいませんねぇ。それでは暇潰しといきますか」