“黒髭”海賊団が、ブラッドレイ海賊団3番隊と交戦してから数日後のことです。
「分ーった、話す! 話すから、それ向けんの止めろ、下ろせ!」
船の一室で、音を上げたような声でそう告げたのは、ブラッドレイ海賊団3番隊隊長、アーダルベルト・グアハルドです。
解除薬で石化からは解放されたものの、簡単に切れそうにない頑強な縄で縛られた上に、ラナ・リゼット(らな・りぜっと)に剣の切っ先を突きつけられた、彼は“黒髭”が表に出て来ている泉 美緒(いずみ・みお)と、海賊団員たちに囲まれていました。
その状態で、どうにもならないと悟ったアーダルベルトは、観念し、先ほどの声を上げたのです。
「下ろすわけには行きません。一番しっかりしたものを選びはしましたが、あなたがその縄を解かないとは限りませんので」
そう返しながら、ラナは切っ先を彼に向けたままにします。
「……ちっ」
「で? 3番隊っていうぐらいだ。2番隊とか1番隊とかあるんだろ? 何処に居る?」
アーダルベルトの舌打ちを無視した“黒髭”が訊ねました。
「1番隊……というか本隊、だな。それは何処に居るか俺にも分からん。伝令があれば合流するが、最近は行動を別にしているからな」
「部隊ごとに別行動か。その本隊とやらの規模は?」
「俺のところよりは多いくらいじゃねえか? キャプテンは常に人材を集めているからな。離れている間に増えていたら、知らん」
本隊についてこれ以上は答える気はないと、アーダルベルトは首ごと視線を逸らします。
「んじゃ、次は2番隊だ。そっちは?」
「さあな。本隊と同じくはっきりした居所が分かるわけじゃねえよ。ただ、2番隊は海賊でありながら、空をも翔る。船自体は海上に居るより、島に停泊してる方が多い。海岸沿いでも当たれば、何処かしらに居るだろう」
それくらいだ、と告げると彼は口を閉ざしました。
「海岸沿いねえ。まあ、探し回るか! 船の修理状況は?」
「折れたマストは修復したと聞いてます。調整の方は伺ってません」
訊ねる“黒髭”に、ラナが渋々と答えます。
「んじゃ、調整次第、出航だ! あ……?」
周りの仲間たちに声を掛ける“黒髭”が、不思議そうな声をぽつと漏らしたかと思うと、そのまま、ぐらりと体勢を崩してしまいました。
「黒……いや……、美緒!」
「んんっ……お姉、様……」
慌てて駆け寄って抱きとめたラナの腕の中で、美緒が目を覚まします。
「相変わらず、変わるときは急なのですね」
「……ええ。やはり……」
1件が片付いたら、と答えていた美緒は、未だ決心つかず、“黒髭”と契約していません。
後一歩のところで、踏み止まってしまっている美緒に、彼女を護りたいと思うラナでは後押しすることが出来ずに居ます。
「……兎に角、今は、出航ですわね。皆さん、参りましょう?」
“黒髭”に変わり、美緒が仲間たちへと声を掛けました。
***
パラミタ内海、沿岸の草原。
探し物の依頼を受けた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、盛大に迷っていました。
「草原の合間にあるっていうから、小型飛空艇を降りてみれば……。もう、何なのよ!」
ぶつぶつと文句を並べながら、身の丈ほどある草を掻き分けて進むと、内海が見えます。
「一旦、海岸沿いに出れば、ここが何処だか分かるわよ……ね?」
そう呟きながら踏み出した矢先のことです。
草原の先は、切り立った崖だったらしく、途端に浮遊感を感じました。
「え、あ、きゃああああっ!」
落ちていく雅羅は悲鳴を上げますが、飛空艇もない状況では落ちることを止めれるわけもありません。
崖なだけあり、眼下に広がる海の中にはゴツゴツとした岩が頭を見え隠れさせています。
もう駄目だと悟り目を閉じたとき、急に何かに当たって浮遊感が消えました。
変わりに、皮翼の羽ばたく音と、頬に当たる風を感じます。
恐る恐る閉じていた目を開いてみると、そこはレッサーワイバーンの背でした。
「ああ、気を失ってたワケじゃあ、なかったんだ?」
ふいに影が差し、雅羅を覗き込んだのは1人の男性です。
「え、ええ……」
警戒しながら答えると、男性は微笑みます。
「良かった。俺は、ランスロット・オズバーン。こんな身なりでドラゴンライダーにしか見えないかもしれないけど、普段は船に乗っているんだ。君は?」
「雅羅、よ。船に、って?」
男性――ランスロットの屈託のない笑顔に、思わず名乗り返してから、恐る恐る雅羅は訊ね返しました。
「ブラッドレイ海賊団って知ってる? 最近、名は通ってきてると思うんだけど……」
「っ! ブラッドレイ!?」
その名を聞き、雅羅は声を荒げてしまいます。
「ああ、知ってるんだ? ……じゃあ、帰せないね?」
笑顔を深くしたランスロットはそう言いながら、雅羅へと触れます。
「何を……ぐっ!」
逃げ場のないレッサーワイバーンの背の上では彼の手を払って逃れることも出来ず、身じろいだ雅羅の鳩尾へと一撃、ランスロットの拳が入りました。
「う、ぅ……」
思わぬ一撃、そしてランスロットの一見、力の弱そうな身なりから考えられないほどの重い一撃に、雅羅は気を失ってしまいます。
「そういえば、3番隊のヤツが捕まったとかって話があったっけ。そこにこの子を攫ったこと伝えたら、遣って来てくれるかな?」
くつくつと笑うランスロットは、レッサーワイバーンを駆り、彼の船へと戻っていきました。
***
「黒髭さんはいらっしゃる?」
訊ねながら、船へと現れたのは ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)です。
「何事だ?」
「雅羅さんが誘拐されてしまいましたわ。助けに来たければ、あなたが来なさい、と……」
「俺様をご指名とは……ブラッドレイのヤツらか?」
ラズィーヤの言葉に、“黒髭”は楽しそうに笑みながら、訊ね返します。
「ええ。2番隊、ランスロットという者からです。ご丁寧に地図もつけてくださいましたわ。行ってくださるかしら?」
告げて、手にしていた1枚の地図を差し出しながら、ラズィーヤは問いかけます。
「もちろんだ。自分から招いたこと、後悔させてやる!」
「良い結果報告をお待ちしていますわ」
“黒髭”の宣言に、雅羅のことを案じていたラズィーヤも笑みを見せます。
こうして、“黒髭”海賊団の2度目の出撃が決まりました。