空京。
先日、学校見学を終えたシェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)は広げた観光用パンフレットの一点に指をさしてシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)に首を傾げます。
「現在地はここであっているのよね?」
「そうね。で、こっちが駅に向かう道だから……」
地図を覗きこむ彼女達はああでもないこうでもないと話し合っています。
少し離れた場所では、休憩用のベンチに座る破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)を手引書キリハ・リセンが介抱していました。
「一度どこかのお店に入って休憩する?」
気遣うシェリエにシェリーが唸ります。
「気を失ってないから、逆に駄目なの。動かすと余計酷くなるの。こういうのはよくあって、そんなに深刻じゃないわ」
観光ついでに地図の見方や公共機関の利用の仕方を少しずつ学んでみておいでというマザーの提案の元、空京に来てみたものの、最初に音を上げたのは破名のようでした。
「キリハが言うには文明酔い――車酔い(?)みたいなものらしいの。大丈夫よ、院でもよく気絶してたから」
だから深刻なものではないとシェリーは言葉を重ねます。
「そう? あんまり酷いようならどこか病院――」
「ねぇねぇ、彼女達」
「今暇? 暇してるでしょ?」
言うとシェリーが持っていたパンフレットをむんずと掴んで自分のポケットに仕舞いこんでしまいます。
「観光? 田舎からきましたみたいな?」
「つーかこんなのいらなくね? だって俺等が案内するし。まじまじ。イイトコ連れてってあげっからさー」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
囲むように近づく男に対応できずきょとんとしているシェリーの腕を引いたシェリエは接客用の笑顔で答えます。その無難で優しい拒絶も男達は気づいているのかいないのか、弱者がどちらかを嗅ぎとって庇うシェリエの背から力づくでシェリーを引きずり出しました。
「いいからいいから行こうぜ」
「あ、あの離してッ」
「何をするの、離しなさい」
抵抗するシェリエとシェリーに男達は互いに視線を交わすと、ニヤリと笑いました。
何かが聞こえた気がして、破名は顔を上げました。
そして男達と諍うシェリエ達に気付き、加勢しようとふらつく足取りで歩き出したものの、
「ッツ」
「ごめんなさい」
途中、通行人とぶつかり転んでしまいます。
破名が慌ててて立ち上がろうとするのと同じタイミングで男達はそれぞれ自分の手を打ち鳴らします。
「 ドッド・ハウリングの名において ドッド・ハウリングが命じる 愛される姿を我は求めん 」
「 ポッキー・ハウリングの名において ポッキー・ハウリングが命じる 愛くるしい姿を我は求めん 」
両掌が打たれ、響き渡る呪文に破名がハッとします。
「駄目だ、やめさせろッ!」
早口で言うも時遅く、POM!と軽快な効果音がマジックスモークと共に弾けました。
「どういうことですか!」
パステルカラーの両肩を怒らせるという珍しくオーバーアクションなキリハに詰め寄られて、こちらも同じパステルカラーの両脚を見下して破名は愕然としています。
「それよりシェリー達は?」
問われてキリハはサッと周囲を見回しますが、シェリーとシェリエは勿論、二人の男の姿もありません。
「居ません!」
在るのは、パステルカラーの愛らしい色彩も華やかな、動物モチーフのぬいぐるみばかりです。
黄色い柄のピンクのキリン姿の破名と、水玉模様のカバはキリハが愛用している青色リボンを頭に付けていました。
道路上を埋め尽くすのは、メルヘンチックに見た目も楽しいそんな愛らしいぬいぐるみばかりでした。
「……やられた。誘拐か。しかも呪い魔法……」
男達が唱えた呪文と人々が高さ三十センチほどのぬいぐるみに変化した現状に破名は心当たりがありすぎて、思わず呻きます。
「追いかけますか」
「無理だ」
白昼堂々の誘拐騒ぎの解決に動くのかとキリハに確認されたものの、破名は破名でそれどころではなかったようで、首を横に振ります。
「は?」
「……動けない」
言うと、二本脚で立っているキリハとは違って四足歩行状態の破名はその場に両前脚を折り曲げます。
「動けないってどういうことですか?」
ぬいぐるみになっても無表情なキリハの声は冷静で静かでした。問われる破名もまた取り乱してはいません。
「兎に角、早く呪文を唱えた奴を……」
「知っているのですか?」
「これは呪い魔法だ。 ……二時間程でただのぬいぐるみになる。そうなったら人間の姿に戻れても人としては二度と動かない。魔法は二種類だ。術者を倒すのと、術者に同じ呪文を唱えさせるのと、それぞれ解呪方法が違う。
兎に角、術者を見つけないと……」
「クロフォード?」
「見つけて……」
「立てないのですか?」
「……」
苦戦している破名に地面に両膝を付けて首を傾げていたキリハが突然、すっくと立ち上がります。
「キリハ?」
今度は破名が問いかけますが、反応はありません。ただ遠くを見つめて、
「笛の音が聞こえます」と、呟き、
「キリハ!」
破名の制止の声に振り向くこと無く歩き出しました。
それを皮切りに、呪いの魔法によって姿を変えられ、空京の街中で突然出現したぬいぐるみ集団が動き出しました。いえ、中には状況に理解が追いつかずおろおろとしているぬいぐるみもいましたが、多くがどこへとも知らせずある場所を目指して歩き進んでいきます。
「あ、キリンさん!」
ぬいぐるみの行進を眺めていた子供が、その中で全く動かない一体をおもむろに掴みました。
「こら、やめなさい」
「えー、やだ、可愛いもん。持って帰る!」
そんな得体のしれないものと叱る母親に、絶対家に持ち帰ると女の子は力強く抱きしめます。
…※…※…※…
「ルメの兄ちゃん上手く誘導してるかな?」
「兄ちゃんの腕はピカイチだから心配すんなや」
「なあなあ、ドッド兄さん。追いかけてくる奴がいるぜ」
「オーケー、ポッキー。せーので行くぞ」
と、気絶したシェリエとシェリーをそれぞれ抱きかかえて逃走していた男達は追いかけてきた貴方に気づくと破名と同じく呪いの言葉を吐き、ぬいぐるみになる呪いをかけるのでした。