世界樹の近くにある小さな泉の傍で、少女は佇んでいました。
彼女は毎日、ここを訪れてとある人物を待っているのです。
数千年前、この場所は『誓いの湖』と呼ばれていた湖でした。
湖の中央で交わした約束は必ず果たされる……そんな言い伝えがあった場所でした。
少女の名はミリル・スレスライナ。元はシャンバラ人だった魔女です。
およそ5千年前、彼女にはこの場所で将来を誓い合った守護天使の恋人がいました。
しかしその後、戦いに向かった彼が彼女の元に戻ることはありませんでした――。
内乱は彼女が暮す村をも巻き込み、彼女自身も瀕死の重傷を負ってしまいました。
それでもいつか、いつか必ず会えると。再会出来ると信じて、ミリルは生きる方法を考えました。
彼女は自ら呪いを受けて、魔女になったのです。
だけれど、内乱で彼女が失ったものは何一つ戻りませんでした。
聴覚を除く感覚の殆どを、彼女は失っていました。まともに喋ることも出来ません。
そして、彼もまだ彼女の元に戻りません。
数年前。
5千年の月日を生き続けた彼女の耳に、地球人の訪れの知らせが入りました。
地球人と契約することで、魂となっていたパラミタ人が実体を取り戻しているようです。
それから彼女は毎日のようにこの泉を訪れています。
もし彼がこの世界に戻ってきたのなら、きっと、この場所に来てくれると信じて――。
添い遂げることはできません。
伴侶にしてとも、とても言えません。
顔を見ることさえできません。
でも、声だけは……。
せめて、声が聞きたい。声を聞かせてと、彼女は1人、泣きながら待っています。
最後に1度だけ、声を聞くことができたら――今度は、死ぬ方法を求めようと。それが彼女の切なる願いでした。
「ねえねえ、授業終わったら買物行こうね! 欲しいアクセサリーがあるんだ〜。買ってとは言わないけど! 指がちょっと寂しいんだよねぇ」
キアリ・カラシナルは守護天使のパートナー、ルズ・シラディールを上目遣いで見上げました。
……しかし、彼は窓の外に目を向けており、キアリの話を聞いていませんでした。
「どうしたの? 最近おかしいよ!」
互いに惹かれあって契約した2人でしたが、このイルミンスール魔法学校に入学してから、ルズの様子がおかしいのです。
遠くを――いつも同じ方向を見つめています。
「過去の記憶は殆どないのですが……あちらに、何かあった気がするんです」
「……どこにも、行かないでね。私、一人ぼっちなんだから。両親とも友達ともお別れして、あなたの為にパラミタに来たんだよ」
何故か、彼が離れていってしまいそうな気がして、キアリはそう言いました。
「何処にも行きませんよ、姫」
ルズはそう答えて、キアリを安心させるために微笑みました。
常にルズを従えていたキアリですが、ある日、彼女は手紙を残して姿を消しました。
『世界樹の北の森に、美味しい木の実がなってるんだって! 腕試しも兼ねて採りに行ってくるね。お土産楽しみにしてて〜』
彼女が残した手紙に記されている場所は、ゴブリンが出るといわれている森です。
放っておいても切り抜けることくらいは出来そうですが、怪我をして帰ってくる可能性も高そうです。