本日、あおぞら幼稚園はツァンダの森の中にあるアスレチックに遠足に来ています。楽しみはそれだけではなく、自由時間に『とっておき』があります。
自由時間。
「ねぇ、ねぇ、おにーちゃん。鳥さんと蛙さんとかも使おうよ」
シャンバラ人の女の子が『とっておき』を持って来たお兄ちゃんに声をかけます。
女の子がお兄ちゃんと呼んだのは
「聞いてたのか? どうする、キスミ」
「先生がだめだって言ってたぞ、ヒスミ」
イルミンスール魔法学校生の悪戯好きの双子、ロズフェル兄弟でした。
彼らは今日の遠足を楽しいものにしたいと言う新米保育士ナコに依頼され、動物に変身する薬、動物変身薬を作ったのです。彼らが同行しているのは非常時が起きた時のためです。
「ちょっとだけ」
女の子は瞳を潤ませておねだりをします。
ロズフェル兄弟は困りながら、つい先ほど薬の確認の際にナコ先生に言われた事を思い出します。
「……鳥と蛙は使えません。依頼の際に飛行するものや極端に小さいものはやめて欲しいと学校に伝えたんですけど。喋られる様に作ってくれたのはありがたいです。でも、園児達に万が一の事が起きてはいけませんから」
園児達が楽しめばと依頼以外に余分に二種類ほど作製したのだが注意され、お蔵入りとなるはずだったのです。その話を女の子はこっそりと盗み聞きしていたのです。
「うん。でも今は大丈夫だよ」
女の子は笑いながら泣き声がする方を指さしました。
走って転げた園児の泣き声です。今、その園児の相手をナコ先生がしています。なかなか手強いらしく、大泣きがずっと続いています。
「それならいいか? キスミ」
「だな。ばれなきゃな」
ばれそうに無いと知るやいなや悪戯心を見せ、薬のふたを開けるロズフェル兄弟。
「ねぇ、それ全部混ぜてみようよ」
地球人の男の子がとんでもない事を言い出しました。
「混ぜる? そりゃ、面白そうだな」
「やってみるか。まぁ、混ぜても危なくないしな、ヒスミ」
面白そうと思えば何でもやる二人がやらない訳がありません。
二人は持って来た六種類の薬を全部混ぜて、園児達に振りかけました。
「うわぁ、鳥になったよ。すげー」
鳥になった園児達。
「空飛べるぞ」
ヒスミは嬉しそうに園児達の反応を眺めています。
「見て見て、蛙だよ」
蛙になった園児達。
「水だって大丈夫だぞ」
キスミも楽しそうです。いつも注意や叱られるばかりで褒められたり喜ばれる事が少ないため二人は有頂天です。
―――ここまでは良かったのですが、園児達の喜びの言葉は次第に自慢と悪口になってしまいました。
「すげーちっこいから犬に食べられるぞ」
と鳥になった園児が言えば、
「水だって大丈夫だし、ぴょーんと跳べる。鳥なんか空だけでしょ」
と蛙なった園児が言い返します。
「俺の方が人気だな、キスミ」
「いいや、オレの方が上だ」
止めるべき兄弟も園児達と同じような言い争いをしています。
そして、
「蛙なんか泳いだりゲコゲコ言うだけだろ、つまんないな。それに時々ノリ悪いし」
「へぇ、飛ぶ事しか出来ない鳥より蛙の方が格好いいぜ。ヒスミはいつもやり過ぎるし、そのせいで怒られる」
常日頃の不満に変わっていました。
「じゃ、勝負するか」
「いいぜ、ヒスミ。これを投げて先に見つけた方が勝ち。負けた方は勝った方の言う事を一週間聞く」
とうとう滅多に起きない喧嘩に変わってしまいました。その上、投げると言った物は元の姿に戻る薬、戻り薬の入った瓶です。
「面白そー、ボクも行く!」
「あたしも」
動物に変身した園児達も面白そうだと二人について行きます。
勝負場所は魔術師が以前実験場に使い、放置され立ち入り禁止となっている森です。噂では森は生きている、森の亡霊がいるなどと囁かれています。
キスミが戻り薬を投げようとした瞬間、手を滑らせ落としてしまいました。
「な、何だ、狼!?」
落ちた瓶はなぜだか土の中に呑み込まれ、盛り上がって狼の形になり、獣の鳴き声がする森の中へ走って行きました。体内に戻り薬が入ったまま。
「面白くなったな。よーし薬を取り返すぞ!」
「先に取り返した方が勝ちだ、ヒスミ」
ロズフェル兄弟は園児達と共に侵入しました。
早く戻り薬を探すため、二人はそれぞれ園児達と別れました。自分達の事に夢中で園児達の事は何も考えず。
アスレチック。
「ほら、しーちゃん、お友達と」
何も知らないナコ先生はまだ泣いている獣人の男の子と手を繋いでみんなの所に戻って来ました。右の膝小僧には絆創膏が貼ってありました。
「あれ? これは……」
ナコ先生はふといるはずの人達がいない事や地面に転がっている動物変身薬に気付き、嫌な予感に顔が青くなります。
「ねぇ、お兄ちゃん達知らない?」
慌てて近くにいる蛇になった園児に声をかけました。
「何か薬を持ってあっちの方に行ったよ」
園児は舌をチロチロしながら教えます。
「ありがとう。あっちの方」
ナコ先生は手を繋いでいた園児を置いて教えられた場所、立ち入り禁止の森に行き、足跡を発見してから園児達の元に戻って大人しくするように言ってから助けを呼びに行きました。
ロズフェル兄弟と園児達の無事を祈りながら必死に。