このところ、空京で通り魔事件が起こっていました。
被害者は三人。三人とも打撲傷による命に別状ない程度の怪我を負って、犯人は未だ捕まっていません。相互関係も共通点もなさそうな三人で、通り魔の目的は不明です。
漠然とした事件は、無責任な噂を呼び寄せました。最近の空京では、その通り魔についての噂がまことしやかにささやかれています。
曰く、通り魔は謎の武術バミューダ柔術をマスターした武道家で、デタラメのように強い。
曰く、弟だか妹だかを探し、名前を尋ね回っているという。
曰く、信用できる話なんだよ嘘じゃない、知り合いの知り合いから聞いたんだけど、
「要するに、弟と妹に裏切られた兄貴がいたっていう噂話なのよ」
空京に事務所を構える私立探偵、セッカが机に資料を投げ出して言いました。
「噂話の種類はいくつかあって、その兄弟たちはあくどいことに巻き込まれた兄弟だったり、逆にあくどいことやってヘマした兄弟だったりする。どっちであれ、このままじゃ三人揃って破滅しちゃうよ、って状況」
話を聞いていたアルバイトの青年、アーティが雇い主の言葉を先回りしました。
「それで、弟と妹が、自分が救われるために兄を裏切って、兄だけが破滅した、と?」
「そう。珍しくもない話よね」
「だから、兄が弟と妹を探して名前を尋ね回っている」
セッカが付け加えます。
「復讐するために」
名前を聞かれ、答えた名前が弟か妹のものなら殺される、話の結末は決まってそれでした。
「これだけなら、ありがちな怪談じみた噂話の一つ。問題は弟と妹の名前よね」
「そうですね。所長、お兄さんを裏切ったりしたんですか?」
「そもそもいないよ。そっちこそどうなの」
「いませんよ、兄なんて」
なんでよりにもよって、と二人揃ってため息をつきました。
噂話の兄が探している弟と妹の名前はアーティとセッカ。見事に大当たり。身に覚えはなくとも、さすがに偶然だとは思えません。
「要するに、誰かがわたしたちを狙ってる、って考えるのが自然ね。探偵だから、まぁ恨みを買うこともある」
「それで、どう対処するんです? なにか起きるまで戦々恐々なんて嫌ですよ」
「そりゃわたしも嫌。だから、ここはひとつ、探偵らしくパッパと事件を解決しましょう」
「探偵らしく、ね。でもどうやって?」
「探偵らしく、地道な捜査。聞き込み、張り込み、見回り。人数が多ければ多いほどいいわ。人海戦術よ。そういうわけで、臨時バイトを募集しよう。チラシ、よろしくね」
人海戦術は探偵らしいかなあ、疑問に思いつつも、アーティは臨時アルバイト募集のチラシ作成を始めました。