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リアクション
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「では、まずは今回のアルバイトに参加くださりありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」
事務所の前で、アルバイトに集まった面々を前にアーティが頭を下げた。愛想がいいのを通り越して、必要以上にへりくだっているように見える営業スマイルを浮かべている。それもこれもすぐ隣の雇い主が原因だった。
「それはいいんだけど、そっちの探偵さんはなんでそんなむすっとしてるの?」
アルバイトに参加した一人、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が不思議そうな目でアーティの愛想笑いの元凶を見つめた。
その元凶、アーティの隣で腕を組むセッカは、レキの言うように不機嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。間違っても、これから仕事を頼む相手に向ける顔ではない。それを気にしてアーティは努めて愛想よくしているのだが、アーティが愛想よくすればよくするほど隣の不機嫌そうなセッカが際立ってきていて、涙ぐましい気遣いはなんとも空回りに終わっていた。
訪ねられたアーティがとうとう息をついて、セッカをじろと睨みつけた。
「所長、いい加減その顔やめてくれませんか」
セッカが口を尖らせて、
「機嫌くらい悪くなるよ。振りかかる火の粉を払うためとはいえ、これよく考えたらタダ働きだし、さらにバイト代のことだってあるんだから赤字なんだよ。繰り返すけど、機嫌くらい悪くなるっての」
「だからって威嚇しないでください。子どもじゃあるまいし。あと繰り返さないでください」
言い争いの一つでも始まりそうなところに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が割り込んだ。
「ルカ達はバイト代はいらないよ。教導団としては今回の事件は見逃せないもの」
ルカルカの言葉にセッカがむ、と口をつぐんだ。少し考えるようにして、それから首を横に振った。
「いや、バイト代はきっちり払う。気を遣ってもらったのはありがたいけど、甘えるわけにはいかないよ」
「ううん。気を遣ってるわけじゃなくて、教導団のお仕事の内だから」
「どうであれ、わたしが募集したバイトに参加してるんだから、わたしが代価を支払う」
「いえ、悪いから」
どうぞどうぞ、いえいえ、意地にでもなっているのか、問答を繰り返して決着がつかない。しようもない言い合いが永遠に繰り返されるのではないかと思われた頃、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が口を挟んだ。
「バイト代のことは後でいいだろう。それより事件の話をしたいんだが」
「ま、それもそうね。この問題は全部終わってから決着をつけましょう。それまでは保留ね」
「うん。仕方ないわね。また終わってからね」
それまで逃げるなよ、そっちこそ、というように不敵な笑みを向け合う二人を眺め、ダリルが「なんでそうなる。理解できん」とつぶやく。アーティも全面的に同意した。
一つ咳払いをして、セッカがここに来てはじめてまともな顔をした。
「じゃあ、まあ言うまでもないだろうけど、バイトの目的を説明するわ。例の噂話から、わたしとアーティは通り魔に狙われているかもしれない。わたしたちには心当たりはあんまりないけど、こんな状況じゃオチオチ出かけるのだって怖い。だから通り魔を捕まえるなりなんなりしたい。要するに、事件の解決を目指したい、と思っているというわけ」
アーティがセッカの説明を引き継いだ。
「みなさんにお願いしたいのは、そのための調査の手伝い、それに我々の身辺警護です。もしかしたら通り魔に遭遇することもあるかもしれませんから」
そこで湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)が挙手した。
「なあ、それって危険手当が出るもん?」
セッカがげ、という顔をした。嫌そうな顔をして答える。
「あーまぁ、そうね、出してもいいか」
「よっし。じゃあ頑張っちゃうぜ、俺」
忍がガッツポーズをするのを後目に、セッカがアーティを肩越しに見た。
「いざとなれば、バイト代削ってもいいやつがいるしね」
アーティは渋い顔をしつつも説明を続ける。
「そういうわけで、まずは聞き込みで通り魔の目撃証言を集めたいと思います。所長、こんなとこでいいですか?」
「いいんじゃない?」
はいっ、と手が勢いよく挙げられる。セッカが「はいどうぞ」と挙手したルカルカに手を向けた。
「今からセッカがルカで、アーティがダリルね」
「ん?」
なんのこっちゃ、とセッカが眉をひそめ、ダリルが苦笑して補足した。
「替え玉だ。通り魔が『セッカとアーティ』を狙っているのであれば、俺たちがそれになりすまして別行動すればそちらの安全を確保できるだろうし、上手くおびき寄せることもできるかもしれん」
「ああ、なるほど。要するに囮捜査ね」
そうそう、ルカルカが頷いた。
「うん、ぞろぞろくっついて行動したってしょうがないし、やりたいっていうなら、じゃあお願いする。よろしくね」
まかせてよ、とルカルカがやる気を見せ、やれやれといった顔をしたダリルが引っ張られていく。ひらひら手を振って見送るセッカに、「そういうことなら」と声をかけたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
「あたしたちも別行動してもいいかしら? あんまりぞろぞろしてると通り魔が寄ってこなさそうだし」
「通り魔になにか用事?」
「あたしが用事あるわけじゃないけどね」
そう言って、セレンフィリティが傍らのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に目を向けた。セレンフィリティの視線を受けて、セレアナが口を開く。
「噂では通り魔は武道家らしいじゃない。同じ武道家として、興味が惹かれるのよ。どれくらい強いのか、戦って試してみたいの」
セレアナがぐっと力を込める。静かに闘志を燃やしているらしいパートナーの様子を見て、セレンフィリティが苦笑して続けた。
「ってこと。それに、通り魔倒してとっ捕まえれば、それはそれで事件解決で、あなたたちを守ることにも繋がると思うけど、構わないかしら?」
セッカがにやりと笑う。
「構わないよ。そういう少年漫画みたいなノリはわたしも好きだ。探偵らしくはないけどね。じゃ、それも任せる。よろしくね」
あとはないかしら、とセッカが見回して、特にないことを確認して頷いた。
「よし、それじゃ、始めましょう」
そもそもあまりに作り話じみてるんですよね、と御凪 真人(みなぎ・まこと)は思う。
弟と妹を探し名前を訪ね、名前が弟と妹のものだったら殺される、なるほどいかにも怪談系の都市伝説らしい話だ。出来すぎなくらいだ。ポッと出の通り魔事件にしては、ずいぶんと大層な尾ひれに思える。
「釣り合いませんよね……っと」
思わず声を出してしまってから、一人でないことを思い出した。
「せっかく協力し合うんだから、あんまり一人で考え過ぎないでほしいなぁ」
隣を歩く佐々良 縁(ささら・よすが)が顔を覗き込んできていた。
「ああ、すみません。少し没頭していました」
いいけどねぇ、と縁がのんびりと言って顔を引く。
「それで、なにが釣り合わないのかな?」
真人は顎に手を当て、考えこむようにした。声に出して言葉にするために考えをまとめていく。少しして顔を上げ、口を開いた。
「事件の被害、ですね。噂話のものと、実際に起きた事件とでの差異が気になります」
得心したという風に縁が頷いた。
「うん、それは私も気になるんだよねぇ。現実に起こった事件ではせいぜい打撲傷や擦過傷くらいなのに、そこから広まったはずの噂話でいきなり『殺される』ってなるのはちょっと飛躍を感じるねぇ」
「ですね。噂には尾ひれが付き物と言っても、どうにも尾ひれが大きすぎるように思います。そこを考えるのが解決の糸口に繋がるかと」
「ふむふむ。そうなると?」
「俺たちはこの噂を砕いていくことにしましょう」
空京の街を歩いて行く。探偵アルバイト参加者以外にも、数人が独自にこの事件の調査を行なっているようで、真人と縁もその内の一人だった。現在の協力体制は、他者と協力して事件の解決を目指そうと考えていた真人と、事件に興味を惹かれてちょっと手を出してみようとしていた縁の目的が一致した形だった。
「噂話をたどるのは賛成。でも、探偵さんに協力しないのはなんで?」
縁が小首を傾げる。真人が縁に協力を申し込んだのも、今こうして他に調査している面々を探しているのも、協力して調査に当たるためである。ならば真っ先にセッカたちとの協力体制を取るべきではないのか。
縁の疑問を真人が答える。
「協力はしますよ。得た情報は渡すつもりですし、真相が分かれば伝えましょう。ただ、歩調を合わせる気はありません」
「探偵さんが信用できない?」
「そういうわけではないですけど、彼女たちは事件の渦中にある人です。狙われている云々はともかくとして、噂話と名前が一致しているというのは確かになにか関係があるのでしょうからね。事件に触れているだけに情報は集まりそうですけど、それだけに客観的な事実を見逃す恐れがあります。そういうのは避けたいですからね」
真人の語った内容に、縁がなるほどねぇ、と感心した声を上げた。
「色々考えるなぁ。まぁ、私は特に言うことはないよ。きっと独自に調査を行ってる知り合いがいるから、手伝いたいなぁってふらふらしてたからねぇ」
「では、まずはその知り合いの方と合流することにしましょうか」
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