空京。
人々が仕事を終え、家路に急ぎ、或いは夜の時間を楽しもうとする頃――。あなたはバーにやってきました。背の高い男がカウンターで待っています。あなたは彼の隣に座ると、同じ飲み物を注文しました。が、出てきたそれを口に含むと顔をしかめます。
「仕事があるんでね」
と、彼は笑いました。「アルコールは摂取できない」
それならさっさと仕事の話をしようとあなたは言いました。
「空京爆破犯のアイザック・ストーン(あいざっく・すとーん)とウィリアム・ニコルソン(うぃりあむ・にこるそん)、知っているね?」
少し前に空京に爆弾を仕掛けられるという事件がありました。犯人は複数でしたが、その内の二人だけが逮捕され、先日裁判で有罪が確定したことは、あなたも知っていました。
「二人を脱獄させてほしい」
あなたは驚きました。
本来なら、容疑者であった彼らは拘置所にいるべきですが、仲間の襲撃を恐れ、二人はキマクに程近い場所にあるシャンバラ刑務所・新棟に収監されていました。有罪が確定した今、軽犯罪者ばかりの新棟ではなく、本棟へ送られることになっています。
おそらく刑務所側も奪還を恐れ、警戒を厳重にしているはずでした。そんな時期にわざわざ?
「本棟に送られると、脱獄が面倒だし、この時期になったのは色々と準備していたからだ。出来ればもう少し早くしたかったんだが、私も仕事があるんでね」
しかし、警戒されている以上、二人を脱獄させるのは困難であるとあなたは答えました。
「どうしても無理なら、始末してくれても構わない」
彼の言葉に、あなたは再び驚きました。
二人は取り調べに、知らぬ存ぜぬを通しています。また、押収した証拠品に【サイコメトリ】を使っても答えが出なかったということは、実際、何も知らないのでしょう。仲間や、まして主犯である彼の元へ捜査の手が伸びる心配はまずありません。放っておけばいいのです。
「そういうことじゃないんだよ」
彼は言いました。
「彼らの意志と能力を確かめたいんだ。何もせず、ただ飼い殺されるだけの存在は、それはもはや人ではない。努力をしない者は、生きる価値がない。彼らに力があり、意志があり、キミたちの協力があれば、逃げ出すことも出来るだろう。だがね」
そこで言葉を切り、彼は押し黙ってしまいました。
まあ、お金さえ貰えれば、文句はありません。あなたは彼から前金を受け取り、成功報酬の話もして、バーを立ち去りました。
「上層部から、看守の数を増やすようにとの命令がありました」
ジュリア・ホールデン(じゅりあ・ほーるでん)はパートナーでありシャンバラ刑務所・新棟の所長、南門 纏(なんもん・まとい)に報告しました。 纏は思い切り顔を歪めました。
「そう来たかあ」
「問題がありますか?」
「まず金がない」
「それは申請して出して貰いましょう」
「臨時雇いは身元が不確か」
「徹底的に調査します」
「……ジュリアあんた、あたしのこと嫌い?」
「いいえ?」
ジュリアはきょとんとして纏の顔を見返しました。
「とにかく、なんか気に食わないんだよ!」
「所長の勘は買っていますが、この際は、命令通りにしましょう。警備体制は万全です」
「でも、穴もあるんだよ」
シャンバラ刑務所・新棟。本棟との区別のため、場所柄、「パラ実プリズン」と呼ばれるこの刑務所は、懲役一年半以下の受刑者を収容する施設です。屋内外での作業をこなし、運動もでき、食事も栄養バランスと味の両方を兼ね備え、入浴は三日に一度と待遇はかなり良いです。
所長の纏の意向もあって、再犯防止の教育も行われていますが、上記の通りの待遇なので、また戻ってくる者もいるほどです。逆に逃げ出そうとする者はほとんどなく、成功した者となると皆無です。
この新棟は周囲を深さ八メートルの堀で囲まれており、しかも適度に腹を空かせたピラニアがうようよ泳いでいます。塀の上には鉄条網が張られ、常時電気が流されていますし、四方の塔から外を見張り、有事には発砲も許可されています。入り口は正面の跳ね橋のみで、受付をすませた後、面会人は武器を預け、場合によっては「首輪」を嵌めることになっています。
この首輪――「何かいい名前はないもんかね」と纏は呟きました――は機晶石を使った物で、スキルを使おうとすると【サンダークラップ】が発動します。
これらを指して、ジュリアは万全と言いましたが、纏は穴があると返したのです。
一つは部下の一人が指摘したことですが、首輪は外部からの攻撃には脆弱です。もし小型爆弾を手に入れることが出来たら、そして自身の怪我を覚悟の上でなら、外すことも出来るでしょう。この点については、教導団から爆発物探査装置を借りることで話がついていますが、他にもあるに違いないと纏は毎日頭を悩ませているのです。
「それに最近、受刑者の数が増えたと思わないかい?」
纏はデスクの上の重なり合ったファイルを、うんざりした面持ちで眺めました。
「タブレット型コンピューターを使えばいいでしょう」
好んで紙に印刷させているのは、纏です。
「あたしはあれが嫌いなんだよ!」
機械音痴ですからね、とジュリアは声には出さず呟きました。
「しかし、人数が増えているのは確かです。そのせいで、受刑者たちも落ち着きをなくしているようで……」
滅多にないはずの脱獄を試す者が、アイザックたちが来て以来、既に三人も出ているのです。
「嫌な予感がするよ」
纏が呟くと、
「あなたが言ったんですよ」
何が、と纏はパートナーの顔を見返しました。割合綺麗な顔をしているのですが、ジュリアが笑うことは滅多にありません。
「どんな場合でも、私たちはいつも通りのことをするしかない、と」
纏はくつくつと笑いました。
「あんたのそういうところ、好きだよ」
ここはシャンバラ刑務所・新棟。通称、パラ実プリズン。
空京爆破犯、アイザック・ストーンとウィリアム・ニコルソンの移送日が目前に迫っていました――。