―――空京のはずれ、巨大スケート場「ピクシー・ドリーム」前。
「本当に……本当に来て下さるなんて……」
待ちわびていたこの瞬間を噛みしめながら、プリンセスカルテットのグィネヴィア・フェリシカは些か過剰な笑顔で2人を出迎えました。
先にハイヤーを降りたのがコーチの芽金 魔留男(めがね・まるお)。そして次いで降り立った小柄な女性、彼女こそグィネヴィアの憧れのフィギュアスケーター「アーサー 玉緒(あーさー・だまお)」でした。
「ようこそおいで下さいました」
「グィネヴィア・フェリシカさんですね。本日は招待して頂きましてありがとうございます。大変光栄です」
「光栄だなんてそんな! こちらこそ、あの、よ……よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
思っていたよりもずっと小さな玉緒の手を、グィネヴィアは震えながらに包んで応えました。
「大会はこの後、18時から行われます」
グィネヴィアは相変わらずにフワフワソワソワしていますが、玉緒と魔留男の両名を連れて会場内を案内していました。
「出場選手には3日前よりリンクを解放しています。通常の大会よりはだいぶ短くなってしまいましたが」
「そうですね。でも、与えられた時間の中で如何に調整するかが求められるスポーツでもありますから、そこに文句を言う選手は居ないと思います」
「そう……だと良かったんですが」
「?」
グィネヴィアは苦笑いを浮かべながら、
玉緒と同じく審査員として招待した「キャンドゥ 美姫(きゃんどぅ・みき)」に抗議されたことを明かしました。
「選手を何だと思っているの?!! と叱られました。そんな事では競技大会としての次節の開催は不可能、とも言われてしまいました」
「彼女らしいですね。彼女は誰よりもストイックにスケートと向き合ってますから。口が悪いのがたまに傷ですが」
「いいえ全てこちらの落ち度です。建設が遅れたことが一番の理由ですが、大会を運営するのですから言い訳の余地はありません」
ひときわ大きな扉の前に差し掛かった所でグィネヴィアは立ち止まりました。
「この先がリンクになっています」
1万人は収容できる会場の中央に「8の字」の形をしたリンクが見えます。
「わぁ♪」
「なるほどなるほど、これはこれは実にステキなリンクですねぇ」
魔留男は片指でグルグル眼鏡をグイッと上げ、感嘆と賞賛の言葉を述べ―――た所までは良かったのですが、
「大きさは『Dカップ』でしょうか。良いですねぇ、私好みのサイズです。なるほどこれはツマリ! 「おっぱいリンク」と称するべきでしょう!」
「お………………おっぱい?」
「あっ、あのっ! 違いますっ!!」
困惑を見せるグィネヴィアに玉緒が慌ててフォローに入りましたが―――
「聞き間違いですよ、そんなまさか、ねぇ? 8の字を見ておっぱいだなんて…… の言い間違いです」
「確かに、ワタクシとした事が言い間違えてしまいました。直接的な表現ほど品位のないものはありませんからねぇ」
「ほらっ! ねっ! …………えっ? 品位?」
「えぇ、8の字を横に倒して見えるは「∞(インフィニティ)」、すなわちそれは肩紐のないビキニそのもの! つまりこのリンクに名前をつけるのならそれを示唆するようなネーミングにするべきなのです!」
例として純白のインフィニティ、魅惑の膨らみ、野郎共の夏のオカズ―――まで言った所で玉緒の拳が脇腹を叩いた。
「ぐはっ!! だ……玉緒さん……何を……」
「何を、じゃありません。非常に下品です、非常識です」
「いけませんねぇ……こうした話題を毛嫌いするようでは……大人の色気を纏うことは到底叶いませんよ」
「うっ……」
「そんな事だから22歳にもなって「ちゃん付け」で呼ばれたり、眼鏡をかけていないのに「玉ちゃん」と呼ばれたりするのです」
「それはあなたがコーチになってから言われ始めたんですっ! あなたがそんな眼鏡をしてるから私にまで眼鏡のイメージがついたんじゃないですか」
「玉緒さん、それは……………………言い掛かりです」
「ぅ〜〜〜〜〜〜〜」
先日のGPシリーズファイナルの覇者。そんな彼女が更なる進化を求めて新たにコーチ陣の一人に迎えた魔留男氏との相性は……すこぶる悪いようでした。
「そ、それではこのまま控え室にご案内致します」
完全に蚊帳の外だったグィネヴィアが、ようやく割って入りました。
競技開始まで約5時間。リンクも見下ろせる控え室へと2人を案内して行きます。
氷の整備もちょうど終わったようで、出場予定の選手たちが続々とリンクに上がってゆきます。
第一回グィネヴィア杯、優勝の栄冠は果たして一体誰の手に?!!