蒼空学園校長室。御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は依頼書を整理しながら呟きます。
「最近、空賊絡みのトラブルが増えているのね……偶然かもしれないけど」
依頼書を片付けると、環菜は窓を開け何気なく外に目を向けました。その時です。突然環菜の前を何かの影が横切りました。
「え!? 今のは……っ?」
素早く室内に入り込んだ影の正体を確かめようと環菜が振り向いた瞬間、環菜の視界が揺れました。
「!?」
「環菜さん、ただ今戻りました……環菜さん?」
環菜に頼まれおつかいに行っていたルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が校長室に戻ってきた時、そこに環菜の姿はありませんでした。
キョロキョロと辺りを見回すルミーナ。そんな彼女の携帯に、電話がかかってきました。環菜の携帯からです。
「もしもし、環菜さん、どちらへ行かれたのですか?」
「御神楽校長のパートナー、ルミーナさんですね? 最近、何やら空賊を厳しく取り締まっているご様子で」
「……どちら様でしょうか」
電話口から聞こえてきたのは、聞いたことのない男の声でした。男はルミーナの問いを無視し、驚くべき事実を告げました。
「御神楽校長を誘拐しました。助けたければ身代金を用意しなさい。ああそれと、空賊の取り締まりも止めていただきましょうか。校長は金額を確認次第、釈放しましょう」
「そんな……環菜さん!? 環菜さんっ!!」
ルミーナの悲痛な叫びを遮るように男は振込先だけを指示し、電話を切ってしまいました。
しばらく呆然としていたルミーナですが、やがて電話をしまうと、考えを巡らせました。
お金を払って環菜さんが帰ってくるのであれば、もちろん払う。
が、要求を呑んで下手に出れば次は何を言ってくるか分からない。そもそも約束通り環菜さんを返す保障もない。
誘拐犯の正体を突き止め、環菜さんを取り戻せればベストだけど、肝心の誘拐犯の情報がほとんど分からない。
「やはり要求を呑むしか……いえ、出来るだけのことはやっておくべきですね。空賊絡みということは、蜜楽酒家(みつらくしゅか)……あそこなら何か情報が得られるかもしれません」
蜜楽酒家とは数ある浮遊島のひとつに存在する大きな酒場で、多くの空賊が訪れます。なお、ここは非戦闘区域に指定されているようです。
ルミーナは各学校生徒に依頼を回し、すぐさま生徒たちと蜜楽酒家に向かいました。
時を同じくして、「タシガン空峡を主な狩場にしている空賊が金持ち校長を誘拐した」という情報を手に入れた男がいました。
彼の名はキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)。彼もまた、タシガン空峡で勢力を競っている空賊の中のひとりでした。
情報の信憑性を確かめようと蜜楽酒家にいたヨサークの下に、依頼を受けた生徒たちが現れました。
「……何だ、おめえら」
「最近、誘拐事件を起こした空賊について、何か知りませんか?」
ヨサークはそれを聞き、情報が確かなものだと気付きました。同時に、自らの立場の危うさにも。
彼、ヨサークは貧しい農家の出で、農業が不振に陥ったため空賊となりのし上がった人物でした。
それだけに、自分よりも金と権力を持とうとする者の存在を許すことはできないのでしょう。
縄張り争いをしている他の空賊が力をつけてしまうかもしれないと恐れたヨサークは、誘拐犯の下へ行くことにしたようです。
「……知ってるぜ。そいつの名前も、テリトリーもな。むしろ俺以外にあいつの行動圏を知ってるやつはいねえだろうな。さらったのはほぼ間違いなく、シヴァ・キールヴィルって空賊だ」
情報を手に入れ希望が見えたルミーナは、ヨサークにシヴァの居場所を尋ねます。
ヨサークは少しの間何かを考えると、微かに口元を緩ませ、立ち上がりました。
「俺の船でシヴァのところへ連れてってやる。ただシヴァ空賊団は結構な人数だ。女、おめえはどうでもいいが、後ろにいるおめえらは俺について来い」
冷たい口調で命令するヨサーク。ルミーナや生徒たちは彼を完全に信用したわけではありませんでしたが、環菜を助けるため、それに従います。
が、ルミーナが乗船しようとするとなぜかヨサークは露骨に嫌な顔をしました。
どうやら彼は女性を悪い意味で特別扱いする癖があるようです。
ルミーナに向かって舌打ちした後、ヨサークは生徒たち、そしてヨサーク空賊団の団員たちに向かって威勢良く声を上げました。
「野郎ども、今回収穫する作物は蒼空の校長だ! シヴァ・キールヴィルを刈り取るぜ! Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」