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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

リアクション

「一騎討ち」
「一騎討ち」
「一騎討ち」
「一騎討ち」
「一騎討ち」
 敵側の後方から声が上がる。
 大勢――後から到着した数百人の不良達だった。ツイスダーと舎弟、子分達よりはるかに人数が多い。
 その中心で音頭を取っているのは知った顔――魅世瑠だ。
 魅世瑠はパーティーから抜け出して、後続のパラ実の集団と合流したのだ。
 攻撃を止めたツイスダーと舎弟、子分、百合園生の間に魅世瑠が歩み出る。
「ここはボス同士の一騎討ちで決めちゃどうだい?」
「怪我させちまったら、楽しめねぇだろ〜。ただでさえ、こっちの方が人数多いんだしよぉ」
「隊長倒せば済むことだしなー!」
「タイマンだ、強さ見せてくれよ〜、四天王!」
「一騎討ち」
「一騎討ち!」
 魅世瑠に乗せられたパラ実生達が口々に一騎打ちと囃し立てる。
「ボスさんノ、チョットいいとこ見てみたいヨ!」
 ラズがツイスダーの視界に出て、にかっと笑う。
「……まあいいだろう。リーダーは見せしめ。残りはてめぇらにくれてやることは変わりねぇがな!」
 ツイスダーがギラリと光る片目を、優子に向ける。
「斬撃を受けたが、尋常じゃない素早さ、強さだったぞ」
 盾を構えたままの状態でイルマが囁く。
「いくら優子さんでも……勝てませんでしょうね」
 ステラは冷静に言った。
「……イルマ、ステラ、退却の準備だ。亜璃珠、動けない者に理沙のヒールを。1人たりとも置いてはいくな」
「また馬鹿なことを考えていますわね」
「2分で準備。3分以内に全力で逃げろ」
 亜璃珠がぐっと優子の手を掴むも、優子はその手を振り解いた。
「大丈夫だ相性はいい。それくらいは持ちこたえられる。――皆を頼んだ」
 トン、と亜璃珠の肩を後方へと押した後、優子は盾を捨てた。交戦には向かない防具も一部脱ぎ捨てる。
 彼女は武器を持っていない。
「アレナ」
「……はい」
 パートナーの剣の花嫁アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が歩み寄り、優子は彼女の身体から光条兵器を取り出した。
 ツイスダーの武器は、ドス――匕首のようだが、短刀にしては少し長い。
 優子の光条兵器は刀だった。彼女が前に一歩出た途端、合図もなくツイスダーが斬り込む。
 パラ実生から歓声が上がる。
 咄嗟に躱した優子だが、その初撃で左腕を大きく切り裂かれる。続けて、ツイスダーはドスを優子の脇腹へと叩き込む。
 優子は光条兵器の鍔で受け、斜め後方へと跳んだ。
「静香、さま……」
「ロザリンドさん……!」
 有栖は身を屈めて、朦朧としているロザリンドを介抱する。
 ミルフィとセントは拳を握り締め、悔しげにリーダー同士の戦いを見守る。
「重傷者にヒールを」
「治療を終えたら静かに集まって下さい」
 イルマとステラが団員達に指示を出して周り、中央に集めていく。
 理紗とちび亜璃珠が正門の鍵を開ける。正門前にも亜璃珠の提案による土嚢のバリケードが築いてあり、バイクで助走をつけて敷地内に飛び込むことは不可能だ。団員が駆け込んだ後、正門を閉めてしまえば時間は稼げるかもしれない。裏門から避難が出来るかもしれない、が……。
 治療を終えた団員達は、身を寄せ合って静かに戦いを見守っていた。
「優子さん……っ」
 フィルは祈るような目で、優子を見守っている。
 セラはフィルを支えながら、強い視線で静かに見守る。
 対照的に、パラ実生の多くは拳を上げ、声援を上げている。格闘技の試合の観戦のように賑やかだった。
 素早いツイスダーの攻撃を受ける、避ける、防戦ばかりで優子は全く攻撃に転ずることが出来ずにいる。
 退却を……と、亜璃珠は直ぐには言えなかった。今自分達が逃げれば、優子は助からない。だが退却しなければ、全員がパラ実生達に弄ばれ、陵辱される可能性がある。
「……ああもう、なんで私こんなところにいるの……」
 本当なら、ラズィーヤ辺りと優雅に高みの見物を決め込むはずだったのに。
「全部優子さんのせいよ」
 おかしな縁が出来てしまったと、亜璃珠は深く息をついた。そして意を決す。
「今から10秒後に、学院に駆け込みなさい。これは副団長命令よ。戦いは私が最後まで見守るから」
 皆にそう告げて、亜璃珠は一歩前に踏み出した。
 月明かりと、設置した照明の明りの中で、細く光る刀身と、執拗に闇の中を走る黒い刀身が振り下ろされる。
 互いの体を裂いた後、同時に後方に飛び、ゆっくりと回るように歩いて、優子がパラ実生を背に、ツイスダーが百合園生を背に立った。
 ここで襲えば、リーダーだけは倒せる。
 今逃げれば、副団長がパラ実の大群に飲まれる。
 亜璃珠は何も言わずに、後ろ手でカウントをしている。
 団員は亜璃珠の指を息を飲みながら、見守っていた。
 優子が剣を上段に構えた。
「死ねーっ!」
 ツイスダーが大地を蹴り、優子の左胸にドスを突き出す。
 優子は躱さず、大地を両足で踏みしめて、光条兵器を叩き下ろした。
「きゃあああっ」
 白百合団の下級生から悲鳴が上がった。
「行っけ〜。ツイスダー!」
「チャンスだ〜! ツイスダー、こっちだー!」
 魅世瑠とフローレンスが、明り代わりにしていた光条兵器の光度を思い切り上げた。
「……っ」
 突如眩い光が目に飛び込んだのは、ツイスダーの方だった。優子を含みパラ実側は逆光だ。
 ツイスダーの目が眩み、動作が一瞬遅れたその瞬間に、優子の刀が振り下ろされる。
 光の刃がツイスダーの肩から脇を斬り裂いた。
「が、は……っ」
 血が吹き出し、ツイスダーは倒れて痙攣する。
「おおっと、これは予想外の展開だぜ……」
 魅世瑠とフローレンスは光度を元に戻す。
「く……っ」
 ツイスダーの仲間が武器を構えた。
「よっしゃ、新四天王の誕生だ〜! 百合園で宴会か!? せっかくだから百合園生全部集めて合同でパーティーやろうぜ〜!」
「うおおおおおおーっ♪」
 魅世瑠が大声を上げると、舎弟、子分以外のパラ実生が大歓声を上げる。
「……っ、どけ、クズ共が!」
「あ?」
「何だぁ? 力こそ全てだろうがよ!」
 分が悪いと察したのか、ツイスダーの舎弟、子分達は彼を置いて、パラ実生と軽く乱闘しながら走り去る。
 カタン……と、光条兵器を落とした優子の元に、亜璃珠が駆け寄って抱きとめた。ツイスダーの最後の一撃は、彼女の胸と脇を大きく切り裂いていた。立っていられたことが不思議な状態だ。
「よっ、新四天王。ご命令を!」
 魅世瑠の言葉を受けて、亜璃珠は大きく息をついて、パラ実生達に不敵な目を向けた。
「四天王はお疲れのようですから、代理として発言させていただきますわ。遊び足りない方は、倉庫街のパーティーに行かれてはどう? 今後のことは追って連絡いたします。可愛い子分達に、他の四天王の下では味わえないご褒美があるかもしれませんわねぇ。うふふ……」
 艶やかに微笑むと、魅世瑠を筆頭にパラ実生が歓声を上げる。
「パーティ会場は、アッチ! 早く行ク。食べ物、飲ミ物食べ放題沢山アル」
 ラズは真っ先に会場の方に歩き出す。
「乗れ乗れ! ちゃんと案内しろよな、ヒャッハー!」
 モヒカン男がラズを改造バイクの後に乗せて発進する。
 そして数百人の不良達がぞろぞろとその後に続いていくのだった。

「……終わった、ようです。治療と事後処理に向かいます。ここはお任せしてもよろしいでしょうか?」
 白百合団員から連絡を受けた団長の鈴子がなんとも言えない顔で生徒会室で待機しているメンバーを見回した。
「校長のことなら、任せてくれて大丈夫よ」
「お守りいたします。必ず」
 メニエスが言い、ミストラルも頷いた。
「大丈夫です。皆、頑張ってくれたから」
 アピスは青くなって震えている静香の手に自分の手を重ねた。
「ご、ごめんね。情けなくて。で、でも頑張る時は頑張るから……! す、鈴子さん、早く行ってあげてっ」
 アピスの手の上に、静香はもう一方の手を乗せて、青い顔を鈴子へと向けた。
 頷いて、鈴子は生徒会室を飛び出した。
「皆ここに呼んでパーティってわけにはいかなそうよねー」
「……酷い、状況です」
 リナリエッタこちはカーテンを開けて、支えあう白百合団員達に目を向ける。
「ホント……戦いなんかしたくないよね。皆仲良く出来ればいいのに」
「はい……静香さんは、そのままで」
 静香の言葉にアピスはゆっくり頷いて、ちょっとだけ体を寄せたのだった。

○    ○    ○    ○


 全くアルコールの入っていないビール風味の発泡飲料で乾杯をし、飲んで食べて騒いで歌って時には殴り合いの喧嘩をしたり、音楽が流れれば踊りだし、舞台の上に上がって芸をしたり、罰ゲームを行なったり。
 自由な発想で、何にも縛られることなくパラ実生はパーティーを楽しんだ。ハロウィンなどもはや関係がない。
「お姐様達のような方ばかりなら、遊びにきてくれても嬉しいのに〜」
「こちらも召し上がって下さい」
 人数と迫力に最初は驚いていたアルバイトの百合園生も、陽気な雰囲気に緊張が解けて、積極的に接客に回るようになっていた。
「突飛な格好ですが……あれも一種の仮装と思えば可愛いものです」
 パートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)の言葉に、主催者であるレン・オズワルド(れん・おずわるど)は小さく頷いた。
 魅世瑠達が2度目に連れてきたパラ実生の集団を最後に、この倉庫街のパーティー会場に訪れる客はなくなった。
 その魅世瑠達の姿はもはやここにはない。音頭をとって、盛り上げた後、そっと夜の街へ消えていった。
 レンはすっと、河川敷を。そして百合園女学院の方に目を向ける。

 “闘いとは拳を振るうことではない”
 “強さとは負けないことではない”
 “戦わずに済むのなら、それに越したことはないんだ”

 夕方から明け方まで、時折街に改造バイクの爆音が響いた。
 ヴァイシャリー住民達はパラ実生の集団に恐怖を覚えはしたが――被害者は出なかった。