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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
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第三章 未知の島



「…ル…ド……フ…」
 遠くで自分の呼ぶ声が聞こえた。
 起きあがって返事をしなくては、と思っても、頭の中で大きな渦が巻いているようで思考がまとまらない。身体は泥のように重かった。
 こんな感覚は「あのとき」以来だ。
「しっかりしろっ、ルドルフ!」
 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は遠い意識の中で自分の肩に、誰かの手が触れるのを感じた。深みへと落ちて行きそうになる自我を引っ張りあげるように、その手は自分の身体を抱き起こす。こんな風に自分に触れるてくるのは、黒い巻き毛の幼馴染みだけだ。パートナーであるエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)にすら許していない。
「……タ…フィ…ル?」
 ルドルフはゆっくりと重い目蓋を開いた。
「…大丈夫、ルドルフ?」
 心配そうな表情で覗き込んでくるエリオの顔が最初に目に入った。
「あぁ…大丈夫だ…」
 痛む頭を抑えながら起きあがろうとしたルドルフは、自分の身体を支えてくれているヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の存在に気がついた。
 我に返ったルドルフは慌てて飛び起きようとするが、鋭利な刃物で突き刺されるような頭痛を覚えうずくまってしまう。
「無理しない方が良いですよ。頭の傷、けっこう深いですから」
 ヴィナが声をかけてくるが、ルドルフは鋭い痛みに耐えながら口を開く。
「…ハイサム外務大臣は?」
 そう問いかける間もなく、ルドルフの隣にしゃがみ込む人影があった。今回の護衛対象者である外務大臣ハイサム・ウスマーン・ガーリブだ。
「私なら大丈夫です。ミゲルくんやクライスくんのお陰でケガ一つありませんから」
 ハイサムの言葉にルドルフはホッと胸を撫で下ろした。
 接待役の中にいたイルミンスール生に「いざとなったら魔法の箒で大臣を脱出させろ」と指示を出していたものの、突然大きな手で足下をつかまれたような感覚があったと同時に、引きずり下ろされるように飛空艇が落下したからだ。
「それで状況は?」
「とりあえず島に不時着できたみたいだけど…」
 ルドルフの問いに答えるエリオの声は重い。
「ざっと見回りをしてみましたが、人が住んでいる気配もありませんでした」
 気を利かしたロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)がエリオの言葉を補足する。
「動力部は破損。救援を呼ぼうにも通信機も壊れているし、携帯もつながらない」
 テリー・ダリン(てりー・だりん)は、お手上げとばかりに両手を挙げ肩をすくめてみせた。ティア・ルスカ(てぃあ・るすか)も無言で頷く。
「とりあえず今、手の空いている子達全員で見回りに行っているよ。さっきの空賊がまた襲いかかってきたら困るから」
 エリオの言葉にルドルフの胸はつきりと痛む。
 外務大臣の誘拐をもくろむ地球人排斥派やパレスチナ人のテロリスト達の襲来は予想していた。だからこそ教導団にまで応援を頼んだのだ。しかし、まさか飛空艇ごと墜落させるといった強硬手段に出てくるとは思ってもみなかったのだ。
 つくづく自分の甘さを呪わずにはいられない。
 せめてもの救いは外務大臣にケガがないことだが、イエニチェリを解任されてもおかしくないほどの大失態だ。
「誠に申し訳ありません」
 平身低頭、詫びるルドルフに外務大臣は笑いかける。
「2〜3日もすれば救援隊も到着するでしょうし。これもパラミタならではの大冒険じゃないですか。私も国への土産話が増えると言うものです」
「お願いしますから、島を探検したいなんて言わんでくださいよ」
 剛胆にも脅えた素振りも見せないハイサムに、護衛役のミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)が釘を刺す。
「分かっていますよ。これ以上、皆さんにご迷惑をかけるわけにはいきませんからね。私は大人しく飛空艇で留守番しています」
「それでは僕も見回りに行ってきます。ミゲル、大臣のことは頼んだよ」
 堅苦しい表情で一礼し、その場を立ち去ろうとするルドルフの前に、行く手を遮るようにランスが振り下ろされた。ミゲルの契約者であるジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)だ。
「君は大臣と一緒に留守番だな。指揮官ってのはいざってときのためにいるもんだぞ。空賊が再度襲撃をかけてくるまでは雑魚に任せて、ゆっくり養生しておきなさいって」
 飄々とした物言いからは想像がしにくいが、ジョヴァンニは生前「大魔王」と呼ばれるほどの凄腕傭兵だったという。多くの戦場を渡り歩いてきた男の忠告には、さすがのルドルフも逆らえなかった。
「雑魚ってなんや、師匠。俺達のことか?」
 ツッコミを入れるミゲルの横でルドルフは、その場にいる皆に対して深く頭を下げた。
「…よろしく頼む」



 偵察から戻るなり、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)は、苦い顔を浮かべた。見事大臣専用艇を撃墜してみせた第六天魔衆であったが、彼らももまた謎の力によって、不時着を余儀なくされていたのだ。不時着の衝撃で彼らの小型飛空艇も大多数が動力部にダメージを受けていた。救出を呼ぼうにも通信機はすべて圏外という八方ふさがりの状態だ。そこで脱出を図るためにも外務大臣の身柄を確保すべきだと判断した織田 信長(おだ・のぶなが)が、サミュエルに偵察を命じたのだ。
「アイツら早速、罠を作り出したみてぇデスよ。周囲もこちらを警戒する連中でいっぱいだ」
 サミュエルがもたらした報告は彼らにとって嬉しいものではなかったが、信長の表情は変わらない。飄々とした笑みを浮かべながら、顎髭を撫でているだけだ。
「後、密林の奥に遺跡みたいな場所もありマシタ。理由は分からないデスが、そこに入っていく連中がいましたゼ。人数は7人だったな」
 天魔衆の参謀役レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)はしばし思案する。彼は初め薔薇学生達が防御を固める前に先制攻撃をかけるつもりであったが、残念なことに機を逃したようだ。
「遅かれ速かれ薔薇学から救援隊が向かってくるのは必須。囮役が偵察部隊を本体から引き離し、その隙に手薄になった大臣の身柄を確保するという作戦はいかがであろう?」
 レオンハルトの提案に信長は小さく頷いた。
「だが、もう少し内部の情報が欲しい。サミュエルは引き続き情報収集に当たれ」
 信長の言葉を受けた南 鮪(みなみ・まぐろ)が意気揚々と応えた。
「だったら、手っ取り早い方法があるぜ。こんなときのためにアイツを奴らの飛空艇の中に忍ばせておいたんだ」
 そう言うや否や鮪は携帯電話をとりだした。素早く番号を押した相手は、彼の相棒ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)だ。契約を結んだ相手間の通話ならば、電波状況は関係ない。
「馬鹿ッ止めろ!」
 いち早く事態を理解したレオンハルトが止めにかかったが、すでに鮪は登録しておいたハーリーの番号をプッシュした後だった。