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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第2回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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「少し休まれたらどうですか? ずっと気を張っていては心も身体も持ちませんよ」
 部屋の隅でランスを構え直立不動を続けるミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)に、イスラエル外務大臣ハイサム・ウスマーン・ガーリブは労いの声をかけた。
「もう少しで交代やし。大丈夫ですわ」
 そう笑ってみせたが、ミゲルは先ほどからずっと張り巡らせた禁猟区の変化を「見逃すまい」と意識を集中し続けている。精神的な疲労感を覚えていたのは事実だったが、それよりもいつも陽気な彼の心を陰らせていたのは別のことだった。
「そうですか? 私には君が何か迷っているように思えたのですが」
 どうやらハイサムはミゲルの心を陰らせる雲の存在に気がついていたようだ。
「良かったら私に話してみませんか。少しは迷いが晴れるかもしれませんよ」
「…こんなこと外務大臣のオッサンに言うことじゃあらへん…ってか、言っては拙いと思うし…」
 モゴモゴと呟くミゲルの声をハイサムは聞き逃さなかった。
「やはり…私の来訪に関することですか」
「あっ、いや、別にそうじゃ! いや…まぁ…そう…なんやけど…」
「聞かせてもらえますか? パラミタに住む君たちの率直な想いに耳を傾けることも、私がこの地を来訪した目的のひとつなのですから」
 ミゲルも意を決したようだ。ごくりと唾を飲み込むと、ひと思いに口にする。大臣に対する敬語だの何だのも、すでに頭から吹っ飛んでいた。
「今回、襲いかかってきた連中って、地球人やなくパラミタ人なわけやんか。それって、オレはパラミタの連中が好きやけど。ここの連中も表面上は仲良くしてくれてても、実はオレ達を嫌っているってことでっ。これ以上、強引に移民を進めたらもっと嫌われるようになってっ。それで!」
「地球人そのものがパラミタを追い出されるようになる…と」
「そうや! ここは元もとパラミタの人々の土地なんやで! なのに、パレスチナ人の移民だのなんだの。ここの連中にしたら、自分たちの土地に突然やってきたオレ達が、勝手なことをやったり言ったりしてるって思われてもしょうがないんじゃないかって。そりゃ、力ずくでも追い出したくなるのが当然なんじゃないかって…あぁもうっ、自分でも何を言いたいのかよぉ分からんっ!」
 ミゲルの心からの想いをハイサムは黙って受け止め続けた。それは純粋な正義感だけでは割り切れない、政治という大人の汚い駆け引きを初めて目の当たりにした少年ならば当たり前の反応だ。
「言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが。私は勝手に話を進めるつもりはありませんよ。困ったことに報道では、まるでパレスチナ人の移民が決定事項のように伝わっていますけどね」
 苦笑いを浮かべたハイサムは、肩をすくめてみせた。
「今回の来訪目的は、あくまでもパラミタの視察とタシガン領主との会談です。確かに将来的に地球からの移民がもっと増えたら良いとは思っていますよ。もちろん、それが長年私の頭を悩ましているパレスチナ人との問題を解決する糸口になったら良い、とも。
 しかし、それはあくまでもパラミタの人々が我々地球人を受け入れてくれるかどうかが前提です。地球人に対して彼らが誤解を抱いているのならば、まずそれを解決するところから始めなくてはならない。彼らがこれまで培ってきた生活や文化を私達が踏みにじることなど、決して許されるものではありませんから。そのためにも、私は、パラミタに選ばれた君たちの力を借りたいと思っています。否、君たちの協力なしにパラミタと地球の友好など成し得ないでしょう」
「そ…なんや」
 ハイサムの言葉にミゲルは少しだけ力を抜いた。それはミゲル達に協力を要請するために紡がれた政治家の胡散臭いリップサービスなのかもしれない。
 すべての地球の政治家が、パラミタのことを考えてくれている。そんな戯れ言を信じれるほどミゲルは幼くはない。しかし、ミゲルはできるならばハイサムの言葉を信じたい…と思った。
 だから今は、ハイサムを無事に領主アーダルヴェルトが待つタシガンまで無事に送り届けることだけに専念しよう。そうミゲルは決意した。



 密林を抜けた先に、件の遺跡はあった。石造りの建物はまるでエジプトにあるピラミッドのような三角形をしている。その表面は苔に覆われており、よく観察しないと小高い丘と間違えて見落としてしまいそうな代物だ。
「ここが大河を呼んでいる人がいるっていう遺跡かぁ〜」
 歓声を上げたファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は、小さな足でチョコチョコと走り寄っていく。
「おい、ファル! 勝手に走っていくな!」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が呼び止めると、ファルは不満そうに頬を膨らませてみせた。
「だって、中には大河を待っている人がいるんだよ。早く行ってあげないと可哀想じゃない?」
「人とは限らないだろ」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)の指摘は尤もだった。なにせどんな力を使ったのかは分からないが、飛空艇を引き摺り下ろすほどの力を持った相手だ。油断はならない。それにここに到着するまでに、大陸に拒まれる大河のお陰で幾度となくモンスターの襲撃を受けたり、谷から足を滑らしそうになったり、突然木の上から大きな実が落ちてきたりと、散々だったのだ。すんなりと中に入れるとは思えない。
「だが、入口が見つからねぇんだよ。大河、お前、分かるか?」
 すでに周囲を探索済のブルーノ・ベリュゲングリューン(ぶるーの・べりゅげんぐりゅーん)が、ただでさえ凶悪そうな顔をしかめながら大河に尋ねた。
「たぶん…ここ…だと思う」
 問われた大河は、がっちりと組み合わされた石の一部を無造作に指さしてみせた。
 瞬間、大きな音とともに巨大な石壁が崩れ落ちた。
「うわっ?! すごい!」
「マジ…かよ…」
 突然、目の前に空いた空間に一同は言葉を失った。崩れ落ちた石壁の先は、やはり石造りの長い廊下が続いている。
「入って…みるか…」
 ブルーノはごくりと喉を鳴らすと、慎重な様子で足を前に進めた。
「念のため俺が先を歩く。お前らは後から付いてこい」
 仮にもブルーノはイエニチェリ中村雪之丞のパートナーである。一般生徒に危険な役割を任せるわけにはいかない。
 ブルーノを先頭に薔薇学生達は遺跡の中へと消えていく。そしてここにもまた彼らの様子を物陰から見ていた者がいた。
 天魔衆が一人メニエス・レイン(めにえす・れいん)とその契約者である吸血鬼のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)、アリス・リリのロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)である。
「ふふ…自ら逃げ場のないところに入っていくなんて、お馬鹿さんねぇ」