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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』
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第6章 結びあう絆
「全く……あなたは本当に駄目だわ。こんな事で倒れてしまうなんて」
 次々と石化していく生徒が運び込まれる保健室。
 泣き声と泣き事と、悲嘆と恐怖が満ちる場所で、東條 かがみ(とうじょう・かがみ)はただ静かにウィリアム・吉田(うぃりあむ・よしだ)に付き添っていた。
「かがみかがみ、小さなトカゲいるヨ、ちっちゃくてカワイイネ」
 能天気にはしゃいでいたのは、ついさっきだったというのに。
 なのに今、ベッドに横たわったままウィリアムは目を覚まさない。
「あなたがいないと……」
 思わずこぼれた声は自分でもビックリするほど弱々しいもので。
「だってあなたただの犬だもの。……ええ、犬なのよ。喧しくて、臆病で、バカでアホ。いっそこの方が静かでいいのかもしれないわ」
 かがみは慌てて虚勢を張った。
「……あなたに会わなければ、私はパラミタに来る事などなかった。こんな事件に巻き込まれる事もなかったでしょうね」
 ああだけど、声のトーンは直ぐに急降下してしまう。
「私はずっと、あの家で、何も知らないまま何時も通り修行してたのよ。墓泥棒の真似事をしたり、雲海で釣りなんかしたり、そんな事も無かった。何も変わらない、変わらないはずだった……あなたのせいよ」
 堪え切れず、声が震えた。そう、ウィリアムのせいなのだ。
「あなたのせいなのよ、ウィリアム。あなたのせいで、私、『外の世界』がこんなに楽しいって知ってしまった」
 知ってしまったからもう、戻れない。何も知らなかった頃には。
 ウィリアムと出会う前には戻れないというのに。
「ねえ、それでも私まだまだ知らない事沢山あるのよ、あなたが居ないで私はどうやって外の世界を歩けばいいのかしら。こんなの、静かでつまらないのよ、ウィリアム」
(「かがみ……」)
 横たわるウィリアムに反応はない。
(「ワタシ目もあけられないけど、でもかがみの声は聞こえマス」)
 けれど、かがみの声は届いていた。
(「かがみ、いつもワタシに痛いことするネ、でもしってるヨ。それがかがみの『愛情表現』、かがみの『甘え方』。かがみ不器用ネ」)
 面と向かって言ったら多分間違いなく殴られるだろうけれども。
(「ワタシ、かがみに名前もらいました。パラミタにつれてきてもらいました」)
 かがみと出会う前、魂だけで漂っていた頃は孤独だった。
 けれど今、死に向かいつつあるウィリアムは孤独ではなかった。
 いまこんなにも自分を案じてくれる存在が在るのだから。
(「かがみのお陰でワタシ毎日楽しい。ワタシかがみ大好きだヨ。だから、ワタシ、生き延びなきゃいけません、負けちゃダメ」)
 自分を励ますウィリアム。
 応えるようにかがみが立ち上がり拳を握りしめた。
「私はあなたに口付けするわ。命令よ。私の命を糧に持ち堪えなさい、ウィリアム」
 凛と言い放ち、眠るウィリアムに口づける。
 それが乙女にとっては大切な、ファーストキスだったと気付いたのは、後になってから。
 この時のかがみにはそんな余裕はなく。
(「一度で足りなければ何度でも、何度でも口付けてやるわ」)
 その覚悟で必死に口付けていた頬に、そっと冷たい感触が当たった。
 濡れた頬をそっとたどる、優しい手。
「……泣かないで、かがみ。かがみが泣くとワタシも悲しい」
 恐る恐る身を離すと、果たしてそこにはいつもの、見慣れた笑顔があった。
「……誰が泣いてるのよ、バカ」
 ポカリ、いつものように一発殴ると、かがみはそっぽを向いた。
「まだ危機が去ったわけじゃないのよ。安静にしてなさい」
 安心して更に涙が伝った顔など、断じてみせるわけにはいかなかったのだ。


「このまま……このまま黙って石になんかされないんだから!」
 菅野 葉月(すがの・はづき)はベッドの上、横たわるパートナーミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)の姿に唇を噛みしめた。
 足先から徐々に石化して。
 既に腰から下は完全に石と化していた。
 感覚のない下半身、恐怖しないわけがない。
 それでもミーナは己を侵食する恐怖と、必死に戦っていた。
「ワタシは葉月と共にずっと生きていくんだから……だから絶対にあきらめない!」
 瞳の端ににじむ涙。
 以前、ミーナが言っていたセリフを葉月はふと思い出す。
「ワタシね、ずっと退屈だったんだ。退屈で退屈で退屈で……この先もずっとずっとこれが続いていくのかなって。こんなのが生きてるって事なのかなって」
 いつも強気なミーナの、らしくない力ない笑み。だがそれは直ぐにいつもの、力強い笑みへと変わった。
「だけど、葉月に出会った。葉月に、出会えた。葉月はワタシの世界を変えてくれたんだよ」
 だから今はこんなに楽しい、葉月と一緒だから。
 そう笑ったミーナはとても幸せそうで、キレイだった。
 一方的に迫られ契約し。いつでも好意を隠す事無いミーナに時に戸惑い。
 けれどいつの間にか、葉月も同じになっていた。
 ミーナと知り合い、振り回され……だけどそのおかげで、地球に居るとき以上に充実した毎日をおくれていると。
「いつの間にか僕も、ミーナがいる日々が、共に生きていく毎日が当たり前の事になっていたんですね」
 一緒にいるのが当たり前すぎて気付かなかった。
 失くしかけて初めて気付いた、そんな大切な事に。
 だから。
「……葉月?」
「ちょっと恥ずかしいけれど、僕は……」
 互いの吐息が触れ合う程に近く。
 ミーナは一度大きく目を見開いた後、はにかんだ笑みを浮かべ目を閉じた。
「うん、信じてる」
 その、一片の疑いも抱いていない表情を見て。
(「助けたい、どんな事をしても……その為ならこの命だって惜しくはない」)
 葉月は決意と共に、口づけた。


「この位、へいちゃらへー、ですわ……あなたは、風間先生の手伝いでもしてきなさいな……正直、あなたが傍にいるとオチオチ休めもしませんの……」
「ですけど……」
 風森 望(かぜもり・のぞみ)は、ベッドの上でツンとそっぽを向いたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)を心配そうに見つめ。
「……分かりました。ちゃんと良い子で安静にしていて下さいね」
 ノートの頑なさが変わらぬと察すると、場を辞した。
「こんな、情けない姿、望に見せる訳にはいけませんわね……」
 一方、ノートは望が立ち去ったのを確認して、ひっそりとため息をついた。
 元々ヴァルキリーと守護天使とは、このパラミタの支配種族である。
 更にノートはそのヴァルキリーの中でも代々続く一族の一員であり、それを誇りに思っている。
 だからこそ、こんな風に弱っている姿を見られるのは耐え難かった。
 例え、どんなに心細く不安だったとしても。
「風間さん、ここはもう良いですから、シュヴェルトライテさんの様子を見てきたらどうですか?」
「ですけど……いえ、そうさせていただきます」
 風間先生の手伝いやら、錯乱する生徒を宥めたりやら、望がノートの様子を見に来たのはそれから暫くしてからだった。
 ノートが倒れ。
 表面上は落ち着き払っている望だったが、内心は気が気ではなかった。
 遠くから眺めるつもりでノートのベッドを窺い。
「!?」
 瞬間、息が止まった。
「……生き、てます」
 慌てて駆け寄った望は、ノートの鼓動を確認し……危うくヘタり込みそうになった。
 更に呼吸を整えるのに時間が必要だった。
「人をこれだけ心配させて……コレで目を覚まさなかったら、承知しませんからねっ!」
 そして、心を決める。
「貴女ほどからかいがいのある人はそういないんですから、こんな所で勝手にリタイアなんて絶対に許しませんからね」
 言い放ち、口づける。
「……んっ?!」
「強がってないで、素直に受け取って下さい。それでなくてもヘボキリーなんですから!」
 嫌がるように首を振られ、叱りつけながらより深く口づける。
 深く深く、相手の心の中まで、届くように。
 そして、何か……身体の中から何かが奪われていく感覚と、脱力感。
「身体が何だか楽に……って、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 直後。
 パチリと目を開けたノートに、望はニッコリと微笑み。
「ええ、お嬢様のファーストキス、ご馳走様でした」
「わ、わわわたくしのファーストキッスが……同性相手に……舌まで入れられて……うわぁぁぁぁん」
 保健室に、ノートの悲鳴が響き渡った。


「薬もダメ、魔法もダメ……八方塞がりじゃねーかクソッタレ!」
 倒れたパートナーを保健室に運んだ七枷陣は、絶望感と無力感とで声を荒げた。
(「あ……陣くんのこんな真剣な顔、珍しいな」)
 不安に駆られているせいだろうか?、リーズの石化進行速度は速かった。
 既に口も聞けぬほど疲弊しつつ、リーズはぼんやりと陣との出会いを思い出していた。
(「突然、だったよね。ムードもへったくれもなくて、勢いで……陣くんいつもやる気なさそうで……でも、いつだって最後は優しくて」)
 髪を引っ張られたり、マンガの楽しさを教えてくれたり……鮮やかな記憶が急速に色あせていく。
(「ってちょっと待って! これってもしかして走馬灯ってやつ?!」)
 思い至った途端、心臓がドクンと跳ねた。
(「ヤダ……やだよ陣くん……ボク、このまま死んじゃうなんて……もう陣くんと会えなくなっちゃうなんて」)
 嫌だ、その強い気持ちにリーズはかろうじて、しがみついた。
「ご主人様、望様にお聞きしてきました。口移しに生命力を与える事で、石化を遅らせる事が出来るそうです」
「口移して……キ、キスぅ!?」
 事情……対処方法を告げた真奈に、陣は素っ頓狂な声を上げた。
「ご主人様、早くリーズ様に口付けを。急がなければリーズ様が!」
「いや……いやいやいや待てや真奈。だだだだってキスって言ったらアレやで? しかもリーズやろ? ファーストキスやろきっと……」
 面白いくらいにうろたえる陣に、真奈がきっとまなじりを釣り上げた。
「……っ! 七枷陣様!!」
 パンっ!
 乾いた音が陣の右頬で鳴った。
「陣様、貴方はリーズ様を見殺しにするおつもりですか?」
 何が起こったか咄嗟に分からなかった陣が顔を戻すと、そこには真奈の真剣な眼差しがあった。
「私は貴方に命を救って貰ったご恩があります。意見を言える立場では無いのかも知れません。でももし、リーズ様を見殺すなら……私は一生涯、貴方を軽蔑します」
「見殺す……やと?」
 痛み始めた右頬と共に、真奈の言葉はじんわりと陣に染み入った。
「……スマン真奈。そうだよな……リーズが居なくなっちまうのに比べたら、キスの1つや2つくらい……!」
 そうだ。自分はリーズを、この小さな少女を、パラミタに連れてきてくれたかけがえのないパートナーを、失う事は出来ないのだ。
 だから。
「す、するからなリーズ。い、言っとくけど今回のコレはノーカンやからな!」
 言い訳しながら、陣はリーズと自分の口を少しだけ、切った。
「神様がホンマに居るんなら頼む! オレの命なんて幾らでもやるから……オレからコイツを取らんといてくれ……死なせんでくれ!」
 ポタリ、透明な雫がリーズの頬をぬらす。
 それは想いと共にあふれ出た、陣の涙だった。
「アホばっかやらかすけど、コイツはオレの大切な……パートナーなんだ! 頼む……間に合ってくれ……生き返ってくれ、リーズっ!」
 涙を拭う事さえ、せず。陣は願いと共に、自分の命をリーズに吹き込んだ。
 互いの血を絡ませ合うように、キスを贈る。
 ガクリと力の抜けそうな身体を、根性で支え。
 陣は待った。リーズが再び、その瞳に自分を映してくれるのを。
(「温かい……これ、涙? 陣くんの……心……感じるよ」)
 受け取り、リーズの冷え切った心が、熱を取り戻していく。
(「だけど、ダメ……これ以上は陣くんが、死んじゃうよ……」)
 それはダメだ、許してはいけない事だった。
 陣が死ぬ、なんて。
 それを阻めるのが自分だけだと、リーズは知っていた。
 その為に何をしなければならないのか、知っていた。
 だから、瞼をこじ開けた。
 さっきまで重かったそれは、びっくりするほど呆気なく光を見つめる事が出来た。
「陣……くん。陣ぐ〜ん゛! ごわ゛がっだよぉ〜!!」
 その光……陣に、リーズは思いっきり抱きつくと、号泣した。
「リーズ……大丈夫、なのか?」
 安堵と羞恥とで、陣の頭が沸騰する。
「アホぉ…っ! 何心配させてんだよお前! 後で粛正したるかんな!」
 照れ隠しに怒鳴りながら、陣はリーズを……大切な大切なパートナーを、ギュッと強く抱きしめたのだった。


「すまない、朱里」
「そんな……お願いだから謝ったりしないで。アインが庇ってくれなかったら、私……」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)はベッドに横たわるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に、大きく頭を振った。
 アイン自身は肝心な時に役に立てない自分の不甲斐なさを恥じているようだ。
 だが、アインの傷……症状はバジリスクから朱里を庇ってくれたのが原因なのだ。
 朱里にとっては感謝を込めて看病するのは当然であり。
 そして、何より。
 ただひたすら、アインを……大切なパートナーを助けたかった。
 その為に。
「あのね、アイン。一つだけお願いがあるの」
 息を整える。そうしないと、顔が勝手に赤くなってしまいそうで。
「バジリスクはアイン達から生命力や恐怖を吸い上げて、夜魅って子に与えてるんだと思う」
 友達の小鳥遊美羽からの言葉……会った事はないが、朱里はその少女に対して不思議と怒りも憎しみも覚えなかった。
 大切なパートナーがこんな目に遭わされたのに、どうしても憎めなかった。
 朱里は夜魅をただ、可哀相だと思った。
「周囲から憎しみや恐怖しか向けられず、ゆえに人の恐怖や悪意といった『負の感情』を介してしか他者との接点を持たない……夜魅って子は哀れだと思うの」
 そしてだからこそ、今の夜魅に言葉や理屈で『愛』を理解させようとしても……難しいだろう。
 例え、夜魅が本当に求めているのが『負の感情』ではなく『愛情』だとしても。
「だからね、私、伝えたいんだ。夜魅ちゃんに、私がアインを思う気持ち……今ならバジリスクを通して伝えられるとそう、思うから」
 だから……言葉を重ねようとした朱里に、アインは「分かっている」と頷いた。
「一番の元凶は、夜魅をこのような存在に仕立て上げ苦しめた者達だ。死者が出る等の最悪の事態にさえならなければ、彼女もやり直せると……僕も信じたい」
「うん」
 繋がっている。こんなにも、心で。
 それが嬉しくて、それに勇気づけられ、朱里は動けないアインに一歩、近づいた。
「アイン、あなたがいたから、私は今日まで希望を見失わずに生きてこられた。絶望のどん底にあった私を、いつだってあなたは守り、支えてくれた」
 こんな近くで互いを見るのは初めてかもしれない。
 少しだけ覚えた緊張は、間近で見たアインの瞳。無機質なはずの青に浮かんだ優しい光に瞬く間に溶けて消えた。
「また一緒に冒険がしたいよ。一生懸命作ったご飯やお菓子、いっぱい食べて欲しいよ。そして……これからも一緒に生きたいよ」
 そっと抱き寄せられる肩。
「今もバジリスクを何とかしようと、頑張ってる人たちもいる。あなたやみんなのこと、必ず助けるから。だから、一緒に頑張ろ。あなたが私やみんなを守って傷つくのなら、それがあなたの選んだ生き方なら、私があなたの傷を癒して、支えるから」
 サラリと髪を撫でる手の、優しさ。
「好きよ、アイン、愛してる……私の思い、どうか受け取って……」
 答える代りにアインは、朱里との距離をゼロにし。
 触れた唇の温かさ。
 流れ込んでくるのは朱里の思いそのものの、限りない優しさと温かさ。
(「生命力が欲しいならくれてやる。そう簡単にくたばってなるものか。しかし、もし朱里のくれたこの力までも奪おうというのなら、せめて彼女が僕にくれた優しさだけは、どうか踏みにじらないでやってくれ……」)
 アインはそう願い。
(「夜魅にも伝わりますように」)
 幸福感と強い決意の中、朱里も祈った。
 かつての自分と似た少女。
 絶望の底に在る少女に、思いやる心が、愛する者を想う心が、伝わりますように、と。