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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

リアクション

 ミツエが打ち上げパーティの場に着いた時、最初に目に入ったのは白菊 珂慧(しらぎく・かけい)風間 光太郎(かざま・こうたろう)に挟まれて猛然と料理をかき込む董卓の姿だった。
「リバウンド決定ね」
 思わず呆れが口をついた。
 もっとも董卓がダイエットをしたいと思っているという話など聞いたこともないので、彼はダイエットするくらいなら好きなものを食べて死にたいと思うタイプなのだろう。
 飲み物を持ってきてくれた優斗に礼を言って一口飲んで、その清涼さに目を細める。
 ただのオレンジジュースがやけにおいしい。
 と、昨日今日と店を出していたイーオン・アルカヌムが宝くじ当選者を発表した。
 まずは三等。
 発表された番号に、ふわりと表情を緩ませるクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)
「何でもやってみるものですね」
「いつの間に買ってたの?」
 尋ねる珂慧に、クルトは「ふふ」と謎めいた笑みを返すだけだった。
 続いて二等の発表。
「わぁお」
 と、声を上げたのはクー・ポンポンだった。
「有り金はたいたかいがあったな」
 アーライ・グーマは嬉しそうなパートナーの背を叩いて祝福した。
 そして一等の番号は、約束通り曹操が買ったもので。
 律儀なやつだと曹操は小さく笑んだ。
 複数人の当選者ある二等、三等に当たったり外れたりした購入者達から、歓声や悪態がさまざまに叫ばれた。
 盛り上がったまま、琳鳳明が『キリンさん討伐トトカルチョ』の結果発表を始めた。
「当選者ナシ!」
 堂々と告げられた結果にこける一同。
 みんな誰に賭けてたのよ、と笑うミツエに鳳明がそっと耳打ちした。
「あの〜、こんな時にアレなんだけど、金団長への着信拒否、解いてくれません?」
「それとこれとは別問題よ」
 けんもほろろな返答だった。
 最後に、文化祭で一番の売り上げの店が発表された。
「キャバクラ『ひまわり』を出店した川村まりあさんよ。おめでとう!」
 一瞬ポカンとした後、まりあから悲鳴のような歓声が起こった。
「僅差だったのよね」
 と、言ったミツエは出店者達に労いの言葉をかけた。

 みんなの腹も満たされた頃、フォークダンスが始まった。
 今の地球で文化祭の締めくくりにフォークダンスをする学校はどれくらい残っているだろうか。
 生徒達の親の世代なら懐かしいと思うかもしれない。
 見物するつもりでいたミツエを不意に誘う声があった。
「せっかくだから皆と踊ってみないか? なかなか今まで一緒に戦ってくれた人達一人一人と触れ合う機会がなかっただろう?」
 どこの王子様かと思うほど薔薇の学舎の制服を見事に着こなしたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)だった。
「ダンスのステップは知っているかな?」
「フォークダンスくらい、ちょろいわよ」
 得意気に笑い、イリーナの手を取るミツエ。
 イリーナは薄っすらと笑みを浮かべると、ミツエの手に小箱を乗せた。
「建国のお祝いに」
 開けてみれば綺麗にカットされたガーネット。
「誕生石を選んでみた」
「……あ、ありがとう」
 予想もしない贈り物にミツエはどう反応を返していいのか戸惑っていた。
 やがて、じわじわと嬉しさが全身に染み渡っていったのか、口元に自然な笑みが浮かんでいく。
 大事そうにそれを懐へしまい、ミツエはイリーナと共にフォークダンスの輪に加わっていった。
 いちおう決まったステップはあるが、それほど固く考える必要はない。
 気楽に音楽に合わせて楽しんでいると、イリーナはふと真面目な顔になって言った。
「国の礎は人、という言葉は正しい。そして人を動かすのは心で、心を動かすのは言葉だ。ミツエ、一言でもいい。一緒に戦ってくれてありがとう、これからもよろしく頼む、とか言葉をかけてくれ」
 ミツエはじっとイリーナを見上げて耳を傾けている。
「無償の愛、無限の忠誠など存在せぬよ。想いを返さねば人の心は長くもたない。ミツエが新王朝を保たせたいと思うならば、皆の手を取り、共に踊り、言葉を交わしてくれ」
 曲に合わせてくるりと一回転した後、ミツエは黙って頷いた。
「肝に銘じておくわ。……イリーナ、これからもよろしくね」
 イリーナが微笑み返した時、ダンスパートナー交換のタイミングとなった。

 ミツエが次に手を取った相手はナガン ウェルロッドだった。
 思えば彼は姫宮和希や風祭優斗と共にこの二日間ずっとミツエといた。
「お疲れ様」
「主のお役に立てるなら、何の苦労がございましょうや」
「……あんた誰?」
 丁寧すぎる対応に、ミツエの顔が珍妙な味のものを食べたような顔になる。
 それでもナガンは物語にしか存在しないような紳士的態度で通した。
 イリーナの言葉の実践二人目としてお礼の言葉やらを言おうとしていたミツエだったが、すっかり調子が狂ってしまったのだった。

 フォークダンスをもっとも楽しんだのはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だったかもしれない。
 打ち上げパーティでみんなと食事をしていた時から、学校問わずニコニコしながら料理を配ったり、一人でいる人に声をかけたりしていた。
 そして、どこから調達してきたのかエプロンドレスやカーテンなどで即席ドレスを作り、普段着のままの女の子達に着せてダンスに参加させていた。安全ピンは豊富にある。
 綺麗な衣装に興味のない女の子はいるはずもなく、いつもは殺伐とした格好でいても今夜だけはヴァーナーの誘いに乗って少しドレスアップ気分を味わい、華やいだ気持ちに酔った。
 彼女達をケンカ相手くらいにしか見ていなかった男性陣も、少しは意識が変わったかもしれない。
「孫権おにいちゃんは、どんなおどりがとくいですか?」
「おどりは見る専門だったなぁ」
「それなら、ボクがおしえてあげますねっ」
 グイグイと孫権の手を引っ張り、ダンスの輪に引き込んでいく。
「フォークダンスが、くにのおいわいのおどりになるといいですね」
「そ、それはどうかな……」
 ヴァーナーの提案に曖昧な笑みで答える孫権。
「キリンさんもたのしいですか?」
「タノシイ!」
 キリンと仲良くしたい人達の尽力のかいあって、キリンはすっかり溶け込んでいた。

 その様子を微笑ましそうに眺めていた優斗は、そろそろ終わりが近づいていることに気づいた。最後のダンスはミツエと踊りたいと思っていたため、居場所を探す。
 その時、ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)の怒ったような声がざわめきの向こうから聞こえてきた。
 見れば、柄の悪そうな二人組に絡まれている。
 優斗は急いでミアの傍に駆け寄ると、目つきの悪い二人組が今度は優斗に絡んでくる。
「なんだ兄ちゃん、邪魔すんなよ」
「僕の連れです。……ここで騒ぎを起こすのは不利だと思いますよ」
 見える範囲にミツエ関係者が多いことを確認した二人組は、舌打ちして去っていった。
「ミア、怪我はないですか」
「うん、大丈夫。……ねぇ、優斗お兄ちゃんは破天荒な女の子が好きなの?」
「は?」
 いきなりの質問についていけず、思わず間が抜けた声が優斗の口からもれる。
 けれどミアは強く返事を求めた。優斗の手を引き、揺らす。
「破天荒な女の子が好きなら、僕もそういう子になるもん」
 ミアがどうしてこんなことを言い出したのかわからず、優斗は途方に暮れた。
 その頃、ダンスの輪を離れて喉を潤していたミツエのもとへテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が訪れていた。
「先ほどの方は、ずいぶん親しげでしたけどお知り合いですか?」
「先ほどの方?」
「薔薇の学舎の制服の方ですわ」
「ああ、そうね。大事な言葉をもらったわ。建国のお祝いも」
 嬉しそうに懐を押さえるミツエに、テレサはにっこりして言った。
「その方と、もっと親しくなれるよう協力できることがあれば、何でも言ってくださいね。こういう話はやっぱり同じ境遇の同性のほうがいいでしょう?」
「……うん? まあ、そう……かも、ね?」
 テレサとミツエの間には大きな誤解が横たわっているのだが、祭りの雰囲気がそうさせるのか、それらは音楽と共に流れていってしまった。
 そしてテレサはミツエの微妙な態度をさらに別の方向に捉えて慌てる。
「べっ、別に私が優斗さんとフォークダンスを踊りたいと思っているからではないですよっ」
「う、うん、わかった……」
 テレサの迫力に押されて何度も頷くミツエだった。
 結局、優斗はミツエと踊れたのかどうかというと、ギリギリで間に合った。
 ただ、あまりに急いで来たため、何事かあったのかとミツエに心配された。
 まさかミアを宥めていたとは言えず、とっさにこう答えた。
「あなたが他の人と踊ってしまうかと思って……」
「特に相手は決まってなかったから、ちょうど話してたテレサを誘おうと思ったんだけど、慌ててどっか行っちゃったのよ」
「そうでしたか」
 ダンスの後、優斗はその正体が今はもう警備に回っているイリーナであることを知らないテレサから、ミツエの最初のダンスの相手をした薔薇の学舎の生徒について聞くこととなる。